ここでなくては話せない、と言われて島が出向いたのは、ヤマトの艦長室である。
「…遅くなってすまん」古代、真田、雪、佐渡がすでに集まっているのを見て、島はそう言った。
「いや、かまわない…お前、忙しいだろう。わざわざ呼び出して、こっちこそすまない」
「で、どうしたんだ?」
集まっていた4人は、すでに事態を把握しているようだった。皆一様に難しい顔をしている。
「島」真田が真面目な顔で切り出した。「…テレサの超能力のことなんだが…デスラーの話では、現時点での彼女の能力は枯渇していることになっている、そうだな?」
島は頷いた。「もう反物質の力が発現することはない、とデスラーからは聞きましたが…」
「それがな…」真田は言いにくそうにしたが、心を決めたようにアレス・ウォードから聞いた話を島に伝えた。
「それじゃ、…今彼女に超能力がないと言うのは、…一時的なものだと…?」
「そうだ。…脳に対する人工的な処置によって、一時的に封じられているだけだそうだ。…島、お前…憶えてるだろう。テレサは白色彗星にも地球にも味方しない、と言っていた、ってことを」
そうだ、確かに彼女はそう言っていた。自分たち地球人にとっては滅びて然るべき凶悪な敵であれ、テレサにとっては「同じ生命」だったのだ。その時の凄惨な記憶が超能力を発現させるきっかけになる可能性が高いという理由から、主治医のウオードはその記憶を封じたと言う。
「…お前にこんなことを言いたくはないが…。お前の命と引き換えに彗星帝国の母艦を壊滅させたことを、彼女はずっと悔やんでいたのだそうだ…」
それを聞いた雪が、改めて俯くと洟を啜った。「…あの人にしてみれば、島くんを助けたいだけだったのにね…」
「……そうだったんですか…」
島自身、疑問には思っていた。あれほど嫌がっていたことを、なぜテレサはしたのだろう……?と。再会しても、彼女からはそのことについて何も訊けなかったし、自分も訊くことはできなかった。やっぱり、彼女はそのことを悔いていたんだ。
「…お前を救うことと、そのために犯した殺戮の罪との板挟みになって、彼女は自分をずっと呪っていたんだとあの主治医が言っていた…」
真田の話に、皆切なく溜め息をついた。こればかりは、そんなことで思い悩むなと他人が言っても無駄なことだ。問題はここからだった。…彼女の記憶は、一定の時間が経つと回復してしまうのである。
「!?それじゃ」
辛い記憶が戻ったら。彼女は…また、超能力を発現し。反物質エネルギーを呼び出すこともあり得る、というのか…!?
真田は厳しい表情で頷いた。
「…だが、あの博士の作った制御装置の中に入っていれば、超能力だけでなく、反物質を万一解放してしまっても外界への影響はないというんだ」
「制御装置…?」
「……食物サンプルの大型コンテナに混じって、今日当たりポセイドンに届いているはずだ」
……ただ、この事実を、デスラーは知らない。
「俺も懸念していた。デスラーがテレサを丁重に扱っていた理由は、彼女の反物質エネルギーを兵力として期待していたからだったんだよ」
「…そうなんですか?真田さん…」古代も雪も佐渡も、ここから先は初めて聞く内容だったようだ。
「デスラーに知られたら、…大変だ」
ポセイドンに積み込まれた「制御装置」がその実、超能力をコントロ—ルするためのものではなく、封印するものだったとなれば。
「うむ。だから、その前に、…ウォード博士の意識操作が有効なうちに、我々は大至急、この星を出なければならんのだ」
「…なんだって」
古代も声を上げる。
島は不安そうに続けた。
「でも、そんなことをすれば…。デスラーの目を欺いてテレサを連れ帰ることで、俺たちは一歩間違えば地球とガミラスとの友好関係を壊すことになりかねません…」
「お前なあ!!」古代が呆れて声を上げた。「…ったく、どこまで石頭なんだ! 地球との友好関係とテレサと、お前にとってどっちが大事なんだよ?」
お前はそう言うと思ってた、と言わんばかりに島は古代から目を逸らし、軽く溜め息を吐く。「俺にとってはそんなの、決まり切ってるさ。だけど、……問題はもっと複雑で広範囲だ。俺たちだけの問題じゃ済まされない…」
真田も難しい顔で頷いた。「それに、まだある。うまくデスラーの目を逃れてこの星から出発したとして、彼女が安全にいることの出来る空間は、あの小さなコンテナの中だけだ。それ自体、無理があるばかりか、…反物質を完全に封印できないまま地球へ彼女を連れて行けば、それは地球にとっても…脅威となってしまいかねない。そうだな、島」
古代も雪も、佐渡も…、はっとしたように島を見る。
「…そうです」
俯いて呟く島の脳裏には、かつてテレザリアムでテレサが自ら打ち明けた、悲しい滅亡の記憶が想起されていた。
彼女の能力は、いわばコントロール不能のジェノサイド(大量殺戮)パワーだった。過去、自分だけがその事実をテレサ本人から聞いた。それを知っていたのは自分ただ一人。彼女が死んだと思われていた時には、記憶の彼方に葬ってしまえば済んだことだった。
——だが今、それは重い現実となって立ち塞がっている。
「…ウォード博士も言っていた…。彼女の能力について、デスラーは彼女自身が自在に操れると考えているが、本当はそうではない。彼女自身も制御できなくなることがあるのだ、と。……制御不能の波動砲のようなものだ。あれだけの規模の破壊力を制御できない…、それほど恐ろしいことは…ない」
一同はしばらくの間沈黙してしまった。自分たちが今まで一体何のために戦って来たのかと言えば、「地球を守るため」だ。今回の旅もそのためだった。それなのに、制御できない反物質パワーという、新たな脅威を自ら背負い込むはめになるとしたら……。
——答えは出なかった。
しばらくして、真田が口火を切る。
「島。……ともあれ艦隊の出発を、可能な限り早めるよう算段してくれ。最悪、地球へ通信がつながらないままでも仕方ない」
トライデント計画の当初のスケジュールではまだ、艦隊はガルマン星に到着してもいないはずである。地球とは冥王星付近から交信不能となっているので、一刻も早い通信の回復が望まれていた。
「……わかりました。帰路には中間補給基地建設が予定されていますが、通信の回復はその時点でもかまわないでしょう」
「一刻の猶予もないな」古代も唸った。「……しかし、あんまり慌てて出発するのも変だぜ。…どうする…?」
「病人をこしらえたらどうじゃ?」それまで黙って聞いていた佐渡が、急にそう言った。
「え?」皆佐渡の顔を覗き込む。
「……仮病でかまわん。とっとと連れて帰らにゃあならん病人をでっち上げるんじゃよ」
「なるほど!」古代がポン、と手を打った。
「いや、しかし…」島は乗り気でないようだ。そういう芝居じみた作戦は嫌いだった。「一体誰がやるんです?そんな」
「…あたし、やりましょうか?」雪が皆を見回して言った。「あたしなら…、そんなにおおっぴらにしなくても大丈夫でしょう?」
「おーそうじゃ」佐渡もぽすん、と手を打つ。「ユキが妊娠した、ってことにすればいいんじゃ」
「は?!」
「えっ!?」
異口同音に皆が驚いたので、佐渡はきょとんとした。「なんじゃい。それだったら病名だの症状だのをひた隠しにしても、おかしくないじゃろが。デスラーにだけ、慌てて帰る理由を作ればいいんじゃろ?」
「そ、それは…そうですが……」古代はいつになく慌てている。…というより、動揺しまくっている、という感じだ。
「んもう…先生ったら…。アナライザーにはちゃんと話を通してくださいね? …どう?古代くん?」
「あ、ああ、…まあ、じゃあそれで…」
「ちぇっ」島は思わず笑ってしまった。「嘘から出た実、てなことにならないだろうな、え?ヤマト艦長どの?」
「ばっ、馬鹿言え!!」古代の焦りようからして見るに、まんざら何もないとは言えないようだ。
「じゃあ、2日後に古代から島へ、この件で連絡。その後島からデスラーへ詳細報告とともに急ぎ帰還準備を願い出るよう、算段してくれるか?」
「はい、分かりました、真田さん」
ともあれ、古代護衛艦艦長の妻が妊娠したとなれば、デスラーも無理に留まるようには言わないはずだ。島は、ちょっぴり羨ましいと思ったことは伏せておいた。
自分とテレサは、そんなごく普通の幸せを掴むことができるんだろうか…。そう思い、また短く溜め息をついた。
6日目の朝——。
司はベッドの中で無理矢理目を瞑っていた。
寄宿舎よろしく部屋には4台のベッドが設えられていたが、一つ一つに天蓋が付き、厚いカーテンをベッドの四方に引けるようになっていたし、隣のベッドとも裕に1.5メートルは離れていたので、毎朝4時に抜け出してジョギングしに行っても、誰も起こさずには済んでいた。でも。
今朝は気が進まなかった。
胸の中では、テレサに聞きたいことがぐねぐねととぐろを巻いていたが、それが口から出るのは絶対に避けたかったのだ……
(…あなたは、島艦長とどういう関係なの? ポセイドンとヤマトが来ることを、知っていた? 私たちが<バスカビル>に居た時に、島艦長はあなたのことをもう知っていたの……?)
けれど、あの無垢な人にそれを聞くことなど、絶対できっこない。
(あたしはあなたが生きてるって分かる前に、艦長から告られたんですけど)
……そんなセリフまでが脳裏に浮かんでは消える。司は自分に嫌気が差した。同じことを、島に訊くのはもっと無理だった……
(……あたし……めっちゃオジャマ虫じゃん……)
艦長は今、何を考えどう思っているのだろう。
急に、赤石が自分とあの人とが似ている、と言ったことを思い出した……自分ではそうは思えなかったが、それじゃ、…艦長は……
(……あたしが、どこか彼女に似ているって思ったから…?)
マンハッタンで、艦長の弟も私を「テレサ」って呼んだ……
急にすべての謎が解けたような気がした。
自分なんかがあの「島大介」に見染められるなんて、おかしいと思った。
………そっか、…私は、あの人の…代用品だったんだ。
ここに来て以来、島とは殆ど話が出来なかった。
でも……初日の夜。
そう、艦長が…到着早々このパレスに呼ばれたあの日。艦長は……私を抱きしめた。テレサに会っていたら、私にあんなこと……しないはずよ。
だが、真夜中に急に戻ってきたこと、また…機関長が「元気がなさそうだった」と言っていたこと…そんなこんなが思い出され、訳が分からなくなる。
次に彼と話をする機会があるとすれば。…彼が自分に話すのは、おそらく……テレサとのことだろう。失ったと思っていた恋人が、こんなに遠い宇宙の果てで生きていた。まったく、知らなかった。だから、……この間の話は、なかったことにしてくれないか。……きっと艦長は、そう言うのだろう。
(………嫌だ)
顔を枕にぎゅっと押し付ける。——そんなの、いや……!
艦長と彼女との再会を、祝福してあげられるとは…思えなかった。
好きだって、言ったじゃない。
あたしにキスしたじゃない……
ずるいよ……艦長。
枕はいい匂いがした。羽毛の中に、何かゴロゴロするものが入っている。木の実かな。安心する匂い……。涙を拭いたとたんに、その匂いが強くなったような気がした。
自分から私に「好きだ」と言った手前、艦長はそれを撤回しないかもしれない。でも。
多分、死んだはずの彼女を私が受け容れることで、それで初めて…私が艦長のパートナーになり得たのだろう……。でも、事情は変わったのだ。
(…ちェ……。彼氏イナイ歴更新か…。サイアク…。今日、私が走って行かなかったら、彼女……変に思うかな)
しかし今は、テレサの顔を見る気になれなかった。彼女には罪はないが、きっと妬んでしまうだろう。そんな自分を想像すると、惨めで仕方ない。
くるりと寝返りを打って、薄目を開ける。
ベッドの頭の部分にあるサイドボードに、白いハンカチが載っていた。
(艦長の…。とっとと返してこなきゃ…)
ハンカチに手を伸ばしかけ、その手をやはり引っ込める。
それを手に取ってしまったら、わあわあ泣いてしまいそうだったからだ。
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