「そうですか…。調べてくださってありがとう、デスラー総統」
伝言用モニタに映るデスラーからの報告を聞いたテレサの胸に、熱いものがこみ上げる。
(島さん……無事でいてくれたのね…)
だが、それを抑え小さく溜め息をついた。
艦隊司令などという大任に就いているのなら、きっと何の後遺症もなかったのだ。自分が最後に見た、彼の青白い顔……命だけは助かると確信していたが、何らかの後遺症が残っても不思議のない状態だった。テレザリアムに備わっていた高度な蘇生システムに、今さらながら感謝する…。
微笑みとも苦悩とも取れるようなテレサの曖昧な表情を目にして、しばしモニタの向こうのデスラーは沈黙していたが、ややあって重々しく口を開いた。
<…テレサ。この星の時間で後2日ほどすれば、直接交信の取れる距離に彼らがやってくる。彼らをパレスに招く時には、あなたにも同席していただこうと思っている>
「え…?」
<かつて一度、あなたは古代たちに会っているだろう。この私とて、立場は違えどあなたの星テレザート上空で、愚かな作戦を展開していた身だ。我々が平和の礎として一同に会し、ともに未来を語り合うのも、また一興ではないかね?>
「…いいえ、デスラー……私は。…あの方がご無事でおられたことが解っただけで…もう」
デスラーは急に狼狽えるような素振りを見せたテレサを、目を細めて眺めた。「何か不都合でも…あるのかね?」
どう答えたらいい…? テレサは苦しそうに目を伏せる。
——島さんには、会えない。
デスラーが目を細め、低い声で訊ねた。
<……あなたがガトランティスを滅ぼしたのは…地球のため、だったのではないのかね…?>
「いいえ…そのことですが」
テレサは毅然と顔を上げ、硬い口調で答えた。「デスラー…私は…、大変後悔しているのです。誰のためでも、何のためでも……、あんな事をするべきではなかった、誰の命も…奪うべきでは…ありませんでした」
デスラーの目が一層、細くなった。<では…なぜ>
「…許してください、デスラー」テレサはデスラーに皆まで言わせず、額に手を当て、苦し気に俯いた。「……お願いです…今は訊かないで…。自分でも説明が…つかないのです。なぜ…あんなことをしてしまったのか」
<ふむ…>
記憶が混乱しているのか?…反物質パワーを否定する何らかの要因がヤマトにあるのだろうか。
辛そうなテレサの様子を見て、デスラーはそれ以上追求することは諦めた。だが、これはウォードから何か聞き出す必要がありそうだ。
<テレサ、辛い思いをさせて申し訳ない。ヤマトとの会見は、無理にとは言わぬ。…まずは身体を労いなさい>
「……すみません…」
テレサは俯いたきりだった。
デスラーはまだ何か言い足りない様子で通信を切ったが、彼女には作り笑いを浮かべる余裕すら、残っていなかった。
——島さんが、ここへ…来る。あと…2日で。ここへ…
もしも彼に一目でも会ってしまえば、自分の決心は済し崩しになってしまうだろう。
一緒に、来てくれ。
僕と一緒に。
そう懇願され、思わず叶わぬ夢を見た一瞬。
——窓外に目をやる。
二つ目の太陽が、ゆっくり沈むところだった……茜色の空に、紺碧の夜が覆い被さり、次第に星のベールをまとい始める。空を見上げていると、否応なく思い出す。
——テレサにとって、喪われていた7年間は眠りの中だった。目覚めて昨日のことを思うように、記憶は鮮明に甦りつつある。紺碧の空に浮かぶのは、懐かしい顔…。一緒に来てくれ、と懇願するあの瞳、手をとって飛行艇に乗せてくれたときの、あの…笑顔、淡い口付け。すべてが昨日のことのように鮮明に思い出された。
しかし、同時にテレサの脳裏に凄まじいイメージが甦る。
「……っ…」
唇を噛み締めて、嗚咽を漏らすまいとする……自らの発する光芒、それに呑みこまれ焼き尽くされる無数の命…そして、断末魔の呪いの叫び。
声にならない叫びを上げ、テレサは頭を抱えた。
島を愛した記憶は、そのまま殺戮の記憶に繋がる。彼と、彼を乗せたヤマトを護るために、私がしたことは……あの残虐な星の権力者と何も変わらない——
二つの記憶を、切り離すことは不可能だった。
「……島さん…」
テレサは彼の名を呟いた。
耳の奥にこびりつく断末魔の叫びに苛まれても、目の前が黒い血糊で染まる幻を見続けなくてはならないとしても……例えそのために、気が狂ってしまったとしても…それでも。
——逢いたい。…島さんに……逢いたい、もう一度……
テレサは両の手で顔を覆い、その場に踞った。
* * *
「お前の釈明も聞いておこう、アレス・ウォード」
厳しい表情のタランに言い立てられ、アレスは慎重に口を開いた。
観測センターから医局に戻る途中で、アレスは総統府の親衛隊に拘束され、デスラーの謁見の間に連行された。……総統直々の出頭命令だった。
「恐れながら…タラン副総統。ヤマトが来ることを知らせなかったのは、彼女の脳に不要な負担をかけないためです。不用意に過去の出来事を思い出させれば、自我のコントロールが利かなくなり、大変危険な状態に陥りかねません」
目の前の豪奢な椅子に腰かけるデスラーに怖じ気づくこともなく、アレスは続けた。
「テレサの反物質は、彼女自身コントロールの利かないものです。……兵器としての有効性は低いと思われます。照準の定められないデスラーキャノンのようなもので、無闇に呼び出すのはその暴発にも等しく、危険極まりないものです。これをコントロール可能にすることが私めの使命だと思っておりますが、そのためにはまずサイコキネシスの回復を待つしかなく…それ自体、一朝一夕には為し得ないことと、お分かり頂きたいのです」
デスラーは思案顔で、跪くアレスを上からねめつけていた。フム、と鼻孔から息を吐き、低い声で呼び掛ける。
「顔を上げよ、ウォード」デスラーの声に、アレスは総統を仰ぎ見た。射抜くような瞳。デスラーは瞬きもせずアレスに問いかけた。「…お前は、ヤマトの島大介を知っているか?」
「メインブリッヂクルーの航海士ですね」存じております、と首是するアレスに、デスラーは更に問いかけた。「……あの男とテレサとは、どういう関係なのだ?彼女から、何も聞いていないのか?」
デスラーの目が狡猾に光る。アレスの顔に浮かぶどんな動揺も見逃すまいとしているようだった。その件についてはまだ分からない、と答えるか?…ありのままを答えるべきか。どう答えればミスディレクションに導ける?
「……なぜ今、そのような質問を?」
「総統閣下がお前に訊いておられるのだ!」タランの叱責などとうに予想している。
「…いや、かまわん…タラン。ウォード、『テレサが』直に、私の執務室へ連絡を寄越したのだ。…島の安否が知りたい、とな」
「……聞いております」
「…賢い娘だ」デスラーはアレスから目を離し、椅子をくるりと回転させ背を向けた。謁見の間から見渡せる、城下の青い湖水とそのかなた向こうに広がるガルマン・グラス海を見るともなしに眺める。「……そして、…恐ろしく…強い」
…お前の故郷と、あの比類無き武人ズォーダーを、あっけなく滅ぼしたのだからな。
やにわにくるりとこちらを振り向くと、デスラーは囁くような声で言った。「あの娘は……島に、恋をしていた……違うかね」
アレスは危うく目を見はるところだった。
…なぜ、それを。
「お前は何か、…隠しているな」デスラーの眼が、アレスの、僅かに驚愕した眼差しを捕える。卓越した能力に秀でた天才も、狡猾な狩人の目を誤摩化すことは敵わないのだろうか。
「…いいえ、恐れ多くも大ガミラス総統の御前で、そのような大それた真似ができましょうか」
私は彼女を守ると、誓ったのだ。例え処刑されてもかまうものか。反物質を封じていることだけは…悟られてはならない。アレスはデスラーの眼から視線を逸らさず、静かに続けた。
「彼女の記憶から、確かに過去、その男との間に何かがあったことは認められます。ですが、その周辺の記憶を探るのはあの娘にとって多大な苦痛をもたらすものであり、心身の不調の原因でもございました。率直に申し上げて……そのせいで私はずっと手をこまぬいておりました。面目次第もございません。…もしかしたら、島との間にそういった感情を持っていたやも知れません」
「苦痛、か」デスラーは、先般通信した時に見た、彼女の苦悩の表情を思い出す。「……では、反物質エネルギーを甦らせるために、彼女を島と引き会わせるのは有効か、それとも否か…?」
「恐れながら総統」アレスは決意して言い放つ。「…反物質エネルギーの発現は、島大介の記憶とは無関係と思われます。発現を誘導するなら、まずサイコキネシスを甦らせ、そのコントロール法を模索することが先決。…ですが率直に申し上げて、今はまだその段階ではございません」
島と彼女を会わせる……。それがどういう結果を招くか、正直アレスにも分からなかった。このところ、急激に彼女は記憶を取り戻しつつある。反物質を封じ込めるため、サイコキネシス復活に関わる脳のシナプスを切断しても、その回復速度は次第に上がるばかりだ。島と彼女が再会したなら、もはやその脳への物理的操作も利かなくなるのではないか…。
「……そうか」
デスラーはそう呟いた。
「…お前の言うことにも一理ある。サイコキネシスのコントロール装置開発に、早急に着手するのだ。それなら異論はあるまい。だが…腑に落ちんな。愛した男に再び会える、それを喜ばぬとは…」
タランが怪訝そうな顔で、デスラーとアレスとを見比べた。「女心とは、まこと解し難く変わり易いものでございますからな…」
デスラーはほう?と驚いた顔でタランを見上げる。「…タラン君。君は女心に詳しいのだね?是非、そこのところを我々に教示してもらいたいものだ」いや恐れ入った、と面白そうに頭を振る総統に、タランが慌てて弁解する。
「総統、お戯れを。そ、それは言葉のあやでございます……」
しどろもどろになるタランを笑いつつ、デスラーはやおら立ち上がるとアレスの目の前に一歩、踏み出した。その顔からは、笑みは消えていた。
「アレス・ウォード。私はテレサに、ヤマトとの会見は無理にとは言わぬと伝えた。だが、お前は主治医として彼女にそれを納得させる義務があるぞ。ヤマトの到着まで、あと2日。…会見までに、制御装置を作れ。私の予定に変更はない。お前の意見通り、サイコキネシス制御装置を用意してから彼女を島と会わせよう。……不可能とはいわせんぞ」
デスラーの目に浮かんだ傲慢な征服者の色に、アレスは戦慄した。
確かに、「制御装置」はすでに完成しつつある。PKのコントロールを目的としたものではなく、PKごと反物質を「封印」するのが目的の制御装置が。テレサの脳に対する外科的措置が限界に近いことを受けて、今度は彼女を外側から護るための制御装置を、アレスは作り始めていたのだ。ガトランティスの科学にはガルマンの技術は遠く及ばないと高をくくり、デスラーの目と鼻の先のこの総統府の医局で開発を続けていたその装置の完成は、すでに間近になっていた。
そのことに、デスラーは感づいているのだろうか。いや、そんなはずはない…
「……承知しました。お任せを」
アレスは顔を伏せ、静かに答えた。ガルマン帝国総統の顔に浮かぶ表情には見覚えがあった——彗星帝国大帝と同じ…大軍を率いて宇宙を席巻する武人の長、その反吐の出そうな、傲慢さと尊大さ。
———我が意に逆らう者は、何人たりともその存在すら赦されぬと知れ…!
いつか遠目に見た父、大帝ズォーダーの放った言葉が思い出される。
アレスの穏やかな瞳に、決意が浮かんだ。
(…受けて立つ。例え相手が絶大な支配力を誇る帝国元首であろうと。——私は一介の科学者に過ぎないが、それでもあの人を守ると……己に誓ったのだから)
同日後刻、アレスの邸から、彼のアンドロイドたちに連れられて、テレサはデスラーズ・パレスにやってきた。
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