奇跡  再会(13)




 古代と雪の部屋、…というものは、ヤマト艦内にはない。二人は艦の中では、艦長と生活班長、という組織の一員に過ぎない。雪は女子専用フロアに、古代は艦長室に居室を構える。二人が非番の時間に一緒に過ごす場合は、否応なく艦長室を選ぶしかなかった。


「……なんだって」
 雪が打ち明けた話を聞いて、古代は思わず天を仰いだ。
「俺、デスラーに保証する、って大見栄切っちゃったぞ!?どうしよう」
「…どうしようって言ったって……。古代君は悪くないわよ」
「そ…そうだよな…」
 古代だけではない。誰も、悪くなんかないのだ。
「けどあいつ…めちゃくちゃタイミング悪いよ、一体なんだってこんな時に」
「でもね、古代くん…私」
「……島は絶対まだテレサのことを好きだ、って言うんだろ?ああ、俺だってそう思うさ」

 深く頷く雪の肩に手をかけつつ古代もまた小刻みに頷いたが、自分がマンハッタンでメモリチップを彼に渡した時のことをふと思い出し、少しばかり自信を失いそうになる。けど待てよ…、あのセンサーフォトグラフは、余程の思い入れがなければ作れないと、真田さんも言っていたじゃないか。

 雪は、食堂で見た島と司を思い出してみた。どう見ても、あれは「艦長と部下」という図ではなかった。
「私、艦長の島くんが航海班の部下を労ってる、っていう感覚で見たから、最初すごく違和感があったの。…でもそれを「恋人同士」に置き換えたらとても自然に見えたのよ。その上、島くん……、彼女には自分と同じ心の傷があるから、きっとお互いに慰めあえる、って…そう言ってたの」
 うわあ、どうするんだよ…。額に手を当て、古代は呻いた。
「…問題は、島くんが、…とっても律儀だっていうことね…。一旦気持ちを打ち明けた相手を、そうそうすぐに裏切るようなこと、…島くんはしない……できないと思うのよ…」
 確かにそうだ。テレサが生きていたから、ハイさようなら、なんてことができる奴じゃない。
「……俺だってそんな真似はできないよ…。いや、誰だってそうだろ」
 古代はテーブルに肘をついて、さらに両手で頭を抱えた。「でもさ。…あいつとしては、最後には絶対テレサを選ぶと思うんだ。そうしないわけがないんだ……」
「あたしも、そうだと思うわ。ううん、島くんには、ホントにそうして欲しい……」


 いわずもがなであるが、島にとって、テレサの存在は「特別」だ。テレサにとっても故郷の星の命を、また自らの命を賭けた恋。それほどまでに愛されたという事実だけをただ記憶に預けられ、命永らえた島。以来彼が生きて来た時間は、どれほどの喪失感に満ちていたことか…。それをずっと傍で見て来た二人には、島がテレサを選ばないなどと言う状況はまるで考えられないことだった。

 でも。
 それじゃあ、司さんはどうするの?

 雪は、その一言を言えずに、飲み込んでしまった。こんな時、恋はかならず誰かを傷つける………。
 古代も、まるで我がことのように「困ったなあ」と言いながら頭を抱えた。
 女性との付き合いが苦手な男ではない…そんな島の態度が、彼の心の痛みを他人からは隠して来たのかもしれない。だが、島の心は時間さえも癒すことが出来ないほどの深手を負ったことを、二人ともが知っていた。司は航海班の部下として、島にとってはなくてはならない存在かもしれない。だが彼女が最終的に「航海における相棒」なのか、それとも「人生の伴侶」なのか…それをまだ島自身が見極められずにいることも確かだろう。

 きっと、まだ間に合う。 
 島の時間は7年間ずっと流れてきたが、テレサはごく最近目覚めたばかりである。彼女の時間は、きっと島を愛した時のまま、止まっているに違いない。
「……どっちにしても、デスラーに言ってしまったことは取り消せないでしょう?島くんだって、テレサに本当に逢ったら、考えが変わるかもしれないわ。司さんのことはともかく、まずテレサの気持ちを…彼女を大事にしてあげて、って、私…島くんに言いたい。…テレサは…島くんのこと、まだ愛してるはずだもの」
 うん、と頷きながら、古代は切ない顔でそう呟く雪の肩を抱いた。


 だがもしも万一、島がテレサを選ばなかったら。命を投げ打って俺たちの全てを救ってくれた彼女の思いは、一体どこへ行ってしまうのだろう…?
「……俺も…テレサには幸せになって欲しいな…」
「古代くん」
「…あの野郎、いっそのこと捕まえて、今すぐテレサのところへ引っ張って行きたいよ…」
 そう言って溜め息を吐く古代に、雪は微笑んだ。「古代くんったら…」

 

 



 翌朝、補給用衛星ドック<バスカビル>から艦隊は出発し、一路ガルマン・ガミラス本星を目指した。ヴァンダールの艦に先導されたヤマトを先頭に、コンテナの明け渡しを想定し予め<セパレート>分離した3隻…シグマ、ラムダ、ポセイドン本艦が続く。

 ガミラス本星の絶対防衛圏内に入ると、随所に戦闘衛星や警戒中の巡視船が漂駐しているのが肉眼でも確認できた。
<……識別コードをGCS143536に合わせてくれたまえ。あなた方は総統の客人なので、特別航路を使用することになる>ヴァンダールからほどなくして通信が入る。
「了解。識別コード、GC-S1、435-36に合わせます」片品が数値を入力すると同時に、3隻の艦の全方位警戒レーダーに赤色で反応するガミラス側の船舶や衛星がほとんど消え、友軍を表す緑色灯に変わる。

「…前方、航路クリア」大越がふう、と溜め息をついた。

 サブ操舵席の大越と司は、再び無人管制に入っているのでバイザーをかけている。司は、顔の半分以上を覆ってくれる3Dバーチャルバイザーが嬉しかった。島を見てしまうとどうしても頬が火照ってしまうからだ。今朝も、第一艦橋に入るまでかなり緊張したし、その後ブリーフィングルームで島の航路指示を聞いている間も、まともに彼の顔を見ることができなかった。
 あんな事があったからと言って、自分たちの間柄が何か激変する訳ではない…そんなことは分かってる。むしろ、あんなことがあったからこそますます…あの人の役に立たなくちゃ、と花倫は思うのだった。
(ヤマトの、太田航海長に負けないくらいになんなくちゃ。ううん、太田さん以上になんなくちゃ……)
 正直にいえば、目と目を合わせたりしたら、あがってしまってくだらないミスをしかねない。
 目と目を合わせなくても通じるあ・うんの呼吸。そういう関係に…ならなくちゃ。——そう独り言ち、微笑んだ。

 ……しかし、島は、といえば……
 こちらもまた違った意味で、司とまともに目を合わせることが出来ないでいた。司に対して酷く不誠実な態度を取ってしまうことになるかもしれない。迎える問題の大きさと複雑さに、いっそのこと身を翻して逃げてしまえたら…とすら思う。


 放射性核廃棄物のコンテナを引き渡した後、空になったシグマとラムダは約2日をかけて清浄される。コスモクリーナーDによる放射能除去と、清掃ロボットによる洗浄・点検を経て、やっと艦内へ人が入れるようになるのだ。復路、2隻にはガミラスから贈られる瞬間物質移送システム、またそれに必要な重工業製品、地球側のニーズに答えたその他の物品も満載される予定だった。スケジュールでは本来そこまでに3ヶ月を費やす予定だったが、まるまる2ヶ月分が浮いてしまった計算になる。乗組員の慰労のために、多少でもガミラス星で自由時間を設けてやるのが理想的だとは思うが、一体この先、自分はどうしたらいいのか。
 山積する課題と、新たに降って湧いた一大事件。
 副長としてヤマトで古代の指示を仰いでいた時の方が数倍楽だった……とふと感じ、心ならずも苦笑いする。
 情けないぞ……この馬鹿野郎。
 島は、そう自分を叱咤した。



            *     *     *



「……ガルマン星視認。10時の方向、距離180宇宙キロ、肉眼で確認できます」片品の声に、ポセイドン第一艦橋のメンバーは一斉に前方を注視した。攻撃衛星や巡視船の放つイルミネーションのような光が導く先に、小さく輝く明るいブルーの星が目視できた。赤石がメインパネルにもその映像を投影した。第三代目にあたる、この新しいガルマン・ガミラス星は、まるでかつての双子星イスカンダルのような明るい蒼色に輝いている。近づくにつれて、この星が豊富な海水に恵まれ、大気も清浄な、類い稀な美しい星だということが分かって来た。


「………地球かイスカンダル、…みたいだなあ」新字がつい口に出してそう呟いた。
「……でも、元々ここに住んでいた人たちは、一体…どうしたんでしょうね」
 赤石が、新字に返事をするともなく冷ややかにそう言った。片品は補佐の彼女を横目で見た。次元断層へガミラスの先導で進入して以来、…というより、ガミラス艦隊を目にした時から、赤石はどうも変だった。

 彼女は明らかに、ガミラスへの嫌悪感を漂わせているように片品には思えるのだ。メインパネルにヴァンダールが映る度に赤石はそっけなく目を逸らしていたし、次第に大きく迫りつつある青い星にも、彼女は目もくれなかった。赤石は最初のガミラス戦役に参加しているので、もしかしたら未だに当時のしこりが残っているんだろうか、と片品は思った。



 しかし同じような問いを、ヤマトの第一艦橋でも数名が口にしていた。
「……奇麗な星ね」
「そうだな。ヴァンダール提督からもらったデータからすると、あの星の大気は、我々の身体にも適しているようだ」
 雪の独り言に、真田が相づちを打つ。新生ガルマン・ガミラスの大気や水分生成物には、有害な放射線が含まれないことが判明している…つまり、彼らはいまや放射能の汚染などなくとも、生きる事が出来る、ということだった。南部、太田もメインモニタに次第に大きくはっきりと投影されるガルマン星を眺めつつ、口に出してはならない一言を飲み込んでいた。この美しい星は、そもそもガルマン星ではなかったはずだ。

  ——やっぱり、侵略して…手に入れた星なのだろうな——

「………これだけ好条件の星に、何も棲息していなかった、…なんてわけはないですよね」相原が、すれすれのところを突く。

 ヴァンダールの話では、現在のガルマン・ガミラスは、アンドロメダ・マゼラン両方面を掌握しているという。その広大さは想像を絶する。たった数年の間にこれほど膨大な数の宇宙国家を征服して来られたのは驚くべきことだ。想像するに、デスラーの手法は単なる武力制圧によるものではないに違いない。恐怖や力では、人をいつまでも押さえつけられるものではない……デスラーは、恐るべき残虐さを持ちつつも、その持てる圧倒的な武力に訴えることなく人心を掌握する術を獲得したに違いなかった。まさにカリスマ、というべき支配者の資質が、彼にはあったのだ。

「逆らったらただじゃ済まない相手、ですからね…」土門竜介が身震いした。もちろん、彼の言うようにデスラーは、征服する際には常に圧倒的な力を見せつけることも忘れないだろう。
 言わずもがなだが、そのデスラーに魅入られた自分は、一体彼にどこまで同調できるのだろうか。…古代は、残虐な独裁者におもねる自分を想像したが、すぐにそんな考えは振り捨てた。自分とデスラーの関係は、断じてそんなものではない。だが、益々強大になったガミラスの主導者が自分を「友」と呼ぶことを、第三者はどう見るのだろう…そう考えると、ふと恐ろしくなることがあった。

 彼の言うところの「友」とは一体、どういう関係を指すのか。かつて、自分は「友」として、彼にその星の持つ科学力を平和のために使うよう苦言を呈したが、今の彼に対しても同じことが言えるだろうか……。


「何が正義で、何が悪なのか……。地球的な考え方をしても仕方がない場合もあるさ」古代が難しい顔つきになったのを見て、真田が慰めるようにそう言った。

 

 

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