奇跡  再会(11)




「……なんだって?デスラー……テレサが……生きているって…?!」

 リレー衛星はここ<バスカビル>からガミラス本星までの通信をすっかり回復していた。地球までの連絡はまだ取ることができなかったが、画像は比較的鮮明で、ガミラス軍の復旧作業が懸命に行われていることを物語っていた。
 デスラー総統からの通信で、隠密に、と名指しで呼び出された古代は、小さな通信室のモニタに向かって思わず叫んだ。モニタには、ガミラスの総統デスラーが映っている。再会の挨拶もそこそこに、デスラーは驚くべき情報を口にしたのだ。


 
<…そうだ。およそ1年前、反物質を帯びた小惑星を我が軍が回収した。その中に眠っていたのがテレザートのテレサだったのだよ。発見当初は仮死状態だったのだが、今ではすっかり回復している。私が古代、君に連絡をしたのは…彼女の願いを叶えるためなのだ>
「テレサの願い…?」
<…彼女は、君の友人、島に思いを寄せていた。それは知っているか>
 古代は驚いたが、慌てて深く頷く…「もちろんだ。そうか、今でも彼女は島を…!」
<…そうは言っていない。彼女は、島の安否を知りたいと願っている。今のところ、それ以上のことではない>
「心配することはないよ、デスラー!」古代は満面の笑みを浮かべて叫んだ。「彼女に伝えてくれ。いや、なんなら今すぐここへ島を呼ぼう!僕が保証しよう、島は元気だ。そして今でも確かに、あいつはテレサを愛しているよ」
<そうか。…それは朗報だ>
 デスラーの瞳が、狡猾そうにキラリと光ったが、古代は嬉しさで胸がいっぱいになってしまい、それには気がつかなかった。
「今すぐ島を呼んで来る。少し待っていてもらえないか」
 通信室を飛び出そうとする古代を、デスラーは微笑みながら呼び止めた。

<待て、古代。通信はあと1分ほどで途絶してしまう。ボラーの生き残りどものおかげで通信状態が酷く悪いのだ。テレサの件は、君から島に伝えるようにしてくれれば良い。いずれ、君たちはあと1日もすれば我が本星に到着するのだ。テレサも安心して島を待つことができよう。彼女の願いが叶って、私も嬉しい>
「…そうか。分かった。島にはかならず伝える。…ありがとう、デスラー!」
<それでは、到着を心から待っている。まもなく相見えよう>
 デスラーは、相変わらず気障な仕草で古代に別れを告げた。



 古代は居ても立ってもいられず、駆け足で客間に戻った。
(あいつ、喜ぶだろうな……!!ああもう、何て言って知らせたらいいんだ!?)

 しかし、客間の扉の前まで来て、古代ははたと立ち止まる。同席しているカーネルや、航海班の大越は、当然このことは知らない。そもそも、テレサが白色彗星帝国を壊滅させた事実は、地球防衛軍の最高機密に属する。テレサという女性が存在したことすら、彼らは知らないのだ。
 さて、かといって…島だけをまた連れて出るのはどうも心証が悪い。
(……ヤマトの仲間だけならどうということもなかったのに。面倒だなあ)
 古代はフム、と腕組みをする。しかし、島には一刻も早く知らせたかった。ううーん。仕方ない、もう少しだけ待つか?雪にも教えてやりたいし。…そうだ、会食の後に島を呼び出して、雪と真田さんと4人でどこかで話そう……そう決めてしまっても、古代はむずむずして仕方がなかった。

 司令室の客間にはすでにヴァンダールが戻っていて、島も席についていた。ヴァンダールは、総統が古代進を盟友と呼んでいることを知っているので、彼らが二人で何か内密の話をしようとその内容を詮索するような真似はしなかった。総統との通信を終えて戻って来たこの地球の戦士は、非常に嬉しそうにしている。総統は、余程この男を喜ばせるようなことを仰ったのに違いない。彼はそう思い、総統がそれほどの贔屓にしているこの古代という男には、一体どのような魅力があるのだろう、と笑みを浮かべつつ古代を観察するのだった。

 妙に嬉しそうな古代を見て、真田がそっと耳打ちする。
「何かいい知らせか?」
「…ええ。後で真田さんにも聞いて欲しいので、食事が終わったらあっちの食堂に来て欲しいんです。島もいっしょに」
 古代はにやにやしてしまうのをどうしても止められなかった。島は対面の席で、<バスカビル>司令官シャイムロと話をしていた。主に次元断層内部についての専門的な話であったが、それを興味深く聞くことができなかったのは、やはり古代だけだった。

 

                        *



「古代、お前やけに浮ついているな。一体どうしたんだ」
 食堂に戻る廊下で、真田が古代を問いつめた。古代は、モバイルで雪に呼び出しをかけながら、口元が歪んでしまうのを必死で堪えていた。
「どうした、デスラーから余程いい情報をもらったんだな。何だよ、早く教えろよ」島が笑いながらそう言ったので、古代はくるりと向き直り、島の両肩をがしっと捕まえる。
「そうだよ、島。すごくいい知らせだ。食堂で話す。…いや」
 古代は立ち止まった。これは、そもそも、こいつのプライベートな問題だ。最初に聞く権利があるのは、島だ。
「真田さん、先に行っててもらえますか…?最初に…、島に話しておきたいんです」
「…よし、わかった」真田は古代の視線に何かを感じて頷くと、さっさと食堂へ向かう廊下を歩いて行った。
「…なんだよ古代、感じ悪いぞ?真田さん、気を悪くしないか」
「お前の問題なんだよ!お前が一番最初に、聞くべきなんだ、島」
「俺の問題?」
 古代は、自分たちの前後左右を見渡して、誰もいないことを確かめると、一度深呼吸をした。
「……いいか、よく聞けよ。……テレサが、生きていたんだ」
「…は?」
 島は何を言い出すのやら、と言わんばかりに古代を見つめた。「なんの冗談だ…?」
「冗談じゃない、デスラーからの正式な報告だ。テレサが、生きていて、ガミラスにいる…そしてお前を、待っている」
「え……?」

 ひと言ずつ言葉を強調しながら、古代は手振りを交えて話した。そりゃあ、理解するのに抵抗があるだろう…だがいいか、これは事実なんだ。
「ガミラスが、偶然彼女を保護していたらしい。彼女は生きていて……お前の安否を気にかけているって」
「…古代、……古代お前」
 事ここに至っても、島には古代が何を言わんとしているのか理解しかねた。……何の話をしている、古代…?
「…テレサが」
「そう!テレサだ、島!!」
「……彼女が、生きているのか」
「そうだよ!!おい、しっかりしろよ、島ァ!?」古代は島の両肩を掴んだまま、ゆさゆさと揺さぶった。「俺はデスラーに言っておいたよ、彼女にかならず伝えてくれ、って。島は、今でもあなたを愛していますよ、って」
 島は言葉を失ってしまった。
 今でも。
 ……そう、確かに今でも、俺は彼女を愛している……だけどそれは……

「無理もないよ、俺だって驚いた。俺はさ、ずうっと悩んでいたんだ…憶えてるだろ?マンハッタンでお前に渡したメモリ……、俺はあれを7年間、ずっと持ったままだったんだぞ。相原もきっと喜ぶ…」
 はしゃぐ古代の声が、遠くで聞こえるような気がした。


 ついさっき、抱きしめた司の身体の温もりがまだ、両腕に残っている。残りの人生を、あいつとやり直そう、と思ったばかりだった。お互いの傷を埋め合わせることができる相手と認め、島は司に「好きだ」と告げた。自分の唇にはまだ、「嬉しい」と言った司の涙が、…そして彼女の温かな唇の感触がはっきりと残っていた。
 ……どうして、今……!?
(……待ってくれ、古代。俺は)
 茫然としている島の背中を叩き、古代は食堂へ彼をせき立てて行く。促されるままに島は歩を進めたが、一体どうしたらいいのか、皆目見当が付かなかった。

 




 食堂にはすでに人はまばらだった。ほとんどのクルーは、仮眠室へ移っていった後だったようだ。大広間のほぼ中央に、真田と雪が座っているのを見つけ、古代はそこへ島を引っ張って行く。
「古代君、話って…?」
 雪が島と古代の二人分の飲み物(おそらく何かの果物のジュース)をアンドロイドから受け取って、テーブルへ用意していたが、古代に引きずられるようにしてやってくる島を見て、少し戸惑った。
「…島くん、どうしたの?なんだか具合悪そうよ」
「そんなことないだろ、島!」古代は嬉しそうにやってきて、雪の向かいの椅子に島を腰かけさせ、自分もどすんとその隣に座った。「口も利けないほど、びっくりしてるんだよ…こいつは」
 そうかしら、と雪は思う。
「とにかく話して?」
 真田も頷いた。「デスラーから一体何を聞いたんだ?」
 
 古代が喜々として話し始めて数秒後、雪までもが神妙な顔つきになった。真田は嬉しそうに聞いているが、雪はどう反応したものか、と困ってしまった。
「そうか…驚きだな。しかし良かったなあ、島!」真田が島の肩を親しげに叩いたが、島は「あ、はあ」と曖昧に返事をしつつ、所在な気に視線を彷徨わせるだけだ。
 雪は、島が古代と真田に何か説明するかと思いながら様子を見ていたが、島はどうしていいのかわからないようだった。おそらく、彼にとってこんなに嬉しいことはないだろう。だが、あまりにもタイミングが悪過ぎる……

(島くん……)
 島が、雪をちらりと見た。今しがた雪には、司のことを話したばかりだ。
(…こういう場合、どうしたらいいんだ?)
 島の目が宙を泳ぎ。助けを求めるような視線を寄越す…。雪は思わず目を逸らし、仕方なくテーブルの上のグラスを見つめた。
(…私だって、…どうしていいか分からないわ)
 一つだけ言えることは、この場合「誰も悪くない」ということだ。しかし、今後の展開次第で誰かが傷つき、誰かが責めを負うことになりかねない…


「今はガミラス本星との通信がつながらないが、どうせ明日の夜にはガミラスへ着くんだ。明日にはテレサに会えるぞ!」
「…すまない…ちょっと、一人に…してくれ」古代がグラスを打ち合わせて乾杯…!と言おうとしたその時、島が突然そう言って席を立った。
「おい、島!」残念そうに島を呼び止めようとする古代を、真田が引き止める。
「古代、そっとしておいてやろう。急にこんな話を聞かされて、あいつにはかなりのプレッシャーだろう。もう航海長だの副長だのというポジションじゃないんだ。艦隊司令なんだからな、…手放しで喜べないことも、あいつはよく分かってるはずだ…」
 雪は真田の意見に賛成した。「そうね。古代君、ちょっとそっとしておいてあげましょうよ」

 古代はぷうとむくれたが、すぐに気を取り直す。「ようし、これで晴れてあいつが本当にヤマトでの艦内結婚式第一号だ。ヤマトであいつとテレサの結婚式、してやりましょうよ、ね、真田さん…、雪?」
「え…?ええ……」雪は苦笑いする。「ヤマト艦内結婚式第一号」というのは、古代が昔、島に対して言った言葉だが、それは虚しく空回りしてしまった。しばらくはその言葉は、仲間内でも禁句になっていたものだ。
(…古代くんったら。…今だって、それはまだ…)


 雪は、席を立った島がこれからどうするのか、追いかけて問いただしたい欲求にかられたが、今ここでそうする勇気は、なかった。

 

 

 

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