「……艦長!…艦隊反応です、9時の方向にワープアウト、…15隻!!」
雪の声に、古代は笑みを浮かべて頷いた。「……あれは…!」
連なる深緑色の装甲、無数の赤い銃眼。敵艦隊の左後背に突如現れたのは、ガルマン・ガミラスの艦隊だった。
戦況は決して劣勢ではなかったが、相手の意図はまるで分からない上に通信にも応じては来ず、無謀とも言える攻撃を繰り返して来る。この不気味な艦隊を前に、ガミラスのものとはっきり分かる大規模な友軍の出現は有り難い。
敵艦隊の真横に出現したガミラス駆逐艦の一隻が、瞬く間に敵艦隊のうちミサイル艦2隻を主砲攻撃で撃破した。
ヤマトとポセイドンの第一艦橋に乱暴に通信が入る——
<こちらはガルマン・ガミラス親衛隊中央機動部隊第一師団、艦隊提督スコーピウス・ヴァンダール。宇宙戦艦ヤマト、ならびに輸送艦隊旗艦ポセイドン、貴殿らの通信しかと拝受いたした>
音声に続いて、画像が入って来る。
駆逐艦に続いてワープアウトしてきた群青色の空母型司令艦からの通信だった。ヴァンダールと名乗った、青い肌と金色の髪も美しい青年将校が笑みと共に機敏な指令を下す。ガミラス駆逐艦群はさらに敵司令船を狙い、砲撃を続行した。
——が、次の瞬間——
「消えて行くわ……!」「…敵艦隊、機影消失!」
ヤマトでは雪が、ポセイドンでは赤石が、信じられない、という声で異口同音にそう叫んだ。
執拗に砲撃を加えるガミラス駆逐艦十数隻に取り囲まれているはずの、敵ボラー艦隊——とはいえ、残るは司令船と駆逐艦2隻の合計3隻だけだったが——は、次元レーダーに何の反応もなく、それが出現したときとまったく同じように、瞬く間に視界からもレーダーからも消えてしまった。敵艦の発射したレーザー砲のエネルギーの束がまだ尾を引いているのにも関わらず……艦の本体はこつ然と消え失せた。
「うー……ん…」
……みろりの〜…かべがぁ…ど〜ん、って……
(……さっきからこればっかり言ってますね…)
(よほどびっくりしたか、印象が強かったのかな)
(どっちにしても、もうしばらく安静にしていれば回復しますよ。軽い酸素欠乏症ですから。私は神崎さんを診ますね)
なあにぃ〜〜??……けつぼ〜しょ〜?
「聞こえてるのか?司!?」
司はその声に、ぱちっと目を開けた。
明度を落とした天井の照明に一瞬暗く人影が映る…いや、自分を誰かが上から見下ろしていて、天井の灯りのせいで逆光になって顔が見えないのだ…と気がつくまでに3秒ほどかかった。ベッドサイドの小さな照明のおかげで、自分を見下ろしているのが誰だかわかるのにさらに5秒……
「……ひまはんしょう…?」
島艦長、と言ったつもりだったが、とてもそうは聞こえなかった。司は可笑しくなってへらへらと笑った。あたし、天国にまで艦長を連れてきちゃったのかな?
「……へんらな。…あたひ…死んらのに。…ここ…ろこ……?」
「馬鹿!ここはポセイドンの医務室だ。……死なれてたまるか!」
島が苦笑しつつ、自分の肩を叩いていた。
司がコスモタイガーの中で意識を失ってから、2時間ほどが経っていた。
こつ然と消えた敵艦隊に肩すかしを食らいつつも、ガミラス艦隊の将は追撃を命じなかった。敵艦のこの消え方は、彼らにとっては幾度も経験している現象なのだろう。
一方、ポセイドンでバイタルサインを管制していたグレイスは酷くショックを受けた。なんとなれば、神崎機がガミラス艦に収容された時点で、まるで爆発による即死のように、突然司と神崎のバイタルサインが途絶えたからだ。フタを開ければ、彼らのコスモタイガーがガミラス艦内に収容されたと同時に、単に外からの電波が遮断されたに過ぎなかったのだが、この時はさすがにグレイスも島も、正直二人のことは諦めるべきかと思ったほどだ。すぐにガミラス艦隊提督からコスモタイガーを収容しているとの連絡を受け、大越が大喜びで救命艇を出し、二人を引き取りに行ったのだった。
司たちのバイタルサインが途絶えたとグレイスから報告が上がって来て数分、島も生きた心地がしなかった。レーダーに映るガミラス艦隊の艦影に紛れ、コスモタイガーの機影はロストしたままだ。だが、時を置かずガミラスからの連絡でタイガーの消息を知らされ、思わず安堵の声を漏らした。
これほどまでに気持ちが揺らぐとは、島自身思ってもみなかった。
——しかしややあって、安堵は怒りに変わる。
司の腕前は承知していたし、いつの間にか敵艦の後方に回り込んで奇襲をかけたことは称賛に値する。だがそれよりも、要らぬ心配をかけさせたことが理由で、彼は酷く憤慨していた。
直後のガミラス艦隊提督ヴァンダールとの会合で、一同は現在のガミラス本星の状況と戦況とを知ることが出来た。
やはり、デスラーは返答をしなかったのではなく、返答が届かなかったのだ——原因は、くだんのボラー艦隊である。アンドロメダ星雲から銀河系に至るガミラスのリレー衛星はことごとく破壊され、地球だけでなくガルマン帝国の同盟宇宙国家の大半が通信困難な状況に追い込まれていた。ガミラスは現在本星までもが厳戒体制にあると聞いて、島は自分たちが再び戦いの最中に否応なく身を投じるはめになったことを察したが、ここで引き返す訳には行かない…むしろ、ガミラスの陥っている窮状を鑑みれば、どうあっても積み荷を先方へ引き渡さねばならない状況であった。
この後、すぐ次元断層内を通って、ガミラス艦隊と共に最短距離を進む手筈になっている。……だが、その前に航海班長が任務に戻れるなら、そうさせなくてはならなかった。
さてところが、親衛隊ヴァンダール提督との会合の後に医務室に駆けつけて、ろれつの回らない状態でうなされる司を見た島は、再び驚くほど気持ちが乱れてしまった。
(2度とこんな無茶をしないように、こってり絞ってやる!…どれだけ心配したと思ってるんだ…!)
荒っぽく溜め息を吐き捨て、拳を握りしめる。…だが、隣のベッドで頭部に包帯を巻かれ、ぐったりしている神崎を見て、ふと別の考えが頭に浮かんだ。
(…そういえばこいつは、最後まで…神崎を見捨てなかったんだな)
ファイターの脱出用装備には、生命維持装置だけでなく、ベイルアウトした後に艦まで自力で戻れるよう、腰に小さな制御ロケットがついている。司が神崎を見捨てて自分だけ戻ろうと思えば、そうすることも不可能ではなかった。しかし、司は視界の悪い後部座席から、今にも分解しそうな機体をずっと保持し続けたのだ…神崎を連れて帰るために。
コスモタイガー2の機体を回収して点検した徳永整備班長が、損傷した尾翼部分を調べ、よくぞ生還してくれた…と涙したのを、島も同じ思いで見つめた。…操縦桿を抑え続けた彼女の両手と両腕は痣だらけで、鬱血を収めるアイスバンテージがぐるぐると巻かれていた。
(これが古代や坂本だったら…やっぱりあいつはすごい、ってただ賞賛できるんだろう……なのに、なぜ俺は、こんなに憮然としなくちゃならないんだ)
しかめ面でベッドの司を見下ろしている島を気にしつつ、グレイスは忙しく隣のベッドに眠る神崎の介抱に回っていた。
(島艦長は、彼女をやっぱり叱るかしら。それとも…)
ここで、頭ごなしに司を叱るようなら、自分は島をあまり尊敬できないな、とグレイスは思う。彼女の行動は、本来は賞賛に値する……だが、明らかに島は彼女を、「心配のあまり」叱ろうとして医務室のドアをくぐってきた。
しかし彼女は戦闘員なのだ。表向き親愛の情の裏返しであったとしても、戦士にとってそれは迷惑極まりない気遣いである。
「司」
島は小さく溜め息をついて、参った、というように苦笑した。
「…話せるようなら、断層内で何があったのか詳しく教えてくれ。…それから…神崎を連れて帰ってくれて、ありがとう。…奇襲攻撃は見事だった」
背中でそれを聞いていたグレイスは、微笑んだ。
司はポカンとしていたが、照れくさそうに笑うと飛び起きようとした。だが、まだ身体がぐにゃりとしてしまい、半身がベッドから落ちそうになっただけだった。
「おいおい」島はぐにゃぐにゃの司の肩を抱きとめる。「無理するな」
「…かんひょう、ありあとうごらいまふ…かんざきさんは、らいじょうぶなんれすね…」目がチカチカする。艦長が、私の肩を抱いてる……。司はへろへろだったが、頬が紅潮したような気がして慌ててそっぽを向いた。
「神崎君は無事よ。あなたのおかげ」グレイスが神崎の頭の包帯を直しながら答えた。神崎は最初に敵艦と接触した折りに頭部に傷を負い、10針ほど縫うハメになっていたが、その外傷以外に別状はなかった。
「はぁーー…よかったあ……」それが一番、気にしていたことだった、と言わんばかりに大きく溜め息をついて、司はまた、目を閉じる。
「おい…大丈夫か」
「あら……また寝ちゃったの?」
グレイスが振り向き、島に抱えられている司の肩を、目を丸くしながら叩く。「深呼吸して、…ちゃんと呼吸しなさい!もう大丈夫なはずよ」
「…いや、まあ、いい…」島は、グレイスを制して微笑んだ。
男よりも果敢に艦載機戦をこなしてきたはずなのに、抱いているこの部下の肩は信じられないほど小さく頼りない。思いがけず愛しさを覚える。
「この後我々は3隻に分離して次元断層内航行に移る。本当なら司に2番艦を担当してもらわなきゃならないんだが…、俺が無人管制でどうにかしよう。済まないがグレイス、司が目を覚ましたら第一艦橋に来るように伝えてくれ」
「……そうですか、分かりました」
グレイスは、いつになく優しい眼差しの島に、少し驚いた。
(……艦長……?)
島は、医務室に飛び込んで来た時には明らかに憤慨していた。司の無茶を諌めるつもりで、医務室に来たのだとグレイスは思ったのだ。だが、彼が口を開いた時には労いの言葉が、そして眠ってしまった彼女に対しては労りの言葉が出て来た。司をそっとベッドに横たえる仕草にも、何か労り以上のものを感じる。
対等な宇宙戦士としての扱いというよりは、…何だろう……?
島は結果的に、心配を押し殺して、司の功績を褒めた。大活躍した妹の無茶を心配しながらも、たいしたやつだと脱帽する兄のようだった。いや、「妹」なのだろうか…?それとも……
「頼んだよ」と、頬に笑みを浮かべたまま医務室を後にする島の横顔を目にして、グレイスはきつねにつままれたような気分だった。トライデントプロジェクトのキャンプでは、ひたすらドジな部下に苦笑を隠しきれなかったあの艦長が、今では確実に司の功績を評価し、全幅とは言えないまでも、戦士としての彼女に高い信頼を置いている。戦闘中には「守らなくてはならない女」ではなく、「任せられる女」だと、彼女は自分で証明したも同然だった。
それにしても、……何だろう?あの微笑みは。
ヤマトで幾度も死線を越えてきた彼が、もしも心を預けるのなら。
もしかしたら…そういう女性を選ぶのではないか…?
グレイスはぐうすか眠っている司を見おろして、また数回、瞬きした。
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