奇跡  射出(3)




「いやあ、参ったよ……惨敗だ」
 古代が真田と島のいるヤマト艦内の工作室にやって来たのは、午後も遅くなってからだった。今まで、ファルコンとGODの機首に設置されたガン・カメラの記録VHD(バーチャル・ホログラム・ディスク)の映像を皆で見ていたんだ、と言いながら古代はそれも持ち込んで来た。

「GOD-13の輸入は、見送った方がいいかもしれんぞ。このガン・カメラの映像だけ見たら、エライさんは『コスモファルコンの方がやっぱり上だ』って結論出すだろうぜ。いやあ、参った…」
「どうしたんだい?」
 参った参ったといいながら、古代は至極上機嫌のようだ。
「まあ、これを見てくれよ」
 真田と島は、テレザリアムの残骸から造り出したアレス・ウォードの反物質制御装置についてのデータ解析を続けていたが、いつ果てるとも知れない膨大なデータの量にほんの少し滅入り始めていたところだった。
「…ちょうどいい。小休止だな」
「ええ」

 古代は、二人に断りもなくVHD のディスクをプレイヤーにセットし、島の隣にスツールを持って来て、どすんと座った。
「島、…あいつを、ヤマトに譲ってくれ!」古代は楽しそうにそう言った。
「は?あいつって?」
「ははは!冗談だ。しかし、すごい奴だよ…あの司って子は」
「………ああ…司か」


 目の前で繰り広げられるVHDのドッグファイト映像に、古代が逐一解説を入れていった。後方警戒レーダーの死角を上手く突いて下方から急上昇し銃撃して来るファルコン、背面のファルコンから放たれる弾丸……
「これなんか、体重の軽い彼女だからできるんだな。背面だぜ!!おまけに…これだ。あいつの目は機械より正確なのかと思っちゃうよ」
 結局、古代と加藤を仕留めたのは司だったのだ。志村も健闘していたが、パイロットの基本スペックがケタ違いだ、と感じさせずにはおれない映像だった。

「これじゃ、いよいよ護衛班の面目丸つぶれだな……」島は険しい顔をして軽く溜め息をついた。
「そう言うなよ。坂本なんか、俺が一撃で墜とされた、って大喜びしてたぜ?志村も健闘していたし、これなら隊の統制が取れないってことはないと思うがね」
「…しかし、これを見る限り…彼女の基礎体力やら血圧やら動体視力やら、なんというか…生き物としての構造的なものを調査したくなるね」真田が感心したように呟いた。「…普通、女性がここまでできるものなのか?体質なのかな?女性は足に血流が下がってきやすい、というだろう。ここまでGのかかる動きをしていたら、普通はあっという間にブラックアウトするもんじゃないか? 立ちくらみなんかも女性に多い…。とすると、彼女は…常人の何倍もそういう血液トラブルの起きにくい体質ということになる」

 島はその真田の口ぶりに、司が月の裏側で無理矢理開発に協力させられていたと言う新型艦載機の事を思い出した。「……真田さん。司は確かに飛び抜けて身体機能が高いとは思いますが…、そういうのは、ちょっと」
「…ん?ああ、まあ、…もちろん実際に調べたりはせんよ」
 科学者ならば誰もが真田のように感じるのかもしれない。だが、被検体にされる人間の気持ちを考えないのは科学者の悪い癖かもな、と島は思う。
「生まれつきドッグファイトに強い体質、っていうのも才能のうちだからな。…オリンピック選手と同じことさ。まあ、こうまで強さを見せつけられたら、護衛班も、もうぐだぐだ言わないんじゃないのか?え?」古代は楽しそうに司を褒めちぎる。「それでさ、島……司のやつ、降りて来てすぐにどうしたと思う?」
「……どうしたんだ?」
「俺に頭下げて、『ごめんなさい』って言うんだよ。撃ち落としちゃってごめんなさい、ってさ!だから、俺は言ってやった…『お前はすごいよ、自信を持て!』ってな」
「はっはっはっ、謝るなんて面白い奴だな」真田が大笑いした。
「加藤も坂本も鶴見も、司をその場でえらく褒めてたぜ。ポセイドンの護衛班のガキどもも、見方が変わったろうよ、鬼の古代を一撃必殺、ってんだから。いや、確かに一本取られた。最も…、志村だけは仏頂面してたけどな」
「はは…」
 島は力なく笑った。


 司には、確かに才能がある。それは航法を一緒にやっていても良くわかる…。彼女の才能を目の当たりにするたび、否が応でも「こいつにそばにいて欲しい」と切に感じるのは、今でも変わらない。
「島。…お前、…いい部下を持ったな」
 古代は真顔でそう言った。
 えっ…?と問いかけるような顔をした島に、古代はもう一度言った。「いい部下を持って、お前は幸せだよ」
 『部下』、と古代は強調した。
「あれだけいい成績上げてるのに、謝るなんてナンセンスだぞ、ってお前からも言ってやれよ?あいつはまだまだ伸びるぞ。…ここで潰したら地球防衛軍の大損失だぜ?」
 古代が何を言いたいのか、島にもやっと分かって来た。


 ——お前は、テレサを選べ。
 司には、多くの<GIFT>賜物があるじゃないか。


 古代が司をドッグファイトに連れ出したのも、おそらくは彼女のストレス解消のため、そしてこうして自信を持たせるためだったのだろう。お前がいなくても、あの子はやって行けるさ。——古代はそう言いたいのだ。
「古代……」


  
 司のファルコンから撮影されたガン・カメラの映像は、確かに圧巻だった。非戦闘員の航海班員としても、戦闘を旨とする宇宙戦士としても、彼女は驚くほど優秀だった。
 片腕としての信頼。かけがえのない相棒……それは、かつて古代、そして太田に抱いたのとまったく同質の感情なのかもしれない。
 あ・うんの呼吸。彼女は、航法に関しても自分とまったく同種のセンスの持ち主だ。そこに異性としての魅力は入り込む余地はない。そんなものよりよっぽど高尚な次元で、俺にはあいつが必要だ、と今でも感じる。恋愛感情がその能力を低下させるなら、そんなものは無用だった。
 だが、<バスカビル>で自分は、司の笑顔を失いたくないという思いから彼女を女として抱きしめた。彼女に対する気持ちは、暖かい熾き火のような、温もりとも言える感情だった。航法を離れても、彼女は自分の魂の半身として思いを受けとめてくれる…そうも感じた。
 一方、テレサへの感情は、燃え上がる炎のような恋だった…彼女を想うと、身体も心も熱い恋情に焼かれるような気がする。アレス・ウォードが彼女を愛していると真田から聞かされたときは、嫉妬で居ても立ってもいられなくなった…自分がこんなに浅ましい存在だったとは、と自分で自分に驚いたほどだ。
 テレサと自分の関係は、最初から障害だらけだった。互いに心のうちを満足には明かさぬまま、俺たちは過酷な運命に翻弄され引き裂かれた……今でも彼女と相対する度に、その姿が見えなくなりそうで不安でたまらない。まるで母親の手を常に握っていなくては安心することのできない子どものようだった。彼女の笑顔を護るためなら、何を犠牲にしてもかまわない……そう思う気持ちは、今でも変わらない…。

 振り向けば自然と傍にいる司と、いつでもふいに消えていなくなってしまいそうなテレサ……二人は正反対の存在だったが、島の中では、そのどちらの笑顔も失いたくないものになっていた。
 もちろん司とはまだどうにでも修正できる関係ではあった。だが、潔くそれを良しとしない自分が明らかにここにいる。どうしたら司を傷つけずに、もちろん今まで通りの師弟関係を崩さずに、テレサのことを打ち明けるのか。それすら、考えるのが辛かった。

 ——しかし。島が望むと望まざるとに関らず、二つの恋は否応なくどちらかが消える運命にあったのである。

 




 護衛班長ミッドランド・神崎は、まだ少々痛む頭の傷を時々左手で押さえながら、コスモファルコンの格納庫に向かって歩いていた。ヤマト戦闘機隊とのドッグファイトで司が記録的なレコードを残したというので、その時司が乗っていた自分の愛機の様子を改めて見ておこうと思ったのだった。


「班長!怪我はもうよろしいんですか?」格納庫に入ってすぐ、機体の整備をしていた隊員の有田が神崎に気付き、声をかけた。護衛班には、ガミラス滞在中、仕事はあまりない。志村など一部の者は輸入ファイターのデータを取るなどの特殊任務を任されていたが、出航までに特段こなしておかなくてはならない仕事はなかった。有田も、自分の機体の整備を任意に行っていただけである。
「…ああ、すっかりいいよ」正直すっかり、とは行かなかったが、まあ普通の生活をするには支障はなかった。もちろん、まだ艦載機で戦闘行動を取れるほどではない。「……俺のファルコン、戻って来たかな」
「航海長がとんでもないレコード出さはりましたからね。…レベル3の分解整備ですよ。明日まではかかりますよって」
「そうか…」
 神崎は腕組みをして考え込んだ。


 次元断層内部で、自分は突然遭遇した敵艦を避けられず、コスモタイガーを”墜落”させてしまった。あの時、司が一緒でなければ今頃はどうなっていたかわからない。昨日は昨日で、司を目の敵にしていたナンバー2の志村が、またもや彼女にしてやられたらしい。仮想ドッグファイトで、ヤマトの艦長「鬼の古代」と、撃墜王の異名を取る加藤四郎が、相次いで司に叩き落された、というのだ。
(……乗っていたのがたった60分しか慣らしをしていないガミラスのファイターだったにしても…。あの古代艦長と加藤さんを墜とすとはなあ……)

 正直、艦載機戦で他の班の者に出し抜かれること自体、護衛班にとっては本来あってはならないことだったが、皆と同様、神崎もすでに「司だけは別」だと思い始めていた。一緒に飛んでいた志村の話では、「自分ですらあいつと同じやり方では飛べない」ということだった……瞬間加速がマッハを越えているとか、アキュートターンを繰り返すあまり短時間で機体に金属疲労が見られるとか、とにかく司の機体の扱い方は、常識を遥かに超えていた。
 もしかしたら、そのうち彼女のようなズバ抜けた身体機能を持つ者限定の、特殊戦闘機が開発されるかもしれないな、などと思いながら、神崎は格納庫のどん詰まりにある整備班の詰め所へ向かった。


「……徳永班長」
 神崎は、詰め所内の奥の部屋へ声をかけた。司の使用した自分の愛機は現在、レベル3の分解整備を受けているとはいえ、ガン・カメラ映像のコピーくらいないか、と思ったのだった。
「おう、班長!怪我はどうじゃい?」片手に湯呑みを持ったまま、徳永が顔を出した。「えらくやられたみたいじゃの」
「包帯が目にかかって鬱陶しくて」神崎は左手で傷を押さえ、笑いながらそう言った。「徳永さん、俺の機のレコーダー、見ました?」
「司くんのドッグファイトのやつか?」徳永は湯呑みの中身を急いでその辺の床に捨て、神崎の近くまで小走りにやって来た。「わしもまだ見ておらんのだよ。…ヤマトの古代艦長が、真っ先に持って行ってしまったもんでな……」
「なんだ、そうだったんですか。…コピーもないですか?」
「ううむ、そんな時間はなかったよ。まあ、あったとしても極秘扱いになるじゃろ」
「そうか…」
「でも、島艦長に頼んで、見せてもらうことはできるんじゃないか? あの機体はそもそもお前さんのものじゃからな。…ちょっと待っててくれるか」
 徳永は、自分自身がガン・カメラのVHD映像を見たいということもあり、いそいそと詰め所に戻り艦長室に連絡を入れた。
「…ええ……はい。…は……そうですね。…ええ、分かりました。では、お待ちしとります」
 通話機を置くと、またそそくさと詰め所から出て来る。

「VHDはまだヤマトにあるらしい。これから航海班の誰ぞに取りに行かせる、とのことだ。VHDが戻って来たら、作戦室へ呼んでくれると言っとった。もう30分くらい待てるかね?」
「あっちへわざわざ取りに行くんですか?」
「…機密扱いだからじゃろ」
 それなら、自分が取りに行ってもいいんだが、と神崎は思ったが、頭の傷が疼くのでそのまま詰め所で徳永と一緒に待つことに決めた。

 

 

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