次元断層出口付近からの<デルマ・ゾラ>による跳躍で、アロイス艦隊は計画通り地球艦隊の後方へ出現した。
大型司令艦を挟む形になり、ヤマトが苦戦しているのをアロイスが高笑いしながら見ていた時、思わぬ方向から奇襲を受けたのである。奇襲攻撃をかけてきたのは小さな艦載機一機だったが、まずそこで<デルマ・ゾラ>の再始動が遅れ、多少なりとも被害が出た。再始動を急がせようとしたところ、レオンがツカサをリアクター(反応回路)から外してしまっていたのだ。
結果、ワープして来るガミラス艦隊をレーダーで捕えていながら、逃げることもままならず、あまつさえミサイル艦2隻を失うはめになった。ようやくのことでツカサをリアクターにつなぎ、テレポーテーションした時にはアロイスの司令艦も被弾し、多大な損害を被っていたのだった。
「……貴様のしたことは裏切り行為に等しいぞ。…なぜ、あんな捕虜のために貴様は…」
ルトゥーには、レオンの心境がわからなくはなかったが、自分たち全員を苦境に陥れる権利は彼にはないはずだった。今こうしてアロイスと共に戦っている理由を、この老兵は忘れてしまったのだろうか。
「ルトゥーよ」レオンは片足を引きずりながら、若い戦士を哀れむように一瞥した。「わしは…ボラー星を愛しとるよ。祖国を、…愛しとる。わしの命など、祖国のためなら惜しくはない」
「だったらなぜあんな」ルトゥー自身は、この年老いた名将をずっと尊敬してきた。鬼神のごとく戦場を駆け巡った傑物であるにもかかわらず、レオンは慈悲深く心の篤い真の武将として多くの若い戦士たちの尊敬を得ていたのだ。ことに、彼がどれほどアロイスを思い、国のためを思い、己を滅して仕えていたか……宰相の子である自分こそが、それを真の意味で理解していると思っていた。それなのに…
「お前も祖国を愛しておろう?人の住めない荒れ果てた惑星になってしまっても…、ボラー星を愛しておるじゃろう」
「もちろんだ、だからこそ…」
「…わからんか。…ツカサもそうなのじゃ」
ルトゥーは顔を怒りで真っ赤にした。「何度同じことを…!ツカサは虜だ!我々とは違う!命の価値が違うのだっ!」
レオンは目を細め、哀れみに満ちた目でルトゥーを見つめた。
「…違わない。母なる星を思う心は、この宇宙に生けるものすべての共通の心じゃ。ツカサにも故郷があり、我々と同様家族がいるのだ…、家族や国を思う気持ちは我々と何も変わらな…」
ルトゥーはレオンの言葉を終いまで言わせず、いきなり拳骨で老兵の顎を殴り飛ばした。傷ついた老兵は一言も発せず、床にもんどりうって倒れた。
「……2度と言うな」
ルトゥーは吐き捨てるようにそう言うと、レオンの肘を掴んで引き起こし、そのまま彼を引きずるようにして艦橋に向かった。
ルトゥーは内心、酷く惨めだった……戻る事の叶わない故郷、哀れな虜囚からエネルギーを搾り取るに頼るしかない戦力。怒りに任せて部下の命すら蹴り捨てる残酷な幼い君主、そしてその君主に低頭して従うしか能のない自分……。
この戦は負けだ。一瞬でも勝てると思った自分は、救いようの無い甘ちゃんだった。残った我々があまりにも噛み合わない。こんな状態では先はない…
そんな中で、レオンが故郷を恋い慕うツカサに同情やら哀愁やらを感じたとしても、それは「人間らしい感情」とでも言うべきもので、裏切りなどではないのかもしれない。我々は、よしんば今ここで投降してもデスラーの温情を受けることは到底叶わないだろう。いずれにせよ、最後の一人まで命運尽きるまで闘い続けるしか無いのだ。さもなくば、ツカサを地球人の船に返し、まだ立て直しの利かないガミラスの、その手の届かない別の宇宙へ新天地を求め旅立つ方が賢いのかもしれない…がしかし。自分にはそうする決断力も、度胸も…アロイスにそれを提示て粛清される勇気さえも、ないのだ。
乱暴にレオンを引きずりながら、ルトゥーはそんなことまで考え、さらに惨めになった。自分のしていることがわからない。その焦りと憤りは、彼をさらに凶暴にした。
艦橋に入ると、室内の被害状況が嫌でも目に入った。修復作業を専門とするアンドロイド兵が数体動き回っていたが、そのロボットたちもどこか故障しているのか動きが緩慢で、修復の満足に行かない壁面や鉄骨の剥き出しになった床があちこちに残されたままだ。作業のために片付けられていない瓦礫や鉄くずのかたまりが、さらにいかんともし難い敗北感を漂わせていた。例によって、司令室の奥にはフードを被ったハガールがおり、白い死神のように無言で踞っている。
「レオン」
怒りを剥き出しにした、しかしひどく押し殺した掠れ声…。艦橋の奥からアロイスが歩み寄って来た。
「お前、自分が何をしたかわかっているのか」
「……アロイス様」ルトゥーに連れて来られた老兵は、痛々しい幼い君主を、哀れみの目で見つめた。
「何をしたかと訊いている!!」
アロイスは絶叫に近い声でレオンを詰問した。レオンは頭を垂れ、優しい声でアロイスに話しかけた。
「お叱りを受ける覚悟はできております……この老いぼれ、姫さまの手にかかって生をまっとうできるのであれば、何も思い残すことはございませぬ」
アロイスはレオンの真ん前までつかつかと歩み寄ると、躊躇うこと無く平手打ちを食らわせた。半歩後ろへよろけ、床に膝をつきながら、レオンはさらに続けた。
「ツカサを装置から外したのは、姫さまの御ためでもあります。…弾薬の切れた銃は、もやは銃ではありませぬ……我が艦隊も同じです。瀕死のツカサからエネルギーを搾取しつくしても、もはや以前のような機動力は期待できない…ならば…」
「黙れ!ツカサからはまだエネルギーが摂れた。あやつが死のうとどうなろうとかまわぬではないか!」
「姫さま、いつから姫さまはこのような…刹那的な戦法しかお取りにならなくなったのです?類い稀なる戦術家としての姫さまを…この老体は存じております、それが何故このような…。私のような老いぼれが申し上げるのはおこがましいが、今は兵力を温存すべき時です」
「……用兵術の基礎か。…お前がそれを言うか、裏切り者が」
「アロイス様」
しかしレオンは辛抱強くアロイスを説得し続けた。
「幸い、ガミラス星は混乱状態にあります。今我々がするべきことは、続かない原動力をむりやり使うことではなく、一度彼らの手の届かぬ場所へ引き、再度力を蓄えて機を狙うことではありませぬか?」
「…敵に背中を向けろということか」はっ、とアロイスは笑止する。
「そうではありません、姫さま」
「問答無用だ!これ以上言うとお前でも許さんぞ!」
アロイスは腰につけた長身の銃をすらりと抜き、床に片膝を付いているレオンの額にその銃口を押し付けた。レオンは微動だにせず、目を閉じると静かに言った…「ならば…、姫さまの御心のままに」
「………!!」
アロイスはぎりっと歯を食いしばると、銃床でしたたかにレオンを殴り付けた。
「その私を哀れむような目は一体なんだ!?捕虜のツカサとこの私とに、なぜ同じような哀れみの眼差しを向ける…!」
荒れ狂うアロイスをやるせない思いで見つめながら、ルトゥーも立ち尽くしていた。現在残る忠実な部下は、ここに居る自分と、ハガールにレオン、衛生兵がふたり(彼女たちは忠実と言えるかどうかは怪しいが)。ミサイル駆逐艦に乗り組むアロイスの従弟、バトラフ大佐…そしてエッターが造ったアンドロイドたち。巨大な宇宙生物に銛を打ち込み、やっと弱らせ組み伏せたのに、そこで武器も人も尽きたと言う状態だ。勝機は我々の手にあるというのにもはや手をこまぬいて見ているしかない。このままでは遠からずガルマン帝国は立ち直り、反撃に転じる。
そもそも、この作戦は無謀だったのだ……勝ちに急ぎすぎた。問題は、そうは分かっていても、ルトゥーにはどうにもできないということだった。アロイスがこの無謀な作戦を決行するというのなら、自分は従わない訳にはいかないのだから。
「ルトゥー!この老いぼれを牢につなげ」
「陛下、それではあまりにも…」
「裏切り者など必要ない。これより<デルマ・ゾラ>の操作、攻撃指揮ともすべて私が執る」
ルトゥーは絶句した。…陛下は、特攻でもかけるおつもりか。
その彼の表情をちらりと見ると、アロイスはほんの少し口角を上げて自嘲するように笑みを浮かべた。「……お前もか。最後まで私について来てくれる者は、ハガールと、この機械人形たちだけなのだな」
「そ…そんなことはっ!!」ルトゥーは慌てて否定した。アロイスにそんな風に思われているのだとしたら、なんという恥辱だろうか。得体の知れない、忠義心など欠片も見せぬあの老科学者と、機械人形だけを…陛下は信頼されると言われるのか?!
それだけは我慢ならなかった。負け戦をやるせなく感じていても、アロイスに追従する覚悟は変わらない。遠くへ逃げてしまえば、などと一瞬でも考えた自分をぞっとするほど恥じた。「…<デルマ・ゾラ>の操作も操舵も、私めにお任せくださいっ…!」
迷いつつ、逡巡しつつ。
己の不断さに、また惨めさを感じながら、ルトゥーはそう叫んでいた。
「…姫さま……!ツカサを、彼を殺さずにおいてくだされ!せめて一晩、ゆっくり眠らせてやってくだされ」
アンドロイドに両脇を挟まれ電子ビームの手枷をはめられて、船倉の牢に向かうレオンが、悲痛な叫びを上げた。その叫び声が艦橋から聞こえなくなるまで、アロイスは厳しい顔をしてキャノピーの外に拡がる漆黒の空間を無言で見つめていた。
「…ハガール、ツカサの疲労度と体力を計れ。必要なら休ませれば良い…いずれ、やつらは次元断層内をガルマン星へゆっくり戻るしかないのだ。断層のあちら側の出口までは2日はかかるからな…それからやつらを追っても、遅くはなかろう」
「…では、2日間を艦の修理と動力源の保全とに当てましょう」それまで黙って眼前のやり取りを静観していたハガールは尊大にそう言い放ち、ゆらりと立ち上がると滑るように司令室から出て行った。
アロイスが、レオンの言う通りにツカサを休ませろと命じたことにルトゥーは内心ほっとしたが、同時に彼女が、また敵のただ中に飛び込んで行く覚悟でいるのを知って、不覚ながら酷く焦燥した。——自分の覚悟は、その程度のものだったのか…それを、この局面で思い知った。
自分よりも幾つも年下のアロイスは、幼なじみの少女ではなく、もはや手の届かない高みにいる闘いの神のようだった。ルトゥーは吸い込んだ息を、震える鼻孔からゆっくりと吐き出した。
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