奇跡  再会(21)




 端末上部のパネルが、呼び出し音を送っている。
 ……ややあって、タランの顔が画面に現れた。
<…おお、お目覚めですか?ご気分はいかがです?もう間もなくアンドロイドがそちらへ朝食をお届けする時間です。いましばらくお待ちくださいますか>
「…あの、…タラン副総統…私」
<今日は私めが、航海途上のあなたの待遇について地球艦隊司令と打ち合せをさせて頂く予定です。お食事が済みましたら、島艦長をお部屋にお連れしますが、よろしいですか…>
「…えっ…」
 は…はい、と呟きテレサは数秒呆然とした。
 …島さんが……ここへ来る。
 
「……あの、タラン副総統。一つ調べて頂きたいことがあります…」
 混乱していたが、ともかくさっきの彼女に約束したことをお願いしておかなくては…。
 承知いたしました、と微笑んでタランは通信を切った。



『これは封印のための制御装置だ。そのことは誰にも言ってはいけないよ…』
 またその言葉を思い出す。
 誰に言われたのかしら…封印って、何のための……?
 右手の中指に光る指輪は、何かの装置にはとても見えなかった。
(…お母様の下さったリングに…似ているわ)
 テレザート星を自爆させたとき、消し飛んでしまった母の形見。緑色の宝石(いし)がやはり、あれにも付いていた。
(これ……私、どこで…?)
 手鏡やドレスと同じように、デスラーからの贈り物だったろうか?でも…。
 しかし、考えても分からないことを追求するより、今はもっと大事なことがあった。



 島さんが,来る。
 ……島さんに……会える……
 少女のように頬を染め、テレサは胸に手を当てた。

 




 アンドロイドの運んで来た食事は、だからとても喉を通らなかった。
 そうしている間に、部屋の端末が訪問者の存在を告げる。
「おはようございます、テレサ」開いた扉の前で、タランが礼儀正しく挨拶した。タランの後ろで、愛しい彼が戸惑いながらぺこりと頭を下げていた。

 タランが島と打ち合せをしている間、テレサは黙って同席し,彼らの会話に耳を傾けていた。
「これから先の航海」のために、生活班や医療班に分担して伝えなくてはならない内容を、島がすべてその場でタランから確認した。テレサも、時折こちらに向って了解を求めるタランに会釈する。

 小さなガラステーブルをはさみ、向かい合う形で置かれたソファに島と並んで座るテレサは、タランから見てもとても幸せそうだった。帝国の兵力として、彼女の反物質エネルギーを期待していたタランだが、彼女の様子を見るに付け、そのパワーを甦らせるためだけに躍起になった自分を恥ずかしく思うのだった。タランのテレサを見る目は、まるで愛娘を見るかのように慈愛に満ちている。

「…しかし、驚きです」タランはしみじみとそう言った。「…あの戦いの中で、我々はもう一つの愛を見落としていたわけですな…」
「もう一つの愛?」
 照れ隠しなのだろうか、タランは口ひげをしきりに撫で付けていた。「総統は、ヤマトの古代艦長と雪さんの互いを思う心に打たれたと…そう言われ、あの時艦隊を撤退させました。我々は,ずっと…この方の星、テレザート空域に戦線を展開していたのですが、にも関わらず…島艦長とのことは思いもしませんでした…」
 島とテレサは顔を見合わせる。
 島はタランが何を言いたいのかは察したが、何と答えたらいいものかと戸惑う。
 タランはまたしみじみと呟いた。
「…まさに大いなる愛、だったのですな。私も、心を打たれました。島艦長、このかたを…よろしくお頼み申しますぞ。テレサ、あなたをこの星でお救いできて、本当に良かった」
「任せてください」
「私こそ。助けて頂いて、とても良くして頂いて。……本当に感謝していますわ」
 タランは立ち上がり、頷きながら島の手を握りしめた。

 (……この副総統は…心底、邪気のない男なんだな。…というか、あのデスラーの腹心の部下が、こんなに人情家でその上ロマンチストだったなんて)
 島はふいにおかしくなって、頬に笑みを浮かべた。そう言えば、デスラー自身も芝居がかった口調で、とんでもなくキザな台詞を吐くことがある。…流石、あの上司にしてこの部下あり…、そう思って島はくすりと笑った。
「さて…それでは私めは、失礼いたしますかな」
 嬉しそうに頬を赤らめて部屋を出て行くタランに、二人は深く頭を下げた。

 

                  *



 タランを廊下まで見送った島は、部屋の扉のドアノブを中から引いて静かに閉めた。
「島さん…あの、この間は…私…」
 テレサはその背中に、躊躇いがちに声をかける。
 あなたと逢ったことも忘れてしまっていたなんて…。
 島が、ゆっくりこちらを振り向いた。
「いいんだ。…まだ、身体がちゃんと治っていないんだそうだね。君の主治医の先生から連絡をもらったよ」
「…主治医」…ウォード先生ね。

 ——黒髪のあの医師が、島を思い出すきっかけになったのだ。このところ姿を見ないが、優しい人だった。
「ウォード先生は…なんて?」
「記憶障害が残ってるから、航海中は特にワープに気を付けてくれ、って。…でも、ポセイドンの医師もヤマトの佐渡先生も、優秀な先生方だ。安心していい」
 そう言いながら、島はテレサを抱きしめ、大きく溜め息を吐いた。
「…生きた心地がしなかったよ。この星に残る、なんて言うんだもの」
 えっ? 
(私が…?…まさかそんなはず)
 そんなことを言った覚えは、まったくなかった。
「君は独りでまた、僕の手の届かないところへ行ってしまうんじゃないかと思った…」
 その手を離したら、まるでいなくなってしまうのではないか…といわんばかりに、島はテレサの身体をきつく抱きしめる。「今度こそ一緒に……地球へ行ってくれるね…?」

 何かがおかしいわ…。

 そう思ったが、温かい胸に抱き込まれて何も考えられなくなる。
 島の胸に顔を埋めながら、消え入るような声で,テレサは答えた。
「…ええ。今度こそ…一緒に。あなたの星へ…」
「もうどこへも……行かないで。ずっと…そばにいてくれ」
 自分を抱きしめながら、躊躇うように島が呟いた。
 記憶が混乱している。


 私が……あなたを置いて…。
 それは、あの故郷の星を自ら破壊して、あなたのヤマトを逃がした時のこと……?
 ——そうですよね?……島さん。


 でも、だとすると。
 私はなぜ、この星にいるのだろう?漂流していた…助けられた。それが事実だったことも記憶にあるのに…?その間の出来事が、ぽっかりと記憶から零れ落ちている。
「テレサ…」
 混乱した記憶の綻びを縫い合わせようとするテレサの頬を、島がそっと撫でる。見上げると、その黒い瞳が問い掛けるようにテレサの目を覗き込んでいた。
「島さん」

  

 

 島さん…私……よく,思い出せない…


 互いに確かめるように唇を合わせる。
(もっと考えなくては…思い出せないなんておかしいわ…)
 しかし、身体の芯が蕩けるような抱擁とキスに、うまく思考力が働かなかった。

 ——アレスが最後に施した脳への物理的処置は、テレサが最終的にガトランティス母艦を壊滅させるきっかけになった出来事の枝葉をすべて、消去してしまっていたのだった。


 テレサには何も思い出せぬまま、二人が幾度目になるかわからないキスを交わそうとした——その途端。
 だんだん、とドアをノックする音、そして…笑い合う幾つもの声が聞こえ。
「…えっ」
「……島!!」「島さん!!」
 部屋になだれ込んで来た旧友たちは、扉の前で抱き合う二人を前に呆気に取られて固まった。
「あっ」
「うわっ」
 思わず声を上げたのは、お互い様である。
「…おっ……お邪魔でしたかねっ?!」南部の声がひっくり返った。
「なっ、なんだお前ら…!ノックの返事を待たないで入って来るかよ普通!」泡を食ってテレサの身体を抱いていた手を引っ込めた島だが、テレサの方はまだ彼の首に手を回したままだ。「テッ、テレサ、…ちょっ」
「え…?」テレサは島の首にぶら下がったまま、呆気にとられて全員を見回している……
「うっひゃ……」相原が下品な声を出し、顔を覆った指の間から二人を覗く。その相原をたしなめるように横から肘で小突いた太田は、不機嫌そうに顔を赤らめ横を向いた。
「まあ、いいじゃないか。俺はかまわないよ」古代がこれ以上はない、といった笑顔で肩をすくめる。雪も真田も、苦笑したまま絶句していた。



「何はさておき、あなたにお礼を…ひと言、言いたかったんです。僕たち」
 ソファに腰かけ、ある者は床にあぐらをかき、ある者は立ったまま。島とテレサを囲んで、古代の言葉に皆が頷いていた。
「この星で…こんな風にあなたに巡り会えるなんて、本当に夢みたいよ、テレサさん!!」 
 テレサの右側に座る雪は改めてそう言い、彼女の手をぎゅっと握る。
「あたしと古代くんの今があるのは、あなたのおかげですもの…!」
「…俺たち全員がそうなんですよ!」相原がすかさず続ける。「僕、地球代表としてお礼を言いたい。みんなもそうでしょ」
「ああ、その通りだ」真田が相槌を打つ。「…本来なら…、あなたは地球連邦政府から相応の感謝を表され、最高の待遇でもって迎えられるべき人なのですよ…テレサさん」

 テレサは困惑した表情で首を振っていた。
「わ…私は…なにも。感謝されるようなことは…何一つしていません…」
 島が俯くテレサの肩にそっと手を回す。
「…でも、君に救われた、って感謝している人も、たくさんいるんだ。そのことを、忘れないで」
「でも、公式発表では伏せられているからなあ。…悔しいですよね…」南部が腕組みをしてそう言った。「どうにかならないですかね」
「地球がテレザートのテレサに救われた事実は、トップシークレットだからな。今さらそれは変えられないな…」
「地球が…」
 真田のひと言に、テレサは顔を上げた。

 ——地球を、私が…救った?

「人類はもっとテレサさんに感謝するべきですよ」南部や相原、太田がそう不服そうに言い合うのを心配そうに聞いていたテレサは、また混乱して島の顔を見上げる。
「島さん、…私は…」

 自らの故郷テレザートを破壊し、進撃して来る彗星からヤマトを逃がしたことは憶えている…
 でも。
 ……地球を救ったことなど、…記憶にない——

 こめかみにあてた指が震えた。心なしか呼吸が速くなる…


「テレサ?」「テレサさん…?」

 島と雪が同時に彼女の異変に気付いた。「…大丈夫?!」
「また頭が…痛いの?」
 ただの頭痛とはわけが違う…だが、それ以上どう説明していいのか分からず、テレサは首を振る。
「いいえ、あの…まだ時々混乱してしまって。…ごめんなさい、大丈夫です」
「…休んだ方がいいね」
 島が皆を見回し、それとなくもう切り上げるよう、促した。

 

 

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