奇跡  再会(14)




 轟音を響かせて、先行するシグマの巨大な艦体に制動がかかる。暮れ泥むガルマン宇宙港の大気が、降下する重量に震える……3Dバーチャルバイザーの映像を頼りに、大越の操縦するシグマが先頭を切って着陸態勢に入った。
「シグマ、着陸5分前。機関微調整…メインエンジン逆噴射制動80%」
 大越がバイザーのマイクに向かって告げた。その上空で待機する2番艦のラムダと本艦ポセイドンも、着陸態勢に入っている。
 デスラーズ・パレスからさほど遠くない位置にある宇宙港へ、ヤマトを含めた4隻が今まさに着陸しようとしていた。



 無人管制であれ有人の手動操縦であれ、最も難しいのが<ランディング>着陸だ。そして、このランディングを終えれば、此の度の輸送任務はほぼ達成したも同然であった。
 島は右隣にいる大越、そして左にいる司を交互に見守っていた。宇宙港にはガミラスの大型艦艇が何隻も並んで駐留している。ビーコンで誘導された場所は、もちろんコンテナの搬出入にもっとも便利な位置と思われ、すでに地上には特殊車両と思しき奇怪な形状のメカが無数に待機していた。
 シグマが奇麗に着地したのを受け、司がラムダの降下を開始した。





「……我々は目的地に無事到達した。これより通信班は、地球へメッセージを送るよう尽力してくれ。尚、工作班、AW班はシグマとラムダへ向かい搬出プログラムに従ってガミラス側のサポートをすること。他の各班は<バスカビル>からここまでの航行データを集積後、終わり次第半舷上陸とする。みんな、ご苦労だった」ポセイドンをランディングさせた島が、全艦に向かってそう告げた。着陸後の各班の作業についてはできるなら自ら最後まで監督したかったが、島は到着次第パレスへ来るように、というデスラーからの伝言を受け取っていた。

「カーネル」島は副長を呼んだ。「俺は一足先に行くが、後をよろしく頼むよ」
「了解です」
「君たちも総統府へ招かれている。作業が終ったら当直を残して、順次総統府へ向かうよう、全員に伝えてくれ」
 島は第一艦橋のメンバーをぐるりと見回した。3Dバイザーを膝に抱えた司がこちらを見ているのに気がついたが、彼女は目が合った途端に慌てて膝に目を落し、そのまま顔を上げようとはしなかった。その目は前髪に隠れて、表情は見えにくい。けれど、俯いた彼女の口角がきゅっと上がって、嬉しそうに微笑んでいるのに島は気付いた。

(……花倫…)
 彼女は、とても幸せそうだった。
 あんな顔をさせているのは…自分だ。俺が、お前を好きだと…伝えたせいだ。——もちろん、彼女には少なからず愛着がある。それは揺るぎない事実だった……いくら自問してみても、彼女を突き放せる理由などどこにもない。航海士として、ともに操舵と航法を担う身として、自分は太田に匹敵する相棒を見つけたと、本当に思う。そればかりではない。喪ったものの重さや深さを、真の意味で理解し合える異性として、俺はあいつを、選んだはずだった。

 けれど。
 
 ——浮かない顔で、島は第一艦橋を後にした。



 



 総統府の客間のひとつに設えられた、テレサの部屋。
 彼女は幾度か、最初の数ヶ月を過ごした医局に近いフロアの部屋へ移りたいとタランに申し出ていたが、そのたびやんわりといなされ、未だにこの「居心地の悪い」豪華な客間に滞在していた。



「これを…私に?」
 テレサには用途の分からない装置を客間に幾つか設置し終わったアレスが自分に差し出した小箱…。黒いビロ—ド張りの小箱の中に、小振りな銀色の指輪が入っている。
 唇に人差し指を当て、アレスは早口に囁いた。
「このリングは、サイコキネシスを封印する、一種の制御装置だ。万が一に備えて、身体に直接付けるものを作った。この部屋にある機器の半分はイミテーション、どれがどれとは言えないが、あなたのサイコキネシスを封じる働きをするものを幾つか紛れ込ませてある。入口にあるものが、総統の執務室へ直にデータを送るサイコキネシス計測用の測定器だが、この指輪を付けていればそれほど心配することはない」
「アレス…」
 指輪を箱から出し、アレスはそれをテレサの右手の中指にはめながら早口で言った。「……くれぐれもこのことは内密に。…もちろん、島にも」
「…はい」
「詳しく説明している時間がないが、とにかくこの指輪の用途は誰にも言わないこと。ただのアクセサリーだ。総統に聞かれたら、私からの手向けだと言えばいい。よしんば調べられても、彼らには何も分からないように出来ている」

 テレサは頷きながら、はめてもらった指輪を不安げに眺めた。銀色の指輪には表面に美しい文様が彫られていて、小さな緑色の石が3つ、横に並んでいる。制御装置とは言え、それが作動している、という感覚はなかった。


「…アレス、私…やはり島さんには」
 アレスは頭を振り、悲し気なテレサの瞳をじっと見つめた。
「会わないわけにはいかないだろう。…総統の命令だ」
 彼女を連れて逃げ出したい衝動に駆られる。だが、この部屋のセキュリティシステムに侵入し、アクセスレコードを残さず機能を停止できるのはあと数分が限界だった。素早く華奢な身体を抱きしめ、頬にキスをする。この数分間は、監視カメラも盗聴器も、痕跡を残すことなく一切が機能を停止しているのだ……



 ——島に彼女を会わせることで、2つのことが明らかになる。

 ひとつは、…超能力が甦るかもしれないと言うこと。
 今ひとつは。…彼女がやはり、自分ではなく…島を選ぶかもしれない、ということ。

 アレスは空になった小箱をポケットにしまい、テレサから距離を置く。
「……選ぶのは、あなた自身だ。あなたの思う通りにすればいい…」



 テレザリアムの残骸から採取した鉱石で形成した指輪には、PKを封じる電気信号を脳幹に送る機能を持たせた。医局で作製している万全の制御機能を持つ装置が完成すれば、指輪と装置が対になって、彼女を強固に護ることだろう。
「私は自分の領域であなたを精一杯守る。…もう…行かなくては」
「アレス」
 自分の名前を呼ぶその人に、笑顔を浮かべるのが精一杯だった。今夜、彼女は愛した男と再会する。
 彼女を喪うか…再び得るか。
 自分はその賭けを、遠くで見守ることしかできない。
 だが、そのいずれに転んだとしても。
 ——私は、あなたを守る。その気持ちに変わりはない。



 (愛している…)アレスは声に出さずそう呟くと、テレサに背を向けて部屋を出て行った。時を置かず、停止していた監視カメラが作動を再開する…。
 アレスは通路を足早に遠離りながら再度周囲を見回し、ホールへ出た。数基あるエレベーターのうち、医局へと降りる箱の一つに乗り込む。
 
 島と彼女が再会し、万一何も起こらなかったとして……
 果たして彼女は、私のもとに戻って来てくれるだろうか。
 ……だとしたら……どんなに……。

 アレスは切ない表情でそっと溜め息をついた。





 総統府から出迎えにやってきたチューブ・カーが、港のターミナルへ到着した。ターミナルはイルミネーションで煌々と輝き、まるで真昼のようだ。恭しく捧げ銃をする3名のガミラス近衛兵に迎えられ、島、古代.真田はチューブ・カーに乗り込んだ。
「……さしずめリムジン、ってところかな?」チューブ・カーの内部の装飾を見回し、古代がそう言った。「防衛軍の来賓用リムジンなら、俺も長官と一度乗ったことがあるぞ」
「もっと広いよ…こっちの方が」真田が笑いながらそう返した。「以前より成金趣味に拍車がかかったと思わないか」

 二人が何気ない話題で自分をリラックスさせようとしているのが分かって、島はどうも居心地が悪かった。到着早々、デスラーは古代と島、そして真田を会食に招いた。テレサの件は、この会食の後なら公表してもいい、ということに決めたらしく、相原や南部、太田といった「事情を知るメンバー」にも、古代は何も話せない状況だったようだ。

「本当は、相原にも真っ先に教えてやりたかったよ」と真田が言った。「あいつにデータのクリーニングを頼んでしまったせいで、相原はずっと悩んでいたんだ」
「…そうか。俺は…全然知らなかった。…後で相原には礼を言わなくちゃな」
 過去、テレザートへ向かうまでの間のこと…。島は幾度か、相原の専門分野である通信を横から妨害し、主導権を乱暴に取り上げたことがある。相原はその件で島に対してえらく憤慨していた。いくら焦っていたとはいえ、あいつにひどく失礼なことをしたな、と島はずっと後になって思ったが、つい気の置けない仲なものだから改めて謝ることもせずに来てしまった。
 だが、その後も相原は、島に文句を言うでもなく通信機の件で皮肉を言うでもなく、相変わらず人なつこく気さくな態度で接してくれた。それはすべて、例の記録の件が関係していたに違いない…。



 チューブ・カーの窓から流れるイルミネーションを眺めているうちに、どうやら目的地に着いたようだ。総統府はぐるりを美しい湖に囲まれており、その景色はかつての双子星イスカンダルのマザータウンの海を彷彿とさせた。
「……似てるな、イスカンダルに」
 車から降り、ぐるり四方を見渡して、古代がそう言った。

 湖畔からまっすぐに続く広い上り坂の道のかなたに、イスカンダルの王宮よろしくそそりたつ総統府。違うのは、左右に見渡せる丘に墓標がないことくらいだろうか。このガミラス総統府の丘には、代わりに見渡す限り背の低い灌木が植えられていた。夜光性なのだろうか、灌木のすべての葉がぼうっと白や黄色、空色に光っている。この辺りはイルミネーションの類いはほとんどなく、この灌木の柔らかい光を楽しむためにそうしてあるのだと合点がいった。整地されていないように見えた道路の真ん中に、ぽっかりと直径3メートルほどの円盤状の青く光る台が浮かび上がる。近衛兵たちはその中心へ立つようにと3人を導いた。
 全員が円盤に乗ると、近衛兵は銃を軽く上げ下げしてどこかに合図を送った。円盤が音もなく滑るように、丘の上に向かって動き出す。

「…あの木。ホタルが沢山いるみたいにも見えないか…?」
「うん…奇麗だ……」
「これは夜光性の植物で、夜間にはこのように葉がすべて光るのです」ゆっくりと動く円盤の、左右に広がる光る灌木を指差して、近衛兵の一人が誇らしげに言った。「しかも、すばらしく美味な果実をたくさんつけます」
 近衛兵たちの顔を改めて見て、真田ははっと気がついた。皆が似たような衛兵の装束を付けているせいで気付かなかったが、彼らは、ガミラス人とは似ても似つかない肌色、顔立ちの青年だったのだ。

 ……彼らは元々この星の住民だったのでは…?
 侵略によって制圧された星の住民にしては、彼らは自由にのびのびとしていた。もしも元原住民の彼らが、デスラーとガルマン帝国の到来によって害を被ったのではなく逆に恩恵を受けたのだとすれば。…この美しい惑星を明け渡したのではなく、共存することによって豊かになったのだとすれば。
(……案外、デスラーもいい奴なのかもしれんな)
 国を拡げるということは、そういう平和的方法にも長けていないとできないことなのかもしれない。ガミラスが予定している高濃度放射性核廃棄物の用途が気になっていた真田は、ほんの少し気が楽になった。デスラーは国家再建のための資源と言っていたが、真田としてはそればかりではないだろうと危惧していたのだ。もしも、我々が地球から運んだこの核のゴミが、他の宇宙国家を火の海にするための道具にされるとしたら、地球は彼らの侵略行為の片棒を担ぐことになる。ボラー星の生き残りのレジスタンスに遭遇し、苦戦しているガミラスを見るにつけ、デスラーが地球から運ばれる核のゴミを武力として使用するに違いないと真田は確信するようになった。だが、それはもしかしたら杞憂に終るのかもしれない。

 そして今、真田はもう一つあることを危惧していた。
(……テレサの反物質パワーは、今どうなっているんだろう?)
 資源の輸送すらままならないほどのダメージを被っているガミラス本星だ。もしもテレサが生きていたのなら、デスラーは真っ先にその能力を自分たちのために使ってくれるよう望むに違いないのだが……
 真田はちらりと島を見た。
 島はやはり、心ここにあらずと言う顔をしていた。無理もない。古代の話では、デスラーからの通信ではその話は出ていないようだった。


(……彼女がまだ、反物質の力を持っていたら……。果たしてデスラーは彼女を手放すだろうか…)


 しかし今は、あれこれ考えていても仕方がなかった。しばらくすれば、すべてがはっきりする。この先起きる出来事が、再び島を苦しめるようなことにならなければいいが……と真田は思ったが、それを口に出すことはしなかった。

 

 

 

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