ここに残る…?
なぜ?と問うのも躊躇われた。島にとって、彼女がそんな風に答えることはまったくの想定外だったのだ。デスラーに救助された彼女が、自分をこのガミラス星で待ち、そして共に地球へ還る……何の疑いもなくそう確信していたことに気付き、愕然とする。
「…私は……地球へ行くことは…」声が掠れた。
「テレサ…どうした?!」
テレサは急に小さく呻いて、こめかみを押さえた。
表情を歪め身震いする……
「大丈夫かい…?座った方が」
彼女が見るからに苦しそうなので、島は彼女をソファに誘い隣に自分も腰かけた。テレサは両のこめかみに拳を当て、震える息を吐いている。
「……痛いの?薬は…?」
「いいえ」テレサは頭を振った。
……痛いのは……あなたを想う心の所為。
本心を偽り、あなたを遠ざけようとする私の気持ちが、愛した記憶と闘っている所為……。
「…すみません。…しばらく…独りにしてください……」
「でも、…テレサ」
「…お願いです」
PKの測定装置があるのだから、きっとすぐにアレスが来てくれるだろう。頭痛のせいで目の前が黄色くダブって見える。…私の頭など、破裂してしまえばいい。テレサは痛みに耐えながら心の中でそう呪った。
「誰か呼んで来るよ。すぐに戻る」
こめかみに両手を当て、震えながら踞るテレサの背にそっと手をかけ、島は急いで立ち上がった。
扉の外に出て行く島の背中を霞む視界に捉えつつ、テレサは唇を噛み締めた。
(愛しています……私はあなたを…。こんなにも……)
その所為で犯した恐ろしい殺戮の罪は、どうあっても償いきれない。そして、いかに自分が地球を救う結果を残したとしても、彼らに理解してもらい快く受け入れてもらえるとは…やはり思えなかった。(私はあの時、島さんだけを助けた……ガトランティスだけでなく、私は地球の人々、ヤマトの人々を大勢、見殺しにしたのだもの)
けれど、島との別れをまたもや繰り返さねばならないことを思うと、身が切られるようだった。記憶の奔流は頭のみならず全身を駆け巡り、熱を帯びた何かが丹田から喉元へとこみ上げる……。
はっとした。
……駄目。……この感覚は…!
サイコキネシスがみなぎる時の、全身が痺れるような………
「あ…う……」
右手首を左手で掴み、深呼吸する。…抑えなくては。
2体のナースアンドロイドの後から、アレスが足早に部屋へ入って来た。ソファに突っ伏して浅い呼吸を繰り返しているテレサを、急いで抱き起こす。
「……ア…レス」
「……しっかりしなさい」
これだけの精神的ダメージを受けているにも関わらず、計測器は超能力の片鱗も感知することはなかった。「…よく、頑張ったね」
島と抱き合い、涙を流す姿は総統の執務室のモニタから彼も見ていた。
この部屋に仕掛けられた監視カメラは12。デスラーの執念深さには反吐が出る思いだが、この様子をその目で監視していたのだから、総統も納得せざるを得ないだろう。テレサのPK能力は、島と再会しても「甦らなかった」のだ。
そして、自分にとっての問題はここからだった。
「この星に残るつもりか」と島に問われ、テレサは頷いていた。だが……アレスは、そのことを素直に喜ベない。
何となれば。
テレサの、この憔悴しきった様はどうだ……。
「可哀想に……苦しかっただろう」
——無理矢理、この星に引き止めようとすれば、彼女はこの先、まるで生ける屍のようになってしまうかもしれない。先般、自分に抱かれようとした彼女が、無表情に涙を流した時のように………
———私では、彼女の心をここにつなぎ止めることは不可能なのかもしれない——。
頭痛を堪えながら涙を流す彼女の姿は痛々しく、見るに忍びない。
アレスは、半ば意識を失いひきつるような呼吸を繰り返すテレサの背中を、そっとさすった。
「今、何て言いました?」
相原が古代の正面に突っ立って、目を丸くしながらそう言った。相原は古代より幾分背が高い。彼が古代に詰め寄ると、上から食って掛かっているように見える。
「…そんなに迫って来ないでくれよ、相原…」
デスラーに招かれ、ヤマトとポセイドンの乗組員総勢350名ほどがすべて、デスラー総統府の豪奢な建物に収容されていた。総統府は地上200メートルほどにそびえ立つ塔のような建物だったが、階下に行くほどフロアは広くなっており、下層階だけで裕にその人数は収容できるほどの部屋が設えられていた。総統府だけでひとつのシティーと言えるほどの広さである。敷地内にはショッピングモールや競技場と思しきエリア、ガミラスの要人や将校、兵士らの家族が居宅を構えているエリアもあった。
これほどの広さを総統府がそなえている理由は、次期に分かった。この星の主な産業は農業で、それは現在も原住民が担っている。総統府と、各地の要所を繋ぐ交通網以外の土地は、その住民たちに自由に開放されており、基本的に住民たちはガミラスがやって来る以前の土地をほとんど自分たちの自由に使うことができるのだった。この星の主権を握ったとは言え、デスラーはガルマン国民を総統府周辺にのみ住まわせ、原住民たちにも解放した。そうすることによって、原住民らの本来持つ住環境を必要以上に脅かすようなことをせず、「共存」と言うバランスを取ることに成功していたのである。
元々水や緑の豊富なこの星は、彗星帝国ガトランティスの植民地であった。かの帝国が銀河系で突然の壊滅を余儀なくされた後、事実上この星は残存したガトランティス地方総督の私物と化していた。支配者を喪った総督が本星よりましな統治を行うはずもなく、原住民は更に過酷な生活を強いられたが、そこへ侵攻して来たのがガルマン・ガミラスだったのだ。ズォーダーとの個人的友情を尊んだデスラーは、この星ばかりではなく非道な圧政下におかれた植民星をすべて解放し導いていった。
それまで、後進的な農業技術しか持たなかったこの惑星は、デスラーの導きにより飛躍的な進歩を遂げた……気象をコントロールして作物を効率よく育てる術、確実な灌漑技術、多くの作物を一度に搬送する輸送手段。ガトランティス総督府に独占されていたその高度な科学と、ガミラスの文明を手にしたことで原住民らは多大な恩恵に浴し、デスラーとガミラスは新しい拠点を得たのだ。今や、この星の住民は忠節なガミラスシンパとなってデスラーのために働くようになっていた。他にも多数の移民がこの星にはやって来て、デスラーのためにガミラス軍に所属するものも多いと聞く。
古代たちは、総統府のそこかしこで、この星の元原住民に出合った。ある者は兵士として、ある者は宮廷の侍従として……。明らかにガミラス人ではない人々が満足そうに働いている様を彼等は目撃したのだった。
さて、地球艦隊の面々は、配分された部屋に寄宿舎よろしく、いくつかのグループに別れて滞在することになっていた。
天蓋付きの大きなベッドが4つ入る広い部屋。そこに、古代と真田、相原と太田、南部がいた。
デスラーがひとしきり、「どのようにテレサを救出したか」を説明したあとも、食事が終ってしまっても、島は戻ってこなかったので、古代たちは部屋に案内してもらい、そこで待つことになったのだ。
*
で、相原である。
「さすがにもう話しても良いですよね」と古代がうるさいので、真田も首を縦に振った。その最初の一言を聞くなり、相原は目をまん丸にして古代に詰め寄ったのだった。
「テレサ、って言いましたよね?!」
相原自身がこう思っていた……自分たちが関わって来た異星の「女神」のうちで、もっとも非業の死を遂げたのがテレサだったと。それは一重に、島との関係上のことでもあった。通信記録の中であれ、彼女の命の尽きた瞬間(と思われる声)を最初に聞いたのは相原だったのである…
「…生きている、って言ったんですかっ?!」
「そうだ」古代はにっこりして言った。「今、あいつはテレサと会ってるんだよ。下手したら今夜は戻って来ないかもしれないぜ」
「はああああ!?」相原は素っ頓狂な大声を出し、古代の肩を掴んで揺さぶった。「なんでもっと早く教えてくれなかったんです!?」
「…だって、ほら、お前が…」揺さぶられながら、古代は言った。「こういう風に、興奮、するだろうからさ…」
太田が腰かけていたソファから立ち上がってつかつかと傍にやって来た。
「本当なんですね、古代さん」
「うん」ガクガクと相原に揺さぶられている古代に代わって、真田が頷いた。「あいつも、信じられない、って顔していたよ。デスラーの話では、彼女は発見された時小惑星の中にいたんだそうだ…」
「小惑星?」
「見せられた映像で判断する限りでは、あれはおそらく…テレザリアムのなれの果てだったんじゃないかと思う」真田は腕組みをしながら、ソファの背もたれにゆったりと寄り掛かった。
「彼女の最後を見ていた古代たちの話と照合すると、テレサは彗星帝国母艦に最後の攻撃を仕掛ける際、テレザリアムを使っていなかった。その直前まで島を介抱していたことから、どこか近くにテレザリアムを放置して来たと考えられる。反物質の接触が起こす対消滅エネルギーによって彗星母艦が誘爆を起こした時、彼女が乗り捨てて来たテレザリアムが、主人を守るために現場にワープし、彼女を爆発から守ったのではないか…と俺は考える。テレサ自身も瞬間移動<テレポーテーション>できるが、テレザリアムにも主人の意志に関わらずそうする能力があったと判断していいと思うんだ。小惑星を調査したここの技師が記録を残しているが、惑星表面は岩盤で、中は未知の金属だという。その金属は意志を持ったように中のテレサを守っていたんだそうだ。外からこじ開けようとする力に抵抗して高圧電流を発したり振動したりしていたというんだよ。その金属はまだ資料庫に保管されているそうだから、後で見に行ってみようと思ってる。しかし、とにかくガトランティス母艦の爆発は凄まじいものだったようだ……彼女は実に7年間、仮死状態のままテレザリアムの繭の中に胎児のように眠っていて、中から救出しなかったらそのまま何年でも眠り続けたに違いない。テレザリアムも、彼女を保護することはできても、それ以上の力は出せなかった、ということだな。…だから、今の彼女には超能力も反物質も、まったくないらしい。まあそれについては、俺は半信半疑だが。……彼女は、最初のうち記憶を失っていて、ここの医師たちは彼女の記憶を取り戻すためにかなり苦労したんだそうだ」
「……島さんのことは、覚えてるんですか?テレサは」南部が古代を揺さぶる相原の手を制止し、心配そうに訊いた。
「ああ、それは問題ない。だからこそ、デスラーはあいつをさっさとテレサに会わせてくれたんだ。島の奴、ろくに何も食べないうちに連れて行かれたぞ。まあ、テレサと再会した、とあっちゃあ、食事どころじゃないだろうけどな」
「そうかあ……!!そうか、そうか、…よかった〜!」相原はやっと納得し、古代の胸ぐらを掴んでいた手を離し、感極まって天を仰いだ。「島さん、…ようやくですね!!ああ、じゃあ僕もう、通信機の件でバカヤロー、って言ってもいいんだ〜!」
「なんだあそりゃあ…」古代はきょとんとする。太田がすぐに心当たりを思い出して、大笑いした。
「でも、ホントですよ……俺たちも心底嬉しいです」
「ヤマト艦内結婚式第一号、やってやろうな!」
古代がそう言ったので、相原がわはは、と笑う。「それそれ!誰もまだヤマトで結婚式してませんからね……まったく、島さんのせいで!僕だって古代さんだって、普通の結婚式場だったんですからねえ!!」
「相原、遠慮してたのか?」南部が目を丸くした。
「そうですよ〜、晶子さんとの式の時その話が出たんだけど、いくらなんでも島さんに悪いからって」
「…そうか、お前……俺がそれを言った時、あの格納庫にいたんだもんな」
「みんないましたよ!!なにしろあの時、島さんたら戻って来るか来ないかの瀬戸際だったし…。そこへ持って来て、あの美女を連れて帰ってきちゃったんだから……!」
島が彼らの部屋に戻って来たのは、それからさらに一時間以上も経ってからだった。
だが戻って来た島の様子に、万歳を言おうと待ち構えていた一同は戸惑った。
「……ああ、…テレサには…会ったよ」
だが島は、まるきり嬉しそうではなかったのだ。
(17)へ 「奇跡」Contentsへ