奇跡  再会(8)

 

 

「ガミラス駆逐艦、断層終結点を通過します」
 長い異次元回廊の航海が終わりを告げた。

 赤石が、先行するヴァンダール親衛艦隊の最初の一隻が断層の出口を通過するのを確認した。流動的に変化する出口の直径を慎重に計りながら、後続の艦隊も1隻ずつ出口を通過して行く。
「…出口の外には敵影はありません」
 赤石が慎重にそう続ける。ボラー艦隊の奇襲が記憶に新しいので、出口から通常宇宙空間に脱出する際には総員に否応無く緊張が走った。

 ガミラス艦隊の後について、最初に終結点を抜けるシグマを操縦している大越は、最後の一踏ん張り、といった顔で鼻からフウ、と息を吐き、バーチャルバイザーをしっかりかけ直した。途中3ヶ所でそれぞれ5時間ほど小休止し仮眠を取っているので、それほど疲労感は強くなかったが、通常宇宙空間へ出られるのは正直嬉しかった。何しろこの次元断層内部ときたら、もしもガミラス艦隊という水先案内人がいなければ、一体どこへどう進んでどこへ出るのか、まるで見当が付かなかったからだ。

 通過して来た回廊は、見渡す限り目眩のするような渦巻くオーロラの世界だった。数分間その中を航行しているだけで、距離感も上下の感覚もまるで無くしてしまう。通って来た道は、データとして記録しては来たが、これを利用して確たる航路にするまでにはまだ相当の時間がかかる、と大越は感じた。当然帰路にはまったく使えないだろう。
「……シグマ、終結点通過します。…両舷減速、10宇宙ノット」
 大越は思わず「やった〜」と叫びたい衝動に駆られる。次いで司のラムダが、そしてポセイドンを操る島も艦の速度を落とし、3隻は次元断層の出口を通過した。キャノピー越しに、周囲の空間がしばらくぶりに見る漆黒の宇宙へ溶け込んで行くのを、全員が安堵の溜め息とともに見守った。
 後続のヤマトからも、太田の声で「ヤマト、次元断層を脱出しました」と報告が来る。繊細な北野は、今頃すっかり参っているんじゃないだろうか、と島は彼の神経質そうな彫りの深い顔を思い出しながら考えた。左右にいる大越と司も、二人ともやっと緊張から解放され大きな溜め息をついていた。


<ポセイドン、ならびにヤマトの諸君>
 ガミラスの司令艦から通信が入った。メインパネルにガミラス親衛隊ヴァンダール提督が映る。
<異次元回廊の旅はいかがだったかな。何事もなく通過できて、我々も一安心だ。現在、この宙域を哨戒中だが、今のところ半径50宇宙キロ圏内には敵影はない。ただ、先のように奴らがどこからいつ、奇襲をかけて来るかわからんので、ここから先はフォーメーションを変えて、我が艦隊の中心にあなた方を配置させてもらう。我々の現在位置は、ガルマン・ガミラス本星から約2万宇宙キロ、60宇宙ノット相当で進めば1日半ばかりのところだ>
「……地球から、80万光年の距離も…あの次元断層を通ればたったの3日か…」片品が小さくそう呟いた。
 否が応でも、あの次元断層を航路として使うことのできるガミラスと、あれが通路なのかそうでないのかの区別もつけられない地球との、決定的な科学力の差を今さらながら思い知らされる。計画では、朝夕に連続ワープを数回ずつ繰り返して3ヶ月をかけ、ガミラスへ到達する予定だった。だが、なんとこの位置まで、地球から1ヶ月と経っていないのだ。



 さて、司はといえば——。
 皆が感じているそうした虚しさもよりも、またぶっ通しの操舵による疲労感よりも、断層内で何も見つけられなかった、という事実にショックを受けていた。
 次元断層の回廊内には、彼女が探し求めた兄の船、<きりしま>の痕跡は微塵も無かった。というより、回廊内には惑星も恒星も、命あるものも無いものも、とにかく形あるものは皆無だったのである。思っていたよりもはるかに断層内は広く、進むべき方向のはっきりしている通路ではなかった。肉眼では認識できない分岐点が無数にあり、ガミラス艦隊の水先案内がなければ、正しい出口になど到底辿り着けるとは思えなかった。
 全艦隊はゆっくりと停止した。無人管制を終了し、ラムダと自分を繋ぐ3Dバーチャルバイザーを外した司は、肩を落として長い溜め息をついた。この次元断層内に入りさえすれば、なにかしら兄の痕跡が見つかるだろうなどと、安易で愚かな考えを抱いていた自分に腹が立って仕方がなかった。



 後続のヤマトに確認を取りながら、島がヴァンダールに打診した。
「提督、ここで一度、船と積み荷の点検を行い、乗組員を休ませたいと思っています。近くに船を係留できるような小惑星はありませんか」
<この先10宇宙キロの地点に我が軍の補給用衛星ドックがある。我々も、そこで補給を受ける予定だ。あなたがたも遠慮なくそこで休まれると良い>
「感謝します、ヴァンダール提督」
「……ガミラスの補給用ドックだってよ」鳥出は興味津々、といった顔だ。
「前に、ガミラス側の勘違いでヤマトが拿捕されたことがあったんだが、その時に収容されたのが、衛星ドックみたいなものだったのかな…」と新字が言った。
(嫌なことを思い出させる)
 新字の声が聞こえてしまい、島はそう思った。あの時は、正直誰もが観念したのだった。副長として真田と二人預かっていた艦長不在のヤマトが、ガーランド要塞に飲み込まれるように拿捕された時の無念、そして戦慄は、島にとって忘れようが無い出来事だ。
「…まったく、今のガミラスを敵に回さなくて…ほんとに良かったよな」
 片品のその一言を聞きながら、鳥出が肩をすくめる。「それを言っちゃあ、おしまいよ…」

 



 ヴァンダールの先導で、彼の言う「衛星ドック」に接近してみると、それは一見してドック、というよりまるで攻撃要塞のようだった。ちょうど月の半分くらいの大きさの球体の側面に進入用の通路があり、進入口を囲むように攻撃用の砲塔もしくは銃眼がびっしり配置されている。この補給衛星は外宇宙からの敵に相対する要衝でもあるのだった。
「尋常の警戒じゃないですね」
「…どこにいつ現れるかわからない敵が相手だからな…」
 3隻がもとのようにドッキングし、また1隻の船に戻ったポセイドンのバランス調整を行いながら、島は大越の話に相槌を打つ。ポセイドンとヤマトの360°周囲をまるでシールドのように取り囲んでいたガミラス艦が、先頭から一隻ずつその包囲を解いて進入用通路に入って行った。 
 通路はポセイドンがぎりぎり進入できる程度の幅のようだったが、しばらく前から誘導用のビーコン波がポセイドンを捕え牽引しているので、島は現在操縦桿を握っていない。通路に沈み込む時には、両舷の幅一杯で、キャノピーのそばで仕事をしているクルーの幾人かが「ひええ」と言って部屋の中央に退避したほどであったが、そこは確実で高度なガミラスの設備、通路の壁には掠りもせずにポセイドンを内部の港へふわりと誘導した。

「…これより、外壁装甲板の修理、積み荷の点検と艦の整備を行う。整備班、工作班、AW班は至急作業を開始。6時間目処ですべての作業を終了させ、各自その後は休憩をとるもよし、ガミラス側の施設で休んでも良い。総滞在時間は48時間だ。ここまでの、諸君の努力に感謝する!」
 細かな指示を全体に与えてから、島はそう告げて艦内放送を切った。
 艦に受けた損傷は軽度だったが、積み荷の点検は慎重に繰り返す必要があった。ここからまだ、ガミラス本星まで約2万宇宙キロ。シグマとラムダの船倉には、人間を内部から蝕む高濃度の放射性核物質が満載されているのだ。

 防護服に着替えたAW(アトミック・ウエスト/核廃棄物)班のメンバーが廃棄物のコンテナを点検するために隔壁の向こうへ消えるのをモニタで見ながら、島はそのまま艦長席に留まった。第一艦橋のメンバーは各々、報告データをまとめると当直を残して出て行くところだった。
「司班長、お先に」大越が制服の胸のファスナーをちょっと降ろして、中にぱたぱた空気を入れながら席を立った。「艦長、先に上陸休憩頂きます」
「ご苦労だったな、大越」島は大越の笑顔を見送って、もう一人の操縦士の方に目をやった。「…司、疲れたろう。休んでいいぞ」
 司はまだ、手元の端末でデータの整理をしているようだった。振り向かずに「はい」と答えたまま、作業を続けている。

 第2艦橋の航海班員が一人、半舷当直です、と言いながら顔を出したので、島は「ご苦労」と声をかけた。メインモニタの中では、AW班がコンテナの周囲でガイガーカウンターを上下左右に振っているのが見て取れる。コンテナには亀裂もゆがみもないようだ。流石は南部重工製、性能は抜群だな…と島は思いながら、AW班長の桜井が小型コスモクリーナーD6台の稼働状況をパネル上で順にチェックしているのをその背中越しに見やった。


 ふと司を見ると、彼女はまだせっせと何かのデータ処理をしている。
(……何をしてるんだ…?)
 不思議に思った島は、司のサブ操舵席まで降りてきた。
「…司、どうした。何か…」
 そう言いかけて、彼女の手元のスクリーンと簡易パネルを見て絶句した。
「…お前、次元断層のデータを…」
「あ、…はい…不完全ですけど…」
 司がしていたのは、3Dジャイロソフトを使った航路計算だった。今しがた通って来た次元断層の、細かな進路座標をジャイロソフトに流し込み、オプティカル・エンコードする作業を行っていたのだ。こんなことは、例えば真田なら興味を引かれてやるだろうが、自分ですらまだそこまでしようとは思わなかった、と島は呆れた。
「何かの時に役に立てばと思って」
「何かって、…ガミラスの先導無しではあの通路にはもう2度と入らないぞ。データとしては残す方向で考えてはいたが…それは」
 島ははっとした。そうじゃない。司は、…<きりしま>を探しに行くつもりなんじゃ…?
 司は手を休め、しばし絶句した島を振り返った。「…バレてましたか。…私が色々レーダーでチェックしてたこと。…さすがですね…」彼女は苦笑したが、その目にははっきりと失望の色が見てとれた。
 島はサブ操舵席の背に手をかけ、慰めるように言ってみた。
「……この補給衛星が一番次元断層に近い。ヴァンダール提督に、この基地のデータ開示を頼んでみよう。地球の船が付近で発見された形跡がないかどうか、聞いてみるよ」
「……いえ…」司は俯いて首を振った。

 断層内で記録した、手元のボードに出ている数値を、全部ジャイロソフトに入力するにはまだ随分かかるに違いない。しかしそうしたところで、それがどれだけ虚しいことか、ようやく分かって来た。これは例えば、海の中で落したコンタクトレンズを探すよりも、はるかに不可能なことだったんだ。……だから、もう。
「艦長の手を煩わせるようなことは……」
 皆まで言う前に、司は胸が詰まって黙り込んでしまった。
「……まあ、聞くだけ聞いてみるよ。次元断層の出口はかなり以前からこの付近だと聞いているから、この辺りに何か流れ着いていたとしてもおかしくないだろうし、ことによったら何か手がかりが見つかるかもしれないぜ」
俺には……そのくらいのことしか、してやれないからな…。

 元気出せ。

 そういうつもりで、島は司の肩をぽんぽん…、と叩いた。自分が言っていることは気休めに過ぎないとは分かっていたが、どうにかして司を慰めてやりたかったのだ。

 ——だが、彼はまさか自分のこの一言が直後に現実になろうとは、まるで考えもしなかった。

 

 

 

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