奇跡  再会(5)




「なぜ…パレスへ移る必要があるのです?私は、ヤマトの皆さんにお会いするつもりはないと、デスラーに伝えたのに」
 パレス行きを渋るテレサに、アレスは総統とのやり取りの一部始終を話した。
「私の力では…どうすることもできなかった。…総統の指示通りにする他はない」
 どうせヤマトはそれほど長期間この星に滞在するわけではないだろう。

「彼らには会うつもりがない」と言ったテレサが心から愛しかった。自分に義理立てしてそう言っているのだとしても、アレスにはそれで充分だった。成り行きで島に会うとしても、それはある程度仕方がない。最も懸念しているのは、島との再会によって超能力が発現してしまうことと、それが制御不能に陥り反物質を呼び出してしまうことだ。

 いずれ、ガミラスの人間には開発したシステムが「制御」目的なのか「掩蔽」目的なのかの判断なぞつくまい。だがおそらく、自分には監視がつけられるだろう。その目をかいくぐり、装置を完成させるしかない。 島とテレサが会うことで彼女のサイコキネシスが甦ろうと、それが反物質パワーを呼び出さぬよう封印できさえすれば、すべてが解決するのだ。


「……テレサ。よく聞いて欲しい」
 アレスは片膝を着き、ベッドの縁に腰かけたテレサの両肩を抱いて、その瞳をじっと見つめた。「…私は、あなたがなぜ…ガトランティスを滅ぼしたのか、そんなことには興味がない。しかし、デスラーは違う」
 そして、まるで誰かが聞いているのを恐れるかのように、周囲を見回した。「デスラーの狙いは、反物質エネルギーを甦らせ、ガルマン帝国の兵器として利用することなのだ。かつてあなたが、地球のためにしたように……この星の、宇宙制覇のために」
 デスラーからの様々な贈り物や、紳士的な態度の数々。だが、それには然るべき意味があったのだ。

「私があなたの超能力を封じていることは、決して知られてはならない。総統が、あなたをパレスに招聘した理由はわかるね?」
 テレサは俯いた。薄々、分かってはいた。
「…デスラーは、私が地球の人びとに会えば、あの能力が甦るのではないかと思っているのですね…」
 アレスは頷く。
「このところ、記憶が急激に戻って来てはいないかい?」アレスはそう言いながら、肩を抱いた手を下ろして、テレサの手を握った。うつむいて、その華奢な白い手をそっと愛撫する。
「…島は、あなたの中でどんどん大きくなっている…違うか」
「アレス、…やめて」
「会えば、どうなるかわからない、…そう思っている…違うかい」
「…アレス」テレサは激しく首を振った。

 島を愛しいと思うと同時に甦る、無数の断末魔の声。狂おしいまでに愛しいと思う心と、畏怖の念が同時にテレサを苛んでいる。アレスはそれを、察しているのだ。
(…私は、アレス、あなたを選びました。どんなに…記憶の底で島さんを愛していても、彼を救うために犯した罪から逃れることはできないわ…。…彼を愛したがために、私は再び殺戮者となったのですから…)

 ——この力を。封じてくれるのは、アレス、あなただけ……
 テレサはアレスの顔を見つめた。
 苦しい。
 ——島さんに、逢いたい…けれどそれは。

「……うう…」確かに、このまま…島に再会すれば、自分はどうなってしまうか分からなかった。
 アレスは嗚咽するテレサを抱きとめた。
「あなたも気付いているように、脳細胞へアクセスして超能力を封じることがだんだん難しくなって来た。だから今、医局で『あるもの』を開発している……力を封印するための制御装置だ。じき完成する」
「医局で?……そんな危険なこと…」
 わかりはしないさ、とアレスは言った。「あなたを包んでいた小惑星から採取した金属で、その装置は構成されている。その装置の目的、私の意図、そして、今ここで私が説明したことすべて……パレスに移動したら、誰にも、…ひと言も、話してはいけない」
 すべては、あなたを守るためだ。…いいね?
 頷くテレサに、さらに念を押す。
「…おそらく、至る所に監視カメラや盗聴器があるだろう…私との会話も、自由にはできなくなる。だが、信じてくれ。私はかならず、あなたを……守る」

 嫉妬がないわけではなかった。テレサの涙は、島への未練から来ているということくらい、アレスにも分かる。だが、そんな瑣末なことにかまっている余裕はなくなってきていた。
 

 

  




 タランに案内されて、デスラーが用意してくれたと言う客間に通されたテレサは、しぶしぶ部屋の中央にあるソファに腰かけた。
 アレスのアンドロイドたちが彼女の少ない荷物を解いて、すぐ使えるようにとあちこちに置いてくれている。彼女が腰かけている2人掛けの瀟洒なソファと同じものが、水晶から切り出したようなクリスタルの低いテーブルを挟んで向かいにもう一対置かれており、テーブルの上には大輪の白い薔薇が形良く生けられた金色の花瓶が乗っていた。

 気詰りだった。部屋全体に敷き詰められた真紅の絨毯、そこかしこに金細工の施された純白の什器。重厚な織物で作られたベッドの天蓋、家具の随所にちりばめられているブラックオニキスにダイアモンドにガーネット……。 
 部屋にはデスラーからの贈り物がその他にも色々と置かれていた。もっと質素な部屋の方がくつろげるのに、と思いながらも、デスラーの好意を無下には出来ず、テレサはタランにお座なりの礼を述べた。デスラーは、テレサがどう断っても彼女と島を会わせたいようだった。

 ……島さん。

 何の努力をせずとも、ここで待っていれば、彼が来てくれる……
「会わない」と決めても、テレサの心中は複雑だった。彼と自分の時間はいつでも切羽詰まっていて、愛する時間はもちろん、悲しむ時間も嘆く時間すらも無かった。「会いたい」と切望しても、それすらままならない苦しい恋だった。

 ——島さんは、本当に私を愛してくださっていたのかしら——
 本当はそれすらも、今では心もとない……

 窓の外には、アレスの邸の庭に咲いていたのと同じような夜光植物の光る花が、無数に揺らめいていた。白や黄色、淡い橙色に光る花を観賞するためだろうか、庭園には窓から漏れる灯り以外、照明がない。空には瞬く星。テレサは立ち上がると、窓辺に歩み寄り、星空を見上げた。
「……島さん」
 愛しい人の名を、小さく呟いてみた。ふと、窓に映る人の気配を感じて室内を振り返る。

 …だが、人だと思ったのは、ベッドサイドの壁にかけられた青色のドレスだった。それは、先ほどアレスが持って来てくれたものだ。
 『あなたが元々着ていた色のドレスだ』彼はそう言って、目の覚めるようなサファイアブルーのドレスを壁のハンガーにかけた。テレザリアムのなれの果て、小さな岩塊の中に胎児のように眠っていたテレサの身体に、申し訳程度に巻き付いていた布切れが、この色だったという。デスラーからは、この色のドレスを着るように、と言われていた。
「…白いドレスが気に入っているのです」
 だがテレサは、このブルーのドレスを辞した。
 これから、私は自分の気持ちを挫いて、島さんにお別れを言わなくてはならない。反物質の力を2度と解放しないためには、この星に…アレスの元にいるしかないのだ。

 ……2度と、あの殺戮を…繰り返してはならないのだから——。

 

 




「レオン!!レオンを連れて来い!!」
 被弾して動力の供給がままならない艦内に、アロイスの掠れた怒鳴り声が響いた。彼女になぎ倒され、虚しく宙を蹴るアンドロイドが2体、艦橋に転がっている。それを助け起こしながら、ルトゥーが別のアンドロイドに同じことを命令した。
「レオンはどこに行った?陛下がお呼びなのがわからんのか」
 チーフアンドロイドが無機質な電子音で答えた。<レオン様ハ、医務室ニオラレマス、負傷シテイマス>
「かまわん!引っ立てて来い!!」吠えるようなアロイスの怒声に、アンドロイドはそそくさと医務室へ向かう。慌ててルトゥーが後を追った。


 医務室とはいえ、それは名ばかりの部屋だった。中年の女性衛生兵が二人いるだけで、設備は整っていても彼女たちにはそれを使いこなすだけの技量は無い。レオンは頭の傷口をどうにか縫い合わせてもらった状態で、ベッドに転がっていた。
「レオン」
 アンドロイドを従えて、ルトゥーが医務室に入って来た。「陛下がお呼びだ……」
 レオンはゆっくりとベッドから起き上がった。「…分かった。参ろう」
「まだ安静が必要です。縫合跡が開いてしまいますよ」衛生兵の一人が咎めるようにレオンを引き止めたが、彼は心配している衛生兵ににこりと笑いかけた。
「大丈夫じゃ。この程度の傷は怪我のうちに入らんよ」
「でも…」
 もう一人の衛生兵と顔を見あわせ、彼女はレオンに言った。「……陛下のご機嫌が、あまり悪くありませんように」
 ルトゥーがレオンの肘を掴み、ベッドから起こそうとすると、レオンはその手を軽く振り払った。「…かまわん、一人で立てるし歩けるさ」

「…レオン。…陛下の荒れ方は尋常じゃないぞ。貴様があんな事さえしなければ、ミサイル艦を失うことも無かったんだ」
「どんなお叱りも覚悟しておる。陛下とて、たったこれだけになった忠実な部下をよもや粛清したりはすまいよ…」
 レオンは無表情でそう言いつつ、ブーツを履き、よろけながら立ち上がる。
「……そんなことはわからん。いずれにしても、お前が<デルマ・ゾラ>のリアクターからツカサを外したことで我が艦隊は大損害を被った。……一体、ツカサと我が母星の再建と、どっちが大切なのだ…お前にとって」

 ルトゥーの憔悴した声も耳に入らぬかのように、レオンはゆっくり出入り口に向かって歩き出した。

 

 

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