奇跡  射出(2)




 ——さて、そんなこんなで。朝食後、志村と司は古代の要請通り護衛班の精鋭3名とともに格納庫へやって来た、というわけだった。

 司はのこのことここにやって来たことを、激しく後悔していた……何となれば。

(…テスト飛行、って言ってたから来たのに……。仮想ドッグファイトって、何よ……。しかも志村さんと?相手が坂本先輩、加藤先輩、鶴見先輩に、天才・揚羽先輩……極めつけに鬼の古代艦長よ…?ああ……)
 テストとはいえドッグファイトを宇宙港で繰り広げるのだとしたら、当然古代艦長は島艦長に私が参加することを報告しているだろう、とさらに気が重くなる。古代艦長は、島艦長に、一体なんて説明したのだろう…?

「5対5のドッグファイトということになるが、安全上の問題で、港から南へ下った洋上で行うことになる。大気圏内でのテストだから、体調に異変を感じたらすぐに戦線を離脱すること。いいな」
「はいっ」
 司は、志村がこちらを挑戦的な眼差しで見たのに気がついたが、知らん顔をする。
(志村さんが、あたしをやっつけたいならそうしたらいいわ。…だって……)
 まったく、ヤル気が起きなかったからだ。こんな妙な展開になって、昨日のショッキングな出来事に思い悩むヒマは正直なくなっていたから、古代艦長には感謝しなくてはいけないのかもしれない。だが、これから始まるドッグファイトには、到底いつもの半分の情熱も傾ける気にはなれなかった。



 古代を筆頭に、ガミラス要撃戦闘機GOD-13型に搭乗したヤマト艦載機隊の5人は、宇宙港から発進して海へ向かった。
 対するポセイドン・ファルコンチームの5人は、各々自分の機(司は神崎の使用している機体を借りてきた)を格納庫まで移動させ待機する。



「今から45分後に、洋上のG-3ポイントへ到達するよう発進する」

 神崎がいないため、実質指揮を執るのはナンバー2の志村である。「基本的に、1対1でドッグファイトになると思うが、一人で何機相手にしてもかまわん。防衛軍ではあのGODを欲しがってるようだが、ファルコンがあれに劣ると証明するような結果は神崎班長も望んでいないはずだ。…それから」
 志村は背後に響くコスモファルコンのアイドリング音に負けじと、声高に言った。「航海長?ファルコンは苦手、と言ってましたね。無理せず、データの収集に専念してくだされば幸いです」
 居合わせた男たち4人は、ちょっとだけ笑った。が、坂田と土方がすぐに咳払いをして、志村の失言ともとれるような台詞を目でたしなめる。
 司はムッとして横を向いた。

 フンだ。…感じ悪いわねっ。……どうしてくれよう……。
 志村の挑発的な態度が、知らず知らず、司を元気にしていることには誰も気付いていなかった。



 
(司は志村と組んで飛ぶことでおそらく発奮するだろう。いいストレス解消になるはずだ…)
 そこで、ほんのちょっと自分が話をする糸口が見つかるだろうと、古代は踏んでいた。
(島のやつ。俺があいつと、あの航海長とのことを知らないと思っているよな。……お節介、っていうよりは……ただ事実を知らせたいだけなんだ、俺は)

 司花倫中尉は、今や押しも押されぬポセイドンの一等航海士で、この航海を終えれば社会的にも地位を約束された士官に昇進するだろう。それに対し、テレサには島以外、頼れるものがない。社会的地位や家はおろか、国籍や戸籍など、当たり前の市民としてのアイデンティティさえ持っていないのだ。そればかりか下手をすれば、一生あの狭い部屋の中で文字通り幽閉の身となって生きるしかなくなってしまう。もちろん、古代は司にテレサの話をして、「身を引いてくれ」などと頼むつもりは毛頭なかった。それは島の責任で島がするべきことで、自分の出る幕はない。だが、司自身がどれだけ恵まれた立場にいるか、今すでにどれだけ自分を誇れる立場に来たのかを、彼女自身に自覚してもらいたい、と思っていたのだ。例えこの先司が島を失ったとしても、自分はそれに支えられて生きることができるはずだと、彼女自身に気がついて欲しかった。

 



 ガルマン・グラス海洋上——
 GODの慣らし運転を終えたヤマトの艦載機チームが5機、編隊を組んで旋回飛行していた。
「……そろそろ、ポセイドンの攻撃隊が到着するぞ。用意はいいか」
 古代は予定通りのフォーメーションを取るべく、両隣に飛ぶ加藤と坂本に手を上げて合図をする。5機のガミラス要撃戦闘機は、地球のファイターを迎え撃つために洋上のポイントG-3に向かった。

 ガミラスのファイターGOD-13は、鋭角的な動きの可能なV-TOL(垂直離着陸機)で、木の葉のように小刻みに角度を変えつつバランスよく小回りに機動することができる。対して地球のファイターは、その構造上急な反転・旋回は不得意で、真っ直ぐ前に飛ぶスピードだけがGODに勝ると想定されていた。

 紺碧の空に、ファルコンの機体がキラリと光る——

「Brake !」古代の号令で、5機のGOD-13は流星のごとく散開した。

 



 仮想ドッグファイト用の発光弾を積んだ双方の戦闘機が、最初のエンカウンターに入る。至近戦なので模擬ミサイル弾は積んでいない。すれ違い様に無数の光の弾が飛び交う。コスモファルコンの機首銃座には掃討用のファランクス(近接防御火器(CIWS))を改良したガトリングガンが搭載されており、毎分2万発のレーザー弾を発射することが可能だ。対してGODは回転式ガトリング砲ではなく、翼に並んだ発射口から毎分2〜3万発のレーザー弾を水平に撃ち放つ機銃を持っている。敵を真正面に捉えなくてはロックオンできないファルコンより、とりあえず前面に敵を捉えればロックオン可能なGODの方が、戦闘ではより有利だと予想されていた。

 一機も離脱することなく、双方が反転する。
(…反転のスピードも、やはりGODの方が上か)古代がそう思った瞬間、ファルコンのうち一機だけが機体を捻ったまま鋭角に反転し、いち早く反撃に出たのが目に入った——
(お?最初から飛ばしてる奴がいるな…)
 大気圏内でのドッグファイトは身体にきついGがかかるため、反転上昇や加速はどうしても大気圏外での場合より遅くなる。すれ違い様に刃を交わし、再度水平に機体を捻って戦域にターンして来るまでの時間は、機体のポテンシャルにも関係するが、大方はパイロットの体力的限界や個人の技量に左右されるのだ。
(!!速い)
 古代はバイザー越しに迫って来るファルコンを捕え、GODの機体を捻って回避する。間髪を入れず、ファルコンの第2波が襲いかかった。
<F-2、やられました!離脱します>
 ファルコンチームの坂田の声——続いて鶴見の声が聞こえた。<古代艦長、鶴見、離脱します!!>
(早いな…相打ちか?)

 前方から飛んで来る発光弾をロールしつつよける。同時にヘッドホンから加藤の叫び声が響いた。<古代さんっ、右後ろ、ケツにつかれてますっ!> 
 後方警戒レーダーが作動する間もなく、キャノピーの右すれすれを弾が飛び越して行った。

(どこだ!?)加藤の声を信じて、左に機体を捻る。
 だが、GODの後方警戒アラームは鳴らない。急激に旋回降下して、後方を確認する……おそらく後ろについたファルコンは振り切ったのだろう…と思った瞬間、真後ろに突然、メタルグレーの腹が迫り上がって来た…背面だ。
「うわっ」アラームが鳴るのと同時だった。
<艦長ーーっ!!>
 ヘッドフォンからの、その加藤の叫び声を掻き消すほどの衝撃がキャノピー後方を襲い、古代は自分が撃墜されたと感じた。



「なんだあいつ……!バケモンか…」
 司の操るファルコンの動きを、遠く離脱した空域から見つつ、鶴見が呟いた。
 ほとんどキリモミ状態としか思えない機位からブースターを使って急上昇した直後。加藤機をかわした司のファルコンが反転した機位のまま、背面で古代機の真後ろから発光弾をヒットさせた瞬間を、坂田も後方から確認した。
「どうやって照準合わせてるんだ…?!あいつの目、どうかしてんじゃねえのか…」

 司には、朝方GOD-13型のスペックを一通り説明し、コックピットに試乗もさせたと古代は言っていた。……確かに、レーダーレンジの弱点は教えたのだろうが、それをほぼ完璧に記憶して、逆手に取ったのだとしか思えない。
 …というよりも。
(驚くのはあいつの機体の使い方だ……普通やらねえぞ…)

 そもそも機械には使用可能な限界、というものがある。同じように、人間の身体にもできることの限界、というものがある……そんな言わずもがなの限界が、あいつには通用しないのか。大気圏内であんなアキュート(鋭角)・ターンばかり繰り返していたら、機体がすぐに金属疲労を起こしてしまう…それ以上に、自分にかかるGがハンパじゃない。しかも、重力圏内で逆立ち射撃をした場合、誰だって命中する確立は半減する。それが、どういうわけかあいつには通用しないのだ。
<チッキショー!!あの野郎!>坂本が嬉しそうな叫び声を上げた。<見ました?加藤さん!古代さんが一撃ですよ…>
<何喜んでんだ、坂本!>加藤
は叫び返す…<お前どっちの味方だ!!>

 残るGODは3機、ファルコンは4機。
 だが、瞬く間に加藤のGODが土方と松平を沈黙させる。加藤は古代の仇、とばかりにさらに周囲を見回し、司のファルコンを探した。
(いない!…そんなはずは)
 ガミラスの2つの太陽は故郷のそれとは違い、正午でも真上に上がることはない。光もそれほど強くはないので、逆光に目がくらんで相手を見失う、ということもないはずだった。斜め後方に坂本のGODが目視できたが、あと2機いるはずのファルコンは影も形も見えない。
<加藤さん!下です!!>
 揚羽の声がヘッドフォンから響いた。とっさに太陽を背にする方向で機体を捻ったが、エマージェンシーと同時に発光弾の着弾する衝撃が真下から座席に伝わった——
 真下から垂直上昇して来たファルコンは推力をダウンさせ、そのまま背面に倒れ込んで反転した。

(畜生!!やられた……)加藤は舌打ちした。ギリっと歯を食いしばる。<加藤、離脱します!>
 言った傍から、揚羽の声が聞こえる…<こちらも離脱!くそっ>
 GODに搭乗するのは今日が初めてとはいえ、加藤はこれほど完膚なきまでに叩かれるとは思ってもいなかった……司のやつ、腕を上げた…?艦載機には長いこと乗ってなかったはずなのに…!

 坂本はどこだ。
 加藤は反転離脱しながら坂本のGODを探したが、その瞬間、海面に近い低空に、ガトリングガンの閃光が見えた。「坂本!?」
 どうやら勝負はついたようだ。
<坂本、やられました!チェーッ!!>坂本のダミ声が、加藤のヘッドフォンからやかましく響いた。

 

 

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