「ところで…真田さんは?例の場所へ行っているのか?」
島が隣の古代にさりげなく尋ねた。真田はテレサの主治医だったという男…アレス・ウォードと、総統府の資料庫に行っていた。そこには、真田が「テレザリアム」だと目する、テレサが眠っていた小惑星の残骸が保管されている。パーティーを抜け出した真田は、指定された場所へ向かっていた。
「ああ。何でも、部外者を連れて入ると拙い場所にあるらしいんだ。だから、そっちの警備の薄くなるタイミングを指定して来たんだろうな」古代が小声でそう言った。
「…しかしよくそんな場所へ真田さんを連れて行く気になったもんだな…あの主治医は。真田さんがかなりゴリ押ししたのか?」
島の問いに古代も首を傾げる。「さあ…でも、必要だと思えば、真田さんも妥協しない人だからな」
「……有り難いな」心底そう思いつつ、島も頷いた。
真田が居ないことを気にする風でもなく、デスラーは旧い友人たちとの団欒を楽しんでいるようだ。
「……厳戒体制を敷かねばならないのでな…料理が粗末で大変申し訳ない」デスラーはまた新たに飲み物のグラスを一人一人に回しながら、残念そうな顔をした。とんでもない!と言いながら、グラスを受け取って古代はまたもや立ち上がる。
「テレサ・トリニティさんの無事と、地球への帰還を共に祝いましょう!」
「そして…我ら大ガミラスと、友なる地球に……乾杯」
テーブルについていたテレサも、再び立ち上がって会釈した。その姿を、島は満面の笑顔で見守る。
(…テレサ・トリニティ、っていうんだ……彼女)
艦長たちのテーブルにいる、美しい女性を遠目に見ながら、司も微笑んでいた。
——ラストネームは、覚えていません。
彼女はそう言っていた。じゃあ、記録が出てきたのかな。それとも、記憶が戻って来たのかも。
何れにしても、司自身もとても嬉しい気持ちだった。
ガトランティス戦役以来、というのだから、実に7年間、彼女は移動するガミラスの人々と共に、心もとない暮らしをしてきたのだろう。でも、幸いなことにガミラスでの生活はそれほど酷くはなかったようだ。デスラーは彼女に美しいドレスを与え、豪華とも言える広い部屋に住まわせていたのだから。
周囲の隊員たちと同様に…いや、それ以上に、司はテレサの生還を心から喜んでいた。自分の生き別れた大切な人も、きっとどこかで生きている。そう思わせる力が、奇跡の生還ドラマにはあった。
(……奇跡は本当に起きることがある——。艦長も、そう言ってたもの)
島の言葉が思い出される。
そんなことを考えていたからか、ふいに司は島が、こちらを見ていることに気付いた。
(艦長!)
会場が広いので声を掛け合うことは躊躇われたが、司は思い切り笑顔を見せた。島はほんの少し驚いたような顔をしたがすぐに穏やかな笑顔で応えてくれた。視線を横に滑らせると、驚いたことにテレサも、こちらを見ている。
(あっ、気がついてくれた)
司は嬉しくなって、手を振った……
良かったね!ホントに良かった。一緒に地球へ、帰りましょうね!!
そういうつもりで、さらに手を振る。テレサもにっこり笑って、小さく手を振り返してくれた。
総統府の地下32階。
テレサの主治医、この総統府の科学局特殊医療技術者アレス・ウォードから名指しで呼び出しを受けた真田は、パーティーには出席せず総統府の医局を訪れた。
「真田と申します。よろしく、ウォード博士」
真田の差し出した右手を訝し気に眺め、ウォードは無言で申し訳程度にそれを握る。
この男…真田志郎は、イスカンダルからのシステムデータだけを元に、波動エンジンを自らの手で組み上げた、地球人類の「頭脳」とも言える男だという。副総統タランからは、そう聞かされている。アレスはその男の表情を窺いつつ、言葉少なに説明を始めた。
その話の内容は、だが真田にとっても驚くべきことばかりだった。
テレサの反物質発現の仕組み。それは、彼女が生来持つサイコキネシス(PK)能力が暴走した時に、意識的に呼び出す、もしくは無意識に彼女の体内で作り出されてしまうものなのだということ。再発現を防ぐには、サイコキネシス自体を完全封印しなくてはならないこと。そして、現段階ではそのためにかなり大脳に負担のかかる医学的処置を行っていること。
そして、島について思い出すと、同時に反物質で殺めてしまった厖大な犠牲者のことを思い出し、錯乱してしまう傾向にあること……
「…私たちが到着した最初の日に、彼女が意識障害を起こして倒れたというのは、そのためだったのですね」
真田の声に軽く首肯し、ウォードは続ける。
「サイコキネシスの発動は,彼女の記憶と密接な関連があります。記憶が…PKを呼び起こす鍵となる。そのため、私はテレサの記憶から、彼女が白色彗星帝国を最終的に壊滅させた事実に直結するものを、部分的に消去しました。…消去と言っても、もちろん一時的なものに過ぎません。正確にいつとは言えないが、時間が経てば記憶は元に戻ります」
「……?!では、今の彼女は…自分が白色彗星を壊滅させたことを憶えていない、というんですか?」
ウォードは頷いた。
「ええ。おそらく、あなた方の星を結果的に救うことになった、その経緯も。彼女は、長くそのことを憂えていました。地球を救ったとはいえ、彗星帝国を滅ぼした自分は、殺戮者だと…。あの人はずっとその事実を憂い、自らを呪っていた」
真田は、皆で彼女の部屋を訪れた際に、終始困惑したような顔をしていたテレサを思い出した。ガトランティスの大帝に、すべての生命が持つ“存在する権利”を強く説いた彼女だ。島のためとは言え、敵の生命を無数に奪った事実は堪え難いことに違いなかった。無理矢理それを封印したとて、忘れ切れるものではないだろう。
「……そうか、それでテレサはあんなに困惑した顔をしていたんだ…」
アレス自身は、その事件の引き金となった「島」という男の記憶も、消去してしまいたかった。——技術的にそれは不可能ではなかったのだから。島の記憶を残しておくおかげで、意識操作はいつになっても完了せず、結果としてPKの復活を常に恐れなくてはならない状況が続いているのだ。だが、彼女の心情を思うとどうしても踏み切ることが出来なかった。
(……しかし、そんなことをこの地球人に説明しても意味がない)
アレスは室内の館内モニタが並ぶセクションへ無言で歩いて行った。真田もそのあとを追う。廊下、エレベーターといった館内の映像が並ぶモニタに向かい、アレスは何事かを丁寧にチェックし、話を続けた。
「……私の技術で一時的にシャットダウンした記憶は、脳への負担を軽減するため、ある一定の時間を経ると復活します。繰り返し同じ処置を施せば半永久的に記憶を消去し続けることは出来る。同時にPKを甦らせないでおくことも可能です。…だが、あまり長期にわたれば当然患者の精神も、身体も大きくダメージを被る。そのために、別の手段を取ることにしました」
「別の手段?」真田が尋ねた。
「あなたはヤマトの技師長だと言いましたね。これからお見せするのは……彼女が眠っていた小惑星です」
それを使ったPKの封印装置をあなた方の船に積んで、テレサを連れて帰って頂きたいのです、とウォードは続けた。
「総統は……、彼女を反物質兵器としてしか看做していない——あのデスラーが、本当に彼女のパワーを諦めたとは思えない。彼らはテレサが反物質エネルギーを自在に操れると考えていますが、実際は違います。PKを操ることは出来ても、反物質は異種の力。体内に突然現れる反物質を、彼女は止めることもコントロールすることもできず、ただ解放するだけです。しかし、その装置の中に入っていれば…力の発現を押さえられる」
流石の真田も、しばし絶句した。デスラーは…やはり。
ヤマトをわざわざ呼び寄せたのは、それが目的か。
「つまり…現在、彼女のPKは博士によって封じられている…しかし、封印をこれ以上続けるとテレサの身体がもたない。だから、PKを封じるその装置とともに、彼女をデスラーの元から連れて逃げろ、と……そういうことなのですね?」
真田はひとつひとつ確かめるように、そう言った。
ウォードは頷く。
「…ええ、一刻も早く」
今施してある最後の意識操作の効果が切れる前に。
二人は、幾つものドアと数えきれないロックを解錠しつつ、この総統府のさらに深部へと進んで行った。彼のすぐ後ろについて動くように言われ、真田はほとんどぴったりアレスの背後に張り付くような格好で、幾つものゲートをくぐり抜けた。網膜なのか、声紋か、…もしくはそれ以外の、真田には計り知れない個人識別信号を用い、アレスは自分と真田がどのセキュリティにもまるで反応しないような方法ですべてのゲートを通過した。その尋常ならざる警戒に、自分のしていることは本当に安全なのか、と次第に心配になってくる。
「……これは」
テレサの治療を行っていたという特殊治療室より更に下層のフロアに“それ”はあった。資料庫の扉の内側で、発光ダイオード様の光に照らされて浮かび上がった、直径7メートルほどの歪な球体。鋭利な切断面を晒して、その側面が内部まで抉られているのが目に入る。
「これが彼女を守っていた岩塊です。いや、表面に芥がこびりついているので岩塊に見えますが、摩耗した金属であることが分かる。内部からは今でも僅かに反物質の波動が観測できます。…この金属から、あの人には反物質制御装置を作りました。彼女が右手につけている指輪がそうです」
真田は黙ったまま球体の抉られた側面を丹念に調べ、それが「あの宮殿」の内壁に非常に良く似た物質であることを確認した。
「これは、テレザリアムだ……、そうに違いない。喪われたテレザート星の、科学の粋を集めた…要塞です。…思った通りだ」
「テレザート文明の遺産。…その通りです」アレス・ウォードは人差し指を口に当て、真田に声を落とすよう示唆してから答える。先刻から彼は、部屋や廊下を移動するたびに、執拗な程入念に盗聴器や監視カメラの有無を確認していた。
「この岩塊は、完全に反物質を外界から遮断していました。この金属から形成したものがこちらです」
アレスはおもむろに真田を奥のスペースに誘った。壁の一部がエアロックになっており、それが開いたところに、大きなコンテナのようなものが置かれている。それは灰緑色のゴツゴツとした鎧のような装甲板に覆われているように見えた。
「……これは…」
「総統には、サイコキネシスを<誘発>させるためのコントロールシステム、と説明してありますが」アレスは一辺が5メートルほどのコンテナの下部にある突起にそっと触れた。にわかに、音もなく直径1.5メートルほどの穴が、まるで生き物の口のようにぽっかりと開く。入口だ。
「……実際はその逆です。これはPK及び反物質パワーを<封印>するシステムなのです。この中にいれば、万が一反物質が解放されても外界からは完全に遮断されます…」
入口を入ると、内部は先ほど見たテレザリアムと同質の、蒼く光る透明の材質で出来ている。
——二重構造だ。
真田はどこかで、これと非常に良く似た構造物を見たことがある、と思ったが、しかし、にわかには思い出せなかった。
一通り、そのコンテナを調べ終えると真田は苦い顔で溜め息を吐いた…これはまだ、自分の手に負える代物ではない。万一、破損した場合はどうする? そもそも、彼女をずっと、この中に閉じ込めておくというのか…?
「あなたも我々と一緒に地球へ来ることは…できませんか?ウォード博士」
無駄と知りながら、真田はアレスに懇願した。アレスは目を細めて頭を振る。
「それは…できません。……テレサには、窮屈な思いを強いることになりますが…致し方ありません。確かにこれは……まるで、牢獄のようですから。しかしこれを元に、生活空間を増設し拡張して頂ければ良いのです。あなたならそれが出来ると…私は考えています」
「そうですね……しばらくは仕方がないのかもしれませんが」
買いかぶりだ、と思わなくもなかった。だが真田は覚悟を決めたようにそう呟き、ウォードに向き直る。
黒髪の医師は、真田には目もくれずコンテナの基盤を再度入念に点検していた。その中に幽閉の身となるテレサの行く末を、切なく案じているかのようにも見える。
真田はアレスが、テレサの身を至極親身になって気遣っていることに気付いた。主治医だったとはいえ、その気遣いは度を超している。
「ウォード博士。失礼ながら、一つ質問させてくださいませんか。あなたの行為は、…デスラーに対しての反逆行為にあたるのではありませんか? 総統の思惑に背いてまでこんなことをなさるとは……」
「…まさに」アレスは自嘲した。「仰る通り、私は反逆者です。総統は私が何か隠していると疑っている…。ですがそう簡単には尻尾を出しませんよ」
「こんなことをしては、…下手をすればあなたの命が危ないのでは…?」
「……承知の上です。これが露呈すれば、私は極刑、テレサは地球へは帰れなくなるでしょう。そして…ヤマトは地球とガルマン・ガミラスとの友好的外交関係を損なうことになるやもしれません……どうしますか?」
真田は一瞬、怖じ気づきそうになる。
しかし、答えは明白だった。島のために、何があろうとテレサの反物質パワーを発現させてはならなかった。己の頭脳と命をかけて、自分もこの仕事を引き継ぐしかない。
真田は、アレスを見つめ、無言で深く頷いた。「……私は、テレサを愛した私の友人のために、可能な限りのことをするつもりです。…しかし、聞かせてください。あなたはなぜそうまでして、彼女のことを」
アレスは真田から目を逸らすと、聞き取れないような小さな声で答えた……「私も彼女を、……愛しているからです」
「!!」
「…ご心配なく。私についての記憶は、すでに彼女の中にはありません」
「?!…ど…どういうことです?」
真田の問いに、アレスは答えなかった。それきり彼は真田と目を合わせようとはせず、手元の作業に集中し始めた。
保管庫の壁の金庫から予め分包してあったトランクほどの大きさのケースを取り出し、データのメモリーチップや再生機と共に生鮮食料品のアイコンのついたコンテナに手早くはめ込む。それを、部屋の隅にある荷物搬送用のレールに乗せ、行き先をヤマトに設定した。
「…あのコンテナのデータと、構造物のサンプルです。これはこのまま、他の物資とともにヤマトへ送られます。このコンテナ自体も、出航に合わせて極秘に送りましょう。…残念ながら、私はあなた方とは公に接触することを許されていませんから、資料に関するアドバイスをこれ以上することができません…地球の科学力で、データの解析を進めてください。コンテナの修復や拡張に関しては、すべてあなたに任せます。…そして、可能な限り早く、この星を出てください」
「…出発を早めるよう艦隊司令に要請します」
「ええ…そうしてください」
少なくともパーティー会場へは顔を出さなくてはならないが、真田はすぐにでもヤマトへ取って返すつもりだった。このイレギュラーのデータ解析に使えそうな人員を素早く脳裏に思い浮かべる。あれこれ考えつつ、再び資料庫を封鎖するアレスの後ろについて、彼はその部屋を出た。
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