奇跡  再会(9)




 ガルマン・ガミラスの衛星ドック、<バスカビル>には、兵士たちの慰安のための施設が用意されていた。ヤマトとポセイドンの乗組員たちも、ガミラスの食べ物が自由に摂れる食堂の間(ま)、仮眠の取れるカプセルベッドの並ぶ寝室の間に案内され、思い思いにくつろぐことができた。

 古代進と真田志郎は、ヴァンダールに招かれて<バスカビル>の士官室にやって来た。ガミラス兵に案内され、広い会議室風のフロアに順に入り込む。<バスカビル>司令官、および副司令官がにこやかに出迎えてくれた。
「…島はどうしたんだい?」
 ポセイドンから来たのが、副長のカーネルと航海班副班長の大越だけだったので、古代は気になってそう聞いた。
「艦長はまだコンテナの点検をしてるんだと思います」大越はとっととシャワーを使って来たのか、さっぱりした笑顔で古代にそう応えた。「自分で最後に全部チェックしないと、気が済まないんですよ。…僕が出て来る時にはさっきの次元断層の航路計算をして3Dのデータにしてましたね…」
「あいつらしいな。次元断層内の航路に関しては、俺も手を付けようと思っていたんだ」真田がふふふ、と笑った。
「ヴァンダール提督には、先ほど遅れると連絡を入れていたようです」カーネルが微笑みながら言葉を継いだ。

「はて……招いてくれたご本人も来ないな」
 フロアに設置された大きなテーブルの上に用意された食事は、「冷めないうちにどうぞ」と促されたので皆で手をつけ始めていた。にもかかわらず、会食に来られてはどうかとわざわざ招待してくれた当のヴァンダールも、なかなか姿を現さない。にこやかに給仕してくれる若いガミラス兵に会釈しながら、古代がそう訝った。すると、その古代のつぶやきを聞きつけて、<バスカビル>司令官のシャイムロが答えた。
「…提督はただ今、遺留物の保管庫におられるようです。次期に戻られます」
「はあ、そうですか」
 遺留物の保管庫、と聞いて真田はちょっと興味を引かれた。「そんなものがあるんですか?いやあ、興味深いな」
「時間がおありなら、あとでご案内いたしますが?」シャイムロはにこやかにそう申し出たが、滞在時間は48時間しか無い。
「真田さん、残念ですが今回は」古代に苦笑されて、真田も残念そうに肩をすぼめる。「そうだな」




 遺留物保管庫。
 そこは、この衛星ドックが建設された当時から、この宙域に漂流していた障害物や生物の痕跡を研究目的で保管するための倉庫である。<バスカビル>の南極の外壁近くに位置する大伽藍のようなスペースで、そこにはありとあらゆるがらくた、瓦礫のようなものが奇麗に区画ごとに陳列され、保管されていた。天井は高く、中には数千年前の惑星の遺跡のようなもの、漂着した建物の残骸など、十数メートルもの高さのあるものも収納されているのだった。


 
「……あの女性は、大丈夫かね?島艦長」ヴァンダールは少し心配そうに、離れたところにいる司を見てそう言った。「必要なら、医師を呼ぶが…」
「え…ええ、…いや、大丈夫だと思いますが…」
 正直、島はどうしたものかと迷っていた。
 司は先ほどから、ある一区画にある金属の山の前で、微動だにせず立ち尽くしている。

 ……司はじっと佇んだまま、目の前の錆びた金属の山を見つめていた。この区画は隣接するその他の区画よりもかなり大きく、10メートル四方ほどもあった。頭上に聳える橋梁のようなものは、艦艇の垂直尾翼のようにも見える。一番近くの足元のプレートには、ガミラスの言葉で瓦礫のナンバーと名称が記されていた——

【K−5371 地球の艦艇/GD紀元3年回収】

 尾翼のようなもののふもとに重なる金属の山は、すでに「艦艇」の形は留めておらず、バラバラになった赤錆だらけの瓦礫が積み上げてあるだけの代物だった。
 司の目の高さに積み上げられた、もと外壁だったらしい朽ちかけた鋼鈑には、その金属片が成していた艦艇の名称と、その製造年月日が刻印されていた——

 KIRISHIMA  A.D.2197.0630

 この区画に連れて来られた時、島は司が号泣するか倒れるかと気が気ではなかったが、彼女は身体を強張らせたまま、いまだに一言も発しなかった。  
 彼女は今、どれほどの衝撃を受けているのだろう。想像するほどに島は辛くなった。否応無く、過去の自分とその姿を重ねて見てしまう。もしも自分が、例えばテレザリアムの残骸を見せつけられたとしたら。自分だとて、しばらくは動くことも話すこともままならないに違いない。 出航前に見た、ヤマトのブラックボックスの記録を思い出す…
 意志を持つかのように敵母艦に向かった一条の光。あれが彼女だったのだと確信する気持ちと、はっきりそうと見極めたのではないのだから、と否定する気持ちとが、事ここに至っても自分の中でせめぎあっている。目の前で立ち尽している部下の心情にもおそらく、同じような葛藤があるはずだ。ここにある残骸を見たからといって、絶望に飲み込まれるのはまだ早すぎる……
 だが司は黙って石のように突っ立ったまま、もう何分も動かなかった。

 島がヴァンダールに問い合わせ、遭難した地球の艦艇を見たことはないかと尋ねて間もなく、この保管庫のことを聞かされ、二人はここへ案内された。
 え?と問い掛けるように自分を見上げた司の顔は、目の前の瓦礫が探し求めた兄の船なのだと言うことを理解しかねているようだった。…だが、しばらくのち。…彼女は、言葉を失い、表情を失って行った。



(こんなことになるんなら、提督に余計なことを尋ねるんじゃなかった…)
島は俯いて溜め息を吐いた。
 かける言葉が見つからぬまま、島も瓦礫の山を見つめる。しかし、事情を知らないヴァンダールには簡単にでも説明しなくてはならない。
「……この船に、彼女の肉親が乗り組んでいたんです。…もう10年近く前になりますが…」
 背中に島の言葉を聞いて、司の首が垂れた。肩が小刻みに震え始める。ヴァンダールは気の毒そうに自分も瓦礫の山を見上げた。「…そうだったか…。この船は、次元断層から吐き出されたと考えられていた。発見当時にはすでにかなり酷く損傷していたから、生存者の可能性は我々も考えなかった」
 ヴァンダールの声も、届いているに違いなかった。同じ姿勢のまま微動だにしなくなった司をちらちらと見ながら、島は願い出る。
「…提督、彼女は大丈夫だと思いますが、もうしばらくここにいさせてやってください。私が連れ帰ります」
「…ふむ。…ここの司令官室にヤマトの諸君と君の次官を招待している。彼らとそこで食事をしているから、君も後で来たまえ。…必要ならすぐに医療班をここへよこす。エントランスにいるアンドロイドに命じてくれればよい」
「…感謝します、提督」
 島はヴァンダールに会釈した。遠慮がちにマントを翻し、兵を引き連れて提督は保管庫を出て行った。その後また数分、仕方なく島は司の後ろ姿を見ていたが、動かない彼女を促して「戻ろう」とは言い出せなかった。




 <きりしま>の残骸を見ているうちに、胸が熱くなって来る。
 ——この船が戦っていた頃、自分はまだ訓練生で、それも地球脱出のための特別訓練を積んでいる青二才だった。
 ……勝ち目のない武器しか持たず、太刀打ちできないと分かっている船で。——地球を遠く離れ死地に赴いた旧地球防衛軍戦士たちの勇気に、改めて敬意が沸き起こる——。

 島はおもむろに制帽を取り、瓦礫の山に敬礼し、黙祷した。
 司がゆっくりとこちらを振り返る。
 島を一瞬見つめたその瞳は、ガラス玉のようだった。すべての感情を暗い穴の中に落して来てしまったような、そんな表情をしていた。<きりしま>の残骸にゆっくり向き直ると、島と同じように最敬礼する。

 ヴァンダールに<きりしま>のことを聞く前に、もっと別の手が打てなかったのだろうか。もちろん、真実を隠しても司のためにはならないが、もうちょっとどうにかできなかったのか、と島は後悔した。



「……艦長」
 ずっと黙りこくっていた司が突然、抑揚のない声で言った。「…ありがとう…ございました」
「大丈夫か、司」
 振り向いた司は少し青ざめていたが、気丈に微笑んでみせた。「…はい。大丈夫です。…もう、戻りましょう」
 こんなこと、なんでもないと言わんばかりにくるりと向きを変え、保管庫の出口に向かおうとする。
「司…、おい」
 彼女の足元がぐらついたのを見て、島は慌ててその肘を掴んだ。
「………大丈夫です…から」
「大丈夫、って顔じゃないぞ」
 島は半分怒ったように司の両肩を掴み、彼女の顔を覗き込んだ。
 その目は酷くうつろで、寒風の吹き抜ける洞穴のようだったが、口元は無理矢理笑っている。
「司…」

 司は島の顔を見上げ、何か言おうとしたが、唇が震えただけで何も言葉は出なかった。その目は島を見てはいなかった。暗い瞳が、涙を流したものかどうか、必死で答えを探しているように見えた。
「大丈夫ですってば」ようやく絞り出した声は甲高く…、まるで別人のようだった。
「……司…」
 無表情な顔の下で、彼女の心は激しく慟哭している——哀し過ぎて涙が流せないのだ。あまりにも嘆きが大き過ぎると、それに飲み込まれて自己が崩壊してしまう。



(……あの時と同じだ)
 ……一生き残り、目覚めた後。…だんだんとテレサの死を悟ったあの時。復興した地球を目のあたりにし、無事に生還したヤマトの船体を再び自分が目にしたあの時……。人類が救われたのは喜ぶべきことなのだろうが、目の前の「生」はすべて、彼女の「死」の上に成り立っている……、そう気付くたびに、どうかしてしまいそうになった。嘆き悲しんでいる自分が心の中にいるのに、もう一人の自分はそれを無視し、復興を喜び、生きていることを感謝してみせたりしていたのだ。司の姿に、島は当時の自分を重ね合わせた。…まるであの時の自分を見ているような、妙な既視感に襲われる。……このままでは、こいつは崩壊してしまう。崩壊の穴の底から独りで這い上がるには、永い時間がかかる。
 
(お前を、壊れていくままにすることはできない。…俺が、一緒にその哀しみを担ってやる。俺がつなぎ止めてやる…)

 島は、やにわに司の背中を覆い、彼女をぐいと胸に抱きしめた。

 

 

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