ガミラス艦隊を先頭に、4隻になった地球艦隊は次元断層の中を進んでいた。
ヴァンダールが「回廊」と言ったのは、それほど正しい表現だとは思えないな、と真田は感じていた。先行する艦隊は、各艦が親衛隊の1番艦が発するビーコン誘導波のレールを辿りつつ進んでいる。ガミラス駆逐艦群のすぐ後方にシグマ、そしてラムダが位置し、島の操縦するポセイドンが見える。さらにそのすぐ後ろにいるヤマトの第一艦橋からは、不思議な光景が一望できた。ポセイドンが3隻に分離しているので、前に見える3隻の艦幅は、ヤマトともそれほど変わらない。3隻が連なるその先には、一列縦隊で進む8隻のガミラス艦隊…。それらがすべて、体感仰角25度前後の傾斜で上方へ向かっているのである。そしてヤマトの後ろにはさらに、後方を警戒するヴァンダール空母としんがりを務めるガミラス駆逐艦が7隻、続いているわけだった。
「回廊」というよりは、「斜めにそびえ立つDNAの螺旋階段」の方が表現としては適切かもしれない。しかも両側にそびえる壁は明度の高いオーロラの寄せ集めのような感じで、常にうねうねと通路の幅を狭くしたり広げたりしている。そのため、一列縦隊のキャラバンはかなりスピードを落して進んでいた。ヤマトの操縦席に座る北野、そしてキャラバンの中央ポジションを正確に守るために太田が、着実に船を進めている。航海班以外の者は比較的手すきの状態だからか、皆、外の光景に目を奪われていた。
「……不思議な光景ね」
第2艦橋で航路に関する観測は充分行えているので、雪の仕事は今のところ無い。だが、彼女は念のために時折コスモレーダーを操作していた。合間に顔を上げて艦橋の外を見、そう言葉を漏らす。
「うん…。こうやって前にガミラス艦隊がいるから上下の感覚がまだあるけど、単独でゼロで飛んでた時は、たちまちどっちがどっちか分からなくなったよ。途中、いくつか分岐点もあったようだな…」
古代も同じように外の景色に目を奪われつつ、雪の言葉に相槌を打った。
「……この中で、司さんを見失ったのよね、古代くん?」
「ああ。…なんだって彼女は、敵艦隊の後ろに出て来られたんだろう…」
敵艦隊自体が、次元断層出口からは出て来なかったことを考えると、あれ以外にどこか別の出口があったと考えるしかない。それとも、ヴァンダールの言っていた、テレポーテーションなのだろうか…?
「敵艦が何らかの方法で瞬間移動する際に、すぐそばにいたのではないかな」真田が腕組みをしてそう言った。「司君は、敵艦に煽られて機位を見失ったのだろう?古代」
「…そういわれればそうです。…奴らの艦隊がテレポーテーションする時は、至近距離にいるものを巻き込んで一緒に移動する可能性が高いということでしょうか?」
「まあ、正確にはわからんがな」
テレポーテーションと言えばどうしても思い出してしまうのが、テレサだった。実のところ、真田も古代も雪もボラー艦隊の出現からこっち、寸でのところでそれを口に出しそうになっていた。だが、島がそれをおくびにも出さない以上、他の者が言うことは当然憚られる。
「……それにしても、80万光年を一瞬で飛び越える…って」相原が真田のように腕組みをしてそう呟いた。「なんか、ズルいよな」
「何を動力源に、どんな理論を使っているのか、それさえ分かればな」
真田も苦笑した。
宇宙には、我々など考えも及ばない科学レベルの星が幾らでもあるのだ。ことにくだんのボラー星は、爆発によって正確な座標にブラックホールを人工的に造り出し、そこに敵を吸い込ませ消滅させるという未だ理論のはっきりしない兵器を所持していた。そして今回はテレポーテーションだ。鬼が出るか蛇が出るか……魑魅魍魎跋扈す、というところだろうか。
古代が中央席のベルトを外し、立ち上がった。斜め上方へ上昇しながら少なくともまる3日の距離を進むことがわかっているため、艦内は現在重力を制限している。斜めになった艦内をちょうど月面歩行するように進みながら、古代は真田のそばへふわりと降り、その座席の背を掴んで止まった。
「真田さん、もう一度、タイムレーダーの記録を見せてもらえませんか」
メインパネルが航行のために使われているので、真田の自席で見ようと言うわけだ。次元断層内に進入した時点で、タイムレーダーを作動させ、迷走するゼロとファルコン、そして墜落(と言って良いのかどうか分からないが)する複座のタイガーを録画していた。何度か皆でその映像を繰り返し見たが、神崎機が煽られて失速する直前に敵ボラー艦が現れるところは、どんなにスローで再生しても…つまり数万秒の1の速度で解析してもヒントになるような現象は映っていなかった。
「ふむ……目先を変えて調査してみようか…」真田も頷いた。
いずれにせよ、別の仮説を立てて一から推論し直してみる必要がある。
ポセイドンの第一艦橋でも、航海班以外は比較的手すきの状態だ。ただ、こちらは艦長がメイン操舵を担っているので、第一艦橋全体はヤマトよりも緊張した雰囲気だった。全体の指示は島が、ただし操舵以外の内容についてはカーネルが指揮を執っている。司も今は、サブ操舵席で真剣な顔をしてラムダの無人管制を進めていた。操舵自体は、前に進むガミラス艦隊、そして大越のシグマが取る航跡をなぞれば済むことだったが、加えて第2艦橋の航海班が送って来る、両側の次元の壁の振幅データをもとに、多少の速度調整を行う必要があった。
「……すまないが、誰か手のあいてる者いないか」島が唐突に口を開いた。
「はい」赤石、鳥出、新字の3人がほぼ同時に返事をする。
「…いや、一人でいい」そんなに大層なことを頼むつもりはなかったので、島は苦笑した。「……できたら、手の離せない俺たちに、コーヒーかなんか持って来てもらえないかな」
「じゃ俺が」「私が行きます」これもほぼ異口同音だった。赤石と新字と鳥出の3人は、顔を見あわせて吹き出す。
「あっ、あのっ」キーボードを叩きラムダの自動操縦装置に新しく2ケタの数字を入力しながら、司が3Dバイザーを上げ、ちょこっと後ろを見て3人に言った。「あたしは、できたら…その、ココアとかがいいなーって」
「司はココアだそうだ」島が笑いながら言う。「俺はマンデリンな、ブラックで。大越は」
カーネルが後方の副長席で苦笑している。コーヒータイムだって?操縦に手一杯だと思っていたら、この余裕…さすが艦長、と思えば、司まで。大越は最初、訊かれても返事をしなかったが、それは彼にそんな余裕が無いからだった。
「……いえ、俺はいいです」
「力抜け、大越。そんなにガチガチになってると、続かないぞ」
ガミラス艦の動きを目視して、それに従わなくてはならない大越の仕事は、確かに後続の2隻よりは神経を使うから、島は大越をどうにかしてリラックスさせたいと思う。「じゃあ、お前もコーヒーな」
「えっ、じゃあ砂糖とミルク入れてください」慌てて大越は付け足した。
「回廊」に入ってから、艦橋全体がピリピリと緊張していたのが、だんだんと和らいで行った。
島には、特にそのつもりは無かった——こんなとき、ヤマトだったら雪かアナライザーがコーヒーでも持ってきてくれたもんだがなあ、などと思ったからに過ぎない。
「航海班は大仕事だが、みんなつられて緊張しなくてもいいんだぞ」
島は苦笑しながらそう言った。
数分後、赤石の持って来てくれた熱いコーヒーの香りを楽しみながら、島はヴァンダールの台詞を思い出していた。
『テレポーテーション、に近い』
……瞬間移動。
自分の知っている者の中で、それを現実に行えるのはただ一人しかいなかった。彼女は、住居…もしくは小惑星ほどの大きさの小さな要塞すら、テレポーテーションさせることができた……
(ボラーと何の関係があるんだ…?大体、何でもかんでも彼女に結びつけて考えるクセは、どうにかしたほうがいいぞ…)
革の手袋をはめた手に、ステンレス製カップの温かさが伝わり心地よい。艦内の温度は常に15度に保たれている。加えてこの異次元空間に入ってからはマシン制御で加湿していても湿度が下がる傾向にあるようだ。ふと左を見ると、司もココアのカップを両手で持ちたそうにしていた。重力が制限されているために、中の液体が飛散しないよう、カップの飲み口には直に口を付けなくてはならないタイプのフタがついている。そのまま飲んだら口の中を火傷しそうだったので、島はもうしばらくカップをホルダーに載せたまま、その飲み口から立ち上る香りを楽しむことにした。
「取舵左12度」「取舵12、宜候」
前方のラムダの航路を、シグマからの伝達で大越に続いて司がほんの少し変える。同じように島が、航海班からの転送データとカウントダウンに従って取舵12度を取った。
司はバーチャルバイザーから見て取れるラムダ前方の視覚映像をくまなく見渡しながら、操舵の傍ら3つのレーダーをチェックし、どこかに<きりしま>らしき船の痕跡がないかと目を光らせていた。忙しく視線を左右させる司の様子から、島には彼女がラムダの無人管制をしつつ、この空間内の何かを懸命に探すことに集中しているのが分かった。見ている限り、そのために管制がおろそかになっているわけではないようだったから、島はそれを黙認した。
(……どこかで、…生きていて欲しい。…か)
戦争で、愛する者を失った人間が皆、かならず抱く共通の願い。その目で骸を見、開かぬ瞼に触ってもなお、喪った事実を受け容れられないことはままある。まして、自分の与り知らぬところで「死んだのに違いない」と結論づけられても、それを信じることは到底できない…。
司の慕う兄が、どこかで生きていてくれることを願いながら、島は同時に胸ポケットに入れている失った愛しい人の写真を、服の上からそっと確認した。
この螺旋階段のような「回廊」の先に、どんな出来事が待ち構えているのか……。
この時の島は、まだ何も、知らなかった。
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