一方、古代と坂本は寸での所で巨大な艦艇を避け、見えない「それ」を追い越すようにして出口へ向かっていた。相手はまったく見えないが、おそらく同じ海峡内のどこかにいて同じ方向へ進んでいるのだ。
＜…攻撃して来ないのが嫌な感じだぜ＞坂本が押し殺した声で言った。
＜できないのさ。自分たちも危険だからな。……出口が見えたぞ！！＞
　ゼロとファルコンは、唯一黒い窓のように見える断層の出口へとまっしぐらに飛んだ。おそらく自分たちよりずっと巨大だと思われる謎の艦艇は、出口付近では必ず速度を落とす。こちらは出入り口を通過してしまえば、本隊との通信が回復する。
＜駄目だ、閉じる！＞
＜いや、行ける！！速度を落とすな坂本、先に行け！！＞
＜……くっ、了解っ＞
　坂本はほんの少し速度を落とした古代に先んじて、ファルコンの機首を漆黒の窓に突っ込んだ。生き物のようにうねりながら狭まりつつある扉。それがすぼまる一瞬前に、古代のゼロもそこを通過した。


「古代艦長！！」
　閉じる寸前の入口から機体を捻るように飛び出して来た古代機と坂本機をレーダーで捉えた雪が、抗議の声を上げた。「…危ないじゃないの！！無茶しないでください！」
＜土門、全艦第一級戦闘配備！南部、主砲発射準備にかかれ！！＞
　通信が回復した途端に聞こえた尋常でない古代の怒声に、雪だけでなくヤマトの第一艦橋全体が戦慄した。同時に通信を傍受したポセイドン第一艦橋でも皆が慄然とする。

＜古代！何があった＞島がメイン操舵席から応答した。すでに古代の一報を受けて、神崎に代わり新字が戦闘配備を行っている。＜おい、神崎はどうした！？＞
＜後から来る。神崎が負傷したが無事だ。司がいるから大丈夫だと思うが……。島、俺たちの後ろから、でかい船が出て来るぞ！！敵か味方か識別不能だ！＞

　古代はゼロを艦隊の前面に回り込ませ、次元断層入口に対面した形でその機体を制止させた。＜ヤマト艦載機、全機出撃！主砲、次元断層の突入口へ向けて、迎撃用意！＞
「神崎が負傷？！じゃあ司は…」
　詳しく話せ、などと言っている場合ではなかった。今閉じている断層入口が次に開くのは、おそらく数十秒後……島はヤマトの後方へポセイドンを後退させ、艦載機隊の出撃命令を出した。

　その時だった。
＜……島艦長っ！司です！真後ろに敵艦！５隻います、大型です！！これより攻……＞
　受信装置を通して、酷い雑音とともに第一艦橋内へ司の声が響き、唐突に途絶えた。
　ほぼ真後ろ、６時の方向からの通信を傍受して、仰天した鳥出が座席から転がり落ちそうになる。
「司っ！！どっから喋ってんだっ！？」
　直後に後方警戒レーダーが作動し、レーダーパネルの赤ランプが一斉に点灯した。

　間髪を入れず片品が、赤石が叫ぶ…「艦長、後方に大型艦……５隻を確認、こちらへ向かっています！　方位SWS170、水平3度、距離…800」「ミサイルきます！…大型16、距離650！」

 ミサイルだと！？

「大越、面舵いっぱい、ミサイル回避！反転降下40度！……新字！主砲発射用意！撃ち漏らすな！！」
「了解！！」
　前方を警戒していたクルーたちは、急を突かれて一瞬躊躇したが、司の通信が一瞬早かったためどうにかバランスを保ったまま反撃に転じることができた。
　右急旋回降下の中、主砲が首をもたげ、標的を狙う…
「主砲照準セット完了、全砲塔…発射！」

　後方から飛来したミサイルの第１波が至近距離で爆発し、僅かに衝撃波が走る。
「第２波、来ます！！」
「何だっていきなり攻撃してくるんだよ！？」鳥出のその怒鳴り声に、答える余裕のある者はいない。

　突如、弾頭の幾つかが、新字の下した主砲発射命令より数秒早く爆発した。片品がモニタを切り替えつつ叫ぶ。
「敵艦の右舷20度上方にコスモタイガー１機を確認！神崎機ですっ」
「……艦長！！」鳥出が振り返る。「司から入電！」

　＜…崎班長が…傷…も命に別状なし。敵司令船は中央の……判断………班の応援を……のみます…＞
「鳥出、司を呼び戻せ！」島は舌打ちして怒鳴った。頷いて鳥出がインカムに向って声を張り上げる。「航海長、攻撃を中止し帰投してください！！」
　だが、呼び掛けは通じない。
「…だめです、艦長！神崎機の通信状態に異常が認められます。こちらからの通信は受けられないようです。通信回線を切り替えます」鳥出は焦りの色を見せつつ、幾つかの別回線で司に戻れと叫ぶ。

　一体、何が起きたのか。

　島にも正確には判断できなかったが、現状から推し量るに、方法は分からないが相手は断層内からワープして艦隊の後方へ回り込んだ、ということだ。しかし、次元断層内から通常宇宙空間へのワープなど、理論上不可能なのではないか？　しかもなぜ、司あいつのタイガーまでがこちらより断層出口から遠くにいる？！

「そんなはずは…ない！」ヤマトでは真田が声を上げていた。「なぜ俺たちの後方に出現したんだ！？次元断層内からのワープなど…不可能なはずだ」
　ヤマトは敵艦隊との間にポセイドンを挟む形になるため、南部は主砲発射命令を出せずにいる。太田と土門が交互に叫んでいた…「北野、ポセイドンの右に回り込め！」「艦載機隊全機、左右から援護しろ！」「ポセイドン、降下します！降下角40、…島艦長にそのままヤマトの左舷へ後退するよう伝えてください！！」
　敵艦隊は５隻、そのうち４隻がミサイル及びレーザー砲を撃って来る。中央に位置するのが司令艦なのか、一隻だけさしたる攻撃もせず佇んでいる船があった……真田もその他のメンバーも、これらの艦艇がどこの星のものなのか、まだ判断できずにいた。

「……わかったぞ！！」
　漆黒の宇宙に溶け込むような暗褐色の船体が、砲撃の光芒に照らされて時折赤黒く煌めく。流線型の船体に、丸みを帯びた艦橋があり、巨大なエンジンノズルが張り出している……
「あれは、ボラー連邦の船だ……！」
　真田の声に、島と古代が異口同音に応える。＜ボラー！？＞＜しかしデスラーの話では……＞

　数年前の太陽膨張事件の折りに、ボラー連邦は首長ベムラーゼを失い、デスラーによって滅亡に追い込まれたはずだった。連邦、というだけあって加盟宇宙国家は数えきれないほどあったのだろう、当然生き延び復讐を企てている残党があったとて驚くには当たらない。だが、あのボラー連邦そのものは銀河系中心部にあったのではなかったか？　それがなぜこんな場所に……再び！？

＜それにしたって、なぜ突然攻撃してくるんです！？＞

ボラー連邦の中には、バース星のように地球を攻撃対象とは考えない好意的な惑星国家もあったはずだ。
「わからん！以前のように何か勘違いしている可能性もあるぞ」真田は、CF隊が撃ち漏らしたミサイルの破片が船腹にあたって横揺れする衝撃に耐えながら叫んだ。「島艦長、敵と交信してみてくれ！」

　島は反転降下してから幾度か、敵艦に向けて何種類かの交信波を飛ばしていたが、真田の解析で相手がボラー星だと分かった途端、音声信号を切り替えていた。
「了解、ボラー星系言語で再度交信を試みる！」
　赤石を振り返り、島は再度呼びかけるよう指示する。
　頷いて、赤石はマイクに向かって呼びかけた。

『…ボラー星戦闘艦に告ぐ。攻撃を中止されたし。こちらは太陽系第３番惑星＜地球＞所属、輸送艦隊旗艦ポセイドン、及び宇宙戦艦ヤマト。我々はあなたがたの敵ではない。攻撃を中止されたし』

「………宇宙戦艦ヤマト…」

　赤い軍服に赤褐色の巻き毛をなびかせたアロイスはそう呟いた。赤い瞳が砲撃の閃光に反射しギラリと輝く。
「はい、先ほどのガミラスへの交信波からは詳細は分かりませんでしたが…、敵艦の片方、小さい方が宇宙戦艦ヤマトと名乗っています」ルトゥーがアンドロイドに代わってそう応えた。「…ガルマンの総統、デスラーの盟友だという噂の地球の船です…いかがいたしますか」

「あれは父上の仇だ」アロイスは一言、吐き捨てるように言った。赤い瞳に憎しみがたぎる。地球…ガルマンの盟友だと？弱小国家が笑わせる、芥子粒も同然の星が！
「ヤマトに接近しろ。＜デルマ・ゾラ＞作動……至近距離から主砲攻撃…リアライズは15秒だ」
「ははっ」ルトゥーは低い声で応える。背筋がぞくっとするのを感じた。

　地球の船へ接近すると聞いて、先ほどからツカサは猛り狂っている。骨と皮ばかりの身体で、繋がれている鎖を引きちぎらんばかりに暴れ、絶叫し続けていた。そのために彼の思惑とは反対に＜デルマ・ゾラ＞動力炉へのエネルギー供給は最大ゲージに達している。これなら、数回テレポーテーションを繰り返しても動力が低下することはないだろう。＜デルマ・ゾラ＞によるテレポーテーションで敵の至近距離に出現、実体化する時間は15秒。その間に敵艦の横腹に向け主砲を放ち、直ちにその空域から消える。……この戦法でガルマン艦隊を幾つも潰してきた。相手は動きの鈍い大型艦と、伝説的な強さを誇るとはいえ、たった１隻のヤマトだ。勝利は手堅いと思われた。

「＜デルマ・ゾラ＞作動用意っ」ルトゥーの指示に、アンドロイドたちが忙しく立ち回る。
「２番艦、３番艦、支援爆撃続行、アロイス艦転移…開始！」

　その時だ。
　足元を掬われるような衝撃にアンドロイドたちが数体倒れ、＜デルマ・ゾラ＞の動作がストップした。

「なんだ！どうした！！」

　アンドロイドもろとも倒れ込んだルトゥーが怒鳴りながら立ち上がり、艦橋のキャノピーから小さなエンジンノズルの航跡を見つける。「あんな小さな攻撃艇に、何をしている！！叩き落とせ！」

　敵の司令艦と思しき戦艦に、一機で後方から攻撃を加えていたのは、司だった。

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