ヴァンダールとの通信を終えた後、メインパネルは地球防衛軍の長官室に切り替わった。
『…島、古代。現在の状況はどうかね』藤堂が、片品と相原の通信を先に受けていたこともあり、少々心配そうな顔でモニタに出る。彼の後ろには秘書の晶子が同じように顔を曇らせて映っていた。同じ映像がヤマトにも送られている。相原はどんな顔をしているだろう、と島は思いながら藤堂に答えた。
「長官、先の通信の通り、これからガミラス艦隊と共に次元断層内に進入します。断層内では通常宇宙空間との通信が遮断されますので、断層から脱出するまでの約72時間は通信が途絶します。脱出後はガミラス側のリレー衛星が正常に機能していれば通信は回復するはずですが……同時に戦闘に突入する可能性も否定できません」
藤堂はううむ、と顔をしかめて頷いた。『くれぐれも、気をつけてくれたまえ』
「ガルマン艦隊の駆逐艦が計15隻、我々の護衛に付いてくれていますので、それほど危険はないとは思います」島は藤堂に、というよりその後ろの晶子に向かってそう言った。晶子はちょっとだけ、安心したような表情を見せる。「次元断層を航路として今後も利用できないかどうか、安全性に関するデータの収集にも努めましょう」
「頼んだぞ。君たちの航海の無事を祈る」
藤堂の言葉を最後に、島は敬礼して通信を切った。次いで、艦内放送のマイクを取る。
「全艦、発進準備。観測班、シグマ、ラムダの3Dレーザージャイロ始動、航海班、<アルゴノーツ>作動準備…」
有人の場合、訓練ではここから約3分で2番艦、3番艦にクルーが移乗し、約5分で分離が完了する手筈になっている。この後行う完全な無人管制なら、分離までは90秒だ。
シグマ、ラムダの操縦は、自律航法制御装置<アルゴノーツ>の補助によりポセイドンのサブ操舵席から行うことができる。デリケートな操作を必要とする場合はオプティカル・ナビが起動する——操舵士は、観測班からデータ化されて送られて来る両艦艇の艦橋から撮影される映像を、バーチャルバイザーを通して視覚的に受信しそれに従い操舵を行う。ポセイドンに居ながらにして、実際の有視界航法を取り、音声と座標入力作業を通してシグマ(ラムダ)を操ることが出来るのだ。艦橋キャノピーのシャッターを閉じた状態で行う計器飛行にしても、艦載カメラの映像とセンサーの働きにより、同程度の緻密な操縦が可能となる。
各員が慌ただしく動き始めた時、突然第一艦橋の奥のエレベータードアが開いた。
「……司さん!」
誰が来たのかと振り返った赤石は、驚いて声を上げた。「あなた、大丈夫なの?!」
司は慌てていたのか、艦内服の胸のファスナーが下から半分ほどしか上がっておらず、中に着ている航海班色のグリーンのシームレススーツがだらしなく挟まっている。
「す、すいまへん!!司ちゅーい、もろいました!もう、らいじょうぶれす」
まだろれつが回っていない。
司は島と目が合うと、突然バツが悪そうに下を向いた。
彼女をその出掛けにからかった片品も、鳥出も、まだ本気で心配している。「大丈夫かよ…司」
「おい、…まだ医務室にいた方が良いんじゃないか?」島が眉をひそめてメイン操舵席から立ち上がった。「無理するな、ラムダは俺が管制で操縦するから…」
「…らいじょうぶれすっ、やれますからっ」司は憤然とした。片品や新字、鳥出、それに赤石に向かって「まあまあご心配なく」とでも言うように手を振る。どうやらまだ少し足元がおぼつかないらしいが、司はサブ操舵席までのしのし歩いて来て、どすん、と腰を降ろした。
「…ほんとにできるのか?」島が呆れ顔で訊いた。
「もちろんれすよ。ちょっと、口がうまく動かないらけれすっ。こんな時に…寝てられますか…!」
虫歯の治療で麻酔を打った後のような喋り方だが、司は座席のアームレストからバーチャルバイザーと自分の手袋を出し、それを手早く着け、腕まくりをする。
その手首や腕にアイスバンテージがぐるぐる巻かれているのを見て、島は小さく溜め息をついた。…そんなにまでしてやりたいか。…なら、仕方がない。
「じゃあ、…頼む。それから、前…、ファスナー開いてるぞ」
「あっ…、すいまへん!!」
島は肩をすくめた。……本当に大丈夫なのかよ、という顔で新字と鳥出が顔を見あわせて同じように肩をすくめている…
「……呆れた」
赤石が呟いた。
その隣で、片品も頷いていた。
「…あいつ、どういう身体構造してるんだ?艦載機で実戦出て来た直後だろ。…いくら酸欠だけで怪我がないって言ったって……」片品は化け物でも見るような目つきで、司を見ている。「艦長も艦長だよな、もう復帰させるのかよ……?あいつ、女だぜ……」
「……ほんとね」
医務室のグレイスから、艦長席に連絡が入っているようだった。司の状態は特に悪くなく、強いて言うなら酸欠状態の後遺症と疲労だけなのらしい…島がインカムに向かってそう念を押すのが聞こえる。
だが、大の男でも、空中戦をこなして来た直後、しかもエマージェンシーで間一髪救助された後では、何日か寝込んでしまったとしても不思議ではないのだ。
「……タフね…、彼女」
赤石の呟きに、我知らず片品も新字も頷いていた。
(まったく…言い出したら聞かない奴だ)
——どうも俺のまわりは、そんな女ばかりだな……
真っ先に、脳裏に浮かんだ雪の顔に、苦笑する。そして目の前の、この部下、そして…テレサも——そうだったな…
司がまだ本調子でないことを、島はもちろん知っている。だが、敢えて彼女を医務室に戻らせなかったのは、もちろん彼女が次元断層内をその目で見、その手で探るのを手伝ってやりたいからだった。無人管制パネルを司の席のディスプレイにポップアップさせ、島は口元に笑みを浮かべた。
「次元断層内をさっき見て来たのはお前だけだ。フォーメーションはSRP、お前は大越の後ろについて行け。……頼んだぞ」
「はい!」
司は島を振り返って、感謝の眼差しを向けた。「ありがとうございます、艦長!」
(なんて嬉しそうな顔を)
その笑顔を見ながら、島も微笑んだ。少しでもあいつの願いを叶えてやることが出来て、嬉しい…と思う。艦載機でほんの入口を探査するのではなく、<きりしま>が実際に通ったかもしれない次元断層内を、ポセイドンで通過することができるのだから。
断層内をくまなく調査できるように、メインパネルには次元、赤外線、タイムレーダーモニタも随時表示されている。<きりしま>の痕跡があれば、見逃すはずはなかった。
*
<ポセイドン>と呼ばれる1隻の輸送艦艇がバラバラに分離し、3隻となって一列に隊列を組み直すのを眺めつつ、ヴァンダールは別のモニタで部下と交信していた。
次元断層内を再調査している部下とはまた別に、ガミラス本星との連絡係がいる。ガミラス本星付近のリレー衛星はほとんどが破壊されているため、伝令を持ったメッセンジャーを先に戻らせるしかないが、仕方ない。
——元ヤマト航海長シマ・ダイスケの安否についてのご報告——
『お探しのシマ・ダイスケについてでありますが、彼は現在ヤマトには所属せず、地球ーガルマン・ガミラス第一次特殊輸送艦隊司令艦ポセイドン艦長としてヤマトと共に我が本星へ航行中であります——』
総統が、なぜ地球艦隊司令の安否など名指しで知りたがるのかヴァンダールには計りかねたが、命令は命令である。
この先、またあの神経を使う次元断層内をぞろぞろと航行しなくてはならない、その気詰りな旅を思って彼は軽く溜め息をついた。まったく、こんな風にこそこそとトンネルを潜り続けるような旅はおよそ自分の性に合わない。…しかし、これも任務のためである。それに、この地球人たちは案外ホネがある……再び戦闘に突入しても、きっと勇敢に戦うことだろう。
連絡艇が島についての報告を持って出発したのを確認し、提督はまた腕組みをしてモニタに見入った。
「総統、銀河系オリオン腕辺境に向かった親衛隊のヴァンダールより連絡が入りました」
タランがかしこまり、デスラーに報告した。
天井から足元の床面まで180度、周囲はぐるりが360度見渡せる、硬化ガラスの大天蓋になっている謁見の間。デスラーは美しい金箔細工の施された総統の椅子に深く腰掛け、例によってお気に入りの蒸留酒をちびちびと嗜んでいた。
「うむ…、テレサに知らせてやるとしよう。…さて、タラン。どう思うかね……テレサはなぜ、島の安否など気にかけるのだろう?君の意見を聞かせてくれないか?」
「うむぅ、私めには皆目、見当もつきません…」タランは目を白黒させて答えた。「その後、ウォードからも何も報告が上がっておりませんし…。奴めは何か意図があって、ヤマトの件を彼女に伏せているのだとは思われますが…」
提督ヴァンダールが報告して来たのは、兼ねてよりテレサが知りたがっていた、航海長シマ・ダイスケの安否だった。彼は一介の航海士からぐんと出世して、艦隊司令として輸送艦隊を率い、僚艦ヤマトに艦の護衛をさせていた。テレサがこの男とどういう関係にあるのか、ウォードはまだ解明できないと言っていたが、テレサ本人に訊くことができれば…。
(…いずれ、彼らとはこの総統府で直接会見する予定でいる。テレサをどうしても島に会わせる必要があるな)
それがおそらく、彼女の反物質パワー発現の、最後のチャンスだろう、とデスラーは思った。
しかし、アレス・ウォードにはまったく失望させられた。ガトランティスにいた頃から才能を買って連れて来た男だったが、これは少々優遇しすぎたようだ。罰を与えないまでも、減棒を考える必要はありそうだ……
とまれ、ヤマトとポセイドンを連れて、親衛隊は次元断層内に入ったという。断層の直近の出口まで、2日はかかる。
その間に、テレサをこの総統府へ連れて来るよう、アレスに命じておかねばなるまい…。
(4)へ 「奇跡」Contentsへ