奇跡  再会(19)




 総統デスラーは、自室の奥にある瀟洒なアルコーブにこもっていた。その壁には、この星の原住民から贈られた宝盾や神鏡などの貴金属の類いと共に、何枚かの肖像画が掛けられている。



「……恋とは…失われた力をも甦らせるもの、と私は信じていたのだが…。君はどう思うかね…スターシア…?」
 美しい金と蒼の美しい肖像画に語りかけながら、デスラーは明るいパープルの液体の入ったグラスを傾けた。

 すべての謎は、島とテレサの再会によって解けた。
 なぜ…テレザートのテレサが己の星を自爆させ、ヤマトを逃がしたのか。また、なぜ彼女が土壇場でガトランティスをその命と引き換えに壊滅させたのか………。
「やはりすべては、島への愛ゆえだったのだね…」大ガミラスの総統は、そう呟いた。
 執務室のモニタに映ったテレサと島の姿は、デスラーの心を否応無しに揺さぶった。出歯亀のような真似をするのは気が進まないとタランも言っていたが、正直デスラー自身後悔して途中でモニタをオフにしたのだ。島との再会で少しでもパワーの発現が見られれば、テレサをガミラスに留まらせるため強硬とも言える手段に訴えるつもりでいた。だが、彼がその目で確認したのは、運命に翻弄され、否応なく引きさかれた恋が再び実る感動的な場面だった。

(……あと残る手は、彼女の愛する者の命を脅かすか…、あるいは奪うか)——そうすれば、前と同じようにテレサは…反物質パワーを甦らせ、「彼」のために使おうとするのではないか…?
 しかしデスラーはしかめ面をしてかぶりを振った。肖像画のスターシアが、目を細めて自分を諌めているような気がした……<それがあなたの騎士道精神なの…?デスラー>
(いや…大ガミラスの総統たるこの私に、そんな真似ができようか…)
 むしろ、そのような卑怯な手段に訴えそうな輩を排除すべきが、私の役目ではないか。そうだね、スターシア……?

 島と再会しても、テレサの反物質エネルギーは復活の兆しをみせなかった。アレス・ウォードに仕掛けさせた計測器には、微塵も反応がなかったばかりか、その先駆となるはずのサイコキネシスさえ発現しなかった…このまま、反物質を諦めるのは正直なところ少々残念ではある。
 だが。


(私には、真実の愛を再び引き裂くことなどできぬ)——デスラーは目を瞑り、グラスの中身をくいと飲み干しながらそう思った。

 抱き合う二人の姿は、叶わなかった己の熱い恋とオーバーラップし、彼の心を動揺させた。目の前でイスカンダルを自爆させた、尊い女の面影を彷彿とさせる、テレザートのテレサ。
(……テレサが自ら島と共に行きたいというのであれば…それも吝かではない…)
 いずれ、地球から運ばれたプルトニウムは、希少なガミラシウムと融合させれば膨大なエネルギーとなって我々を保護するだろう。ガミラスの母星から採取して保管して来たガミラシウム自体も、もう残り僅かではあったが、それらは互いに数グラムの量を用いるだけでデスラーキャノンの発射エネルギーに匹敵するほどの破壊力を発揮する…… 


 ヤマトにテレサが居るのなら。
 …我がガミラスの盟友たる地球が「テレザートのテレサ」をそこに住まわせ星の護りとするのであれば、それはガミラスをも擁護しているのと同じことだ。



 デスラーはグラスをことり、と小さな丸テーブルの上に置き、ゆっくり微笑んだ。




        *     *     *




 ガルマン・ガミラスの二つの太陽が、順に昇る。

 ガミラスでの滞在も、4日目を迎えていた。
 スケジュールは大幅に前倒しになっているとはいえ、第一次特殊輸送艦隊の乗組員たちはのほほんとしているわけにはいかなかった。
 シグマとラムダの放射能除去作業をはじめ、ガミラスの瞬間物質移送システム情報、装置の譲渡などにAW対策班、工作班、技術班は初日から数日間はフル稼働である。また、異次元断層内部のデータを解析して将来的に航路として機能させるため、膨大な量の計算が必要だった。航海班はそのためにほぼ全員が再度艦内に集まり、演算とデータのエンコードに邁進した。機関班も整備班とともに、3隻の巨体の点検に余念がない。生活班、衛生班は食料や医療製品の調査・輸入などに勤しんでいたし、護衛班までもがガミラス製の航空機を輸入するためのテスト飛行、データの作製の繰り返しなどで大わらわであった。

 航海中と違うのは、あたかも民間の一般企業のように、全員が朝の9時から稼働し、夕方の5時には作業を終える…という日程で動き始めたことである。
 それにしても、ヒマなのは砲術班だった。事実、新字は往路の稼働データを整理してしまうとやることがなくなってしまい、艦内をうろついているうちに通信班の手伝いをするハメになった。
 通信班・観測班は、ガミラスのリレー衛星を利用して地球への通信を試みていたが、それもしばらくは無駄なようだった。地球からのコンタクトラインは以前よりずっと外宇宙へ敷衍されたとはいえ、この星はさらに想像を絶する遠距離にあるのだ。開いたままの回路を時折点検するが、ガミラス側の通信回線が正常に機能していないために、遠距離の通信は依然として回復しなかった。


「……ボラーの生き残り、まだあの辺にいるのかな…」
 リレー衛星にその日数回目のアクセスを終え、何の手応えも得られないままインカムを外した片品がそう言った。
「うん……帰りに出くわすのだけはごめんだぜ」と新字も返す。「ガミラスさん、さっさと片付けてくれないかねえ」
 幾つかの通信回路をチェックしていた赤石が、新字を睨んだ。「……彼らが復讐するにしても、理由があるはずだわ。…それだけのことを、ガミラスはしてきたんじゃない?」
「おっ、恐〜。そりゃあさあ、俺たちだって一度は殺られかけたんだからそれは分かるよ。でも、誰もが復讐復讐、って言ってたら未来はこないんじゃないか?」
「いいこと言うねぃ、新字さん」鳥出が話に入って来た。
 赤石はフン、と横を向いた。「随分寛容なこと」
 鳥出と新字は、ぽかんとして赤石を見た。片品には、このところずっと赤石が不機嫌なのが分かっていたから、二人に目配せして「放っておけよ」と合図する。
 赤石はそのまま、つんと顔を背けて第一艦橋を出て行ってしまった。
「……彼女、どしたの?ブルーデー?」
「ばーか」
 片品は鳥出の頭をぽかんと小突いた。

 明言はできないが、片品には赤石の不機嫌の理由が何となく分かっていた。
 キーとなるのはおそらく、観測班班長として彼が受け取った、赤石の履歴書にあった『2199年ガミラス戦役/冥王星会戦に参加』という記述。そしてもう一つ、赤石の腰に下がっているコスモガンの刻印である。
 それには、<M・AKAISI>ではなく<Y・KASHIWAGI>と彫ってあった。赤石のコスモガンは、誰かの形見なのだ。片品にはピンときた。KASHIWAGI…Y…カシワギ…。片品は、その名をどこかで聞いた覚えがあったが、どうも思い出せなかった。だが、おそらくそれが彼女の不機嫌の原因なのだろう。
 もちろん自分には、部下の過去を詮索する権利はない。不機嫌だろうがなんだろうが、任務をこなしていさえすればかまわない。むしろ、放っておいてやるのが一番いい、片品はそう思った。


 第一艦橋から出て来た赤石は、艦橋後部の廊下に12メートルおきに設えてある展望スペースのひとつに司の姿を見つけた。司はその小さな空間の隅に立ったまま寄り掛かり、アイマスクを目に当てて上を向いている。アイマスクにはマツゲばっちりの大きな瞳のイラストが描かれており、赤石はそれを見て思わず笑った。
「……お疲れさま」赤石は彼女に声をかけた。びくっと身体が振れて、アイマスクが落ちそうになる。眠っていたのかしら…
「あー……赤石さん」
「航路データの集積、大変そうね」
「…ああ、うん、目が疲れちゃって」その上、うっかり意識が飛んでいた、という感じだ。アイマスクはスイッチ一つで温度を変えられる。司は交互にそれを冷したり温めたりして目を休めていたのだった。
「赤石さん、そーいえばどうしてあっちに来ないんですか?」
 司は不思議そうに聞いた。「あっち」とは、ガミラス総統府に用意されたクルー用の客室のことである。滞在中は殆どのクルーがガミラス側の用意した客室へ寝泊まりし(軍艦の狭くて固い二段ベッドと、高級ホテル並の施設とではどちらがいいか、と言う話である)そこから毎朝ポセイドンへ「出勤」しているのだった。にもかかわらず、赤石はポセイドンの自室に留まっていたからだ。
「お部屋、すごく豪華だし、ベッドも寝心地いいし…?食べ物も…まあまあですよ?」
「別に。毎朝どうせこっちへ来るんだから、移るの面倒くさいじゃない?」
「まあ、それはそうだけど…」



 総統府は上から見ると馬蹄型の建物で、中央の尖塔の真下にデスラーズパレスがあり、その下に開けた中庭は広さにしてベースボール場ほどもあった。この星の原生植物を始め、果樹園と思しき部分や渓流を模した流れが作られ、周囲を見晴らせる小高い丘に東屋のようなものまで建っている。中でもほぼ全面に植えられている背の低い灌木は、夜光性の葉を持ち、夜間はすこぶる美しいイルミネーションを披露してくれていた。太陽(…と言って良いのかどうか分からないが、とにかくお日様らしいもの)が毎朝順に、2つ昇るが、それに合わせるように灌木の葉がすべて一瞬金色に光り、それからただの緑色の葉に代わる様は印象的だった。
 司は例によって、毎朝その総統府の中庭をジョギングしている。明け方まだ暗い時間に、そびえ立つ総統府をぐるりと周囲に見ながら走っていると、中庭に植えられたそれら背の低い灌木が、風もないのに自分の方へなびいて奇麗な緑色に煌めくことがあるのだった。

「総統府の庭にある木の葉っぱは、なんだか意志を持ってるみたいで。毎朝挨拶されてるような気がして面白いんですよ」
「ふうん…」赤石は気のない返事をした。
「それにね」司は楽しそうに続ける。「…総統府の、私たちの居る側と反対側の棟に、奇麗な人がいて」
「奇麗な人?」
「うん、女の人」司はもう一度アイマスクを目の上に乗せた。「すらっとしてて、長い金髪で、青いドレスを着ててね…」
「あら、あなたみたいじゃない」
「はあ?やだ〜、全然違いますって」司はあはは、と笑った。「あれは絶対、ガミラス人じゃないな。だって、肌の色とか全然違うし」
「……捕虜じゃないの?異星人なら」
 司は首を振った。「捕虜だったらあんな自由にしてないですよ。奇麗なドレス着てるし…。一昨日初めて見かけたんだけど、昨日は中庭に出て来てました。私に手を振ってくれたんですよ」
「ふうん……」
「私たちと同じで、どこかの星から来てるお客さんかも」
「観光客?」赤石は、まさか、といった顔で思わず笑った。
「明日は話しかけてみようかな」
「およしなさいよ…」



 デスラーが、もしかしたら「いい人」なのかもしれない、というような意見を聞く度に、赤石は腹が立つのだった。あの残虐な獣がいい人であるわけがない。多くの星を征服するためには、可能な限り将来に禍根を残さぬ方法で制圧し、アメとムチで民を服従させるのが定石だ。いい人、に見せかけて腹の中では何を考えているか分かったものじゃない。支配者とはそういうものなのだ……みんな、それを忘れたのか?

 赤石の脳裏に、10年前戦死した婚約者の姿が浮かんだ。

 イスカンダルへの旅の終盤……ヤマトにデスラー艦が接舷し、放射能ガスと共に兵が突入して来た際。彼は乗り込んで来たデスラーその人に狙撃され、戦死したのだという。遺体は放射能でひどく汚染されていたため、コスモクリーナーでの浄化の甲斐なく宇宙葬にふされた。…彼の身体はおろか遺骨さえも、地球への帰還は叶わなかったのだ。一部始終を目撃した僚友から婚約者の赤石が渡されたのは、まだ一発も発射されていない<Y・KASHIWAGI>の刻印のあるコスモガンだけだった。

 ポセイドンの乗組員の人選は、放射能の脅威に対する理解はもとより、体質および客観的に穏やかな性質などを含め、ガミラスという国家そのものへの理解が深い人物、という条件が前提だった。赤石は感情を押し殺して志願した……もちろん、結婚や出産の予定などない。それは婚約者を戦争で失っているからだと説明すれば事足りた……「戦争」が、ガミラス戦かガトランティス戦かデザリアム戦かなど、申告する必要はない。すべては、デスラー、…「あの悪魔」のそばに怪しまれず近づくためなのだ。艦橋勤務の観測班に志願し、射撃の腕を上げるために可能な限りジムに通ったのもすべて……裕也の仇を取るためだった。

 



 展望スペースの、廊下を挟んだ向かい側は第2艦橋直通の通路になっている。赤石と司の2人が話していると、その通路のドアから大越が顔を出した。
「あっ、班長!こんなとこにいたんだ!!早く戻ってくださいよ、分岐Bの3Dデータにずれがあるんです。画像をインテグレートすると上下に2度くらいズレるんですよ…」
「今忙しいから無理!」
 大越の声を遮るように、司は怒鳴った。
「赤石さんと別件で話し中だから!」
「………下手な嘘付くんじゃないよ、班長。サボってると艦長に言いつけますからね…!」大越にはバレバレである。
 赤石は思わずぷうっと吹き出した。
「ちぇー、んもぅ演算嫌いなのになあ……」司はやれやれ、と肩をすぼめ、赤石に手を振る。「…じゃーまた後でね、赤石さん」
「…ええ」
「さっさと来る!」大越に肩袖を引っ張られつつ、司はオートドアの向こうへ姿を消した。
(司さん、面白い人ね……)自身も手を振り返し、赤石は微笑んだ。
 
 艦長の島が今やその右腕と称するくらい、正直司は有能だった。艦載機戦の能力も高いし、神崎を見捨てなかった根性はついに護衛班にも認められている…だが、それがまったく嫌味に感じないのはあの外見と性格の所為なのだろう。生身の彼女はやはりどう見ても、その辺の民間人の女子大生、にしか見えない。
 司の存在は、赤石にとっても心和むものだった…だが、自分の計画を実行に移すためには、彼女を含め皆に多大な迷惑をかけることになるだろう。…いや、迷惑……などという生易しいものではない。そう思うと僅かに良心が痛んだ。自分のしようとしていることは、まさに…ボラーの生き残りたちのしようとしていることと同じだからだ。

 大ガミラス帝星の総統暗殺……

 やり遂げるには、最低でも自分の命を持って償わなくてはならない、と赤石は覚悟していた。自分のために、地球とガミラスの外交関係も危うくする可能性もある……だからこそ、成功したとしても失敗したとしても、自分は生き存えるわけにはいかない、と思うのだった。
 赤石は、自室に用意してある高性能小型爆弾や遺書などを入念に思い浮かべた。どれだけ自分が取り繕おうと、否応なく危機的立場に追い込まれるであろう島に対しても、申し訳ない、と心底感じたが、その決意が揺らぐことはなかった。

 

 

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