奇跡  恋情(22)




 次元断層の入口から10宇宙キロの距離を置いて、ポセイドンとヤマトは停止していた。艦隊の前面に、通信をクリアにするアンテナ衛星を配置し、信号の距離を伸ばす。次元断層内ではどれだけの距離を飛ぶのか未知数だが、通常宇宙空間であれば数光年の距離を瞬時に飛ぶハイパータキオン・レーザー変調波である。
 ガミラスへの交信回路を開いて呼びかけること約十数分が経っていた。

「……応答ありませんね」通信班長の鳥出が、すでに20回ほど呼びかけた後でそう言った。
 次元断層の入口は肉眼では見ることができない。次元レーダーで一定時間観測し続けて初めて、そこに何か空間のずれがあると分かる。何も知らずに入口から10宇宙キロ以内に接近すると、一部の計器に異常が発生する。中に流れ込む気流と排出される気流とが流動的にその出入り口に渦を発生させるため、迂闊に近よると翻弄されるか悪くすると引き込まれてしまう。

 片品と赤石が次元レーダーを操作し、入口が開くと鳥出に合図し、鳥出は内部に向かって信号を発する。メインパネルの下部にある3Dスクリーンには立体映像で断層入口の開閉が走査線画像として投影されていた。



 島に宥められて第一艦橋に戻って来た司は、2番サブに座り切ない顔でその走査線画像を見つめていた。
(…2…3…4…5…6…7…8…9………平均12秒くらいは入口が開いている。…ファルコンでなくても、ポセイドンだって…通過できる時間だわ…)



 水平に並んだ位置で待機しているヤマトから通信が入る。
『島、古代だ』
「…どうした」島がメインパネルを仰ぎ見て古代に返答した。
『俺と坂本で中をちょっと調べて来ようと思うんだが、どうだ?』
「……お前」

 ——艦長だろ、艦長代理じゃないだろ!艦長が船を離れて単独調査って………。
 島は呆れたが、相変わらず古代は部下をゼロで出す気はさらさらないようだった。仕方ない…、艦載機乗りとしては、あいつは超一流なのだから。

「わかった。こっちからも出そう」島は小さく溜め息をつくと振り向いた。「神崎!古代と一緒に行け」
「了解!」
 神崎が立ち上がるのとほぼ同時に、横で司が勢い良く立ち上がった。

「艦長!私も行かせてください」
 彼女の肩越しに片品が、ぼそりと呟く。
「スタンドプレー?」
「何とでも言えば?!」
 片品の軽口は半分冗談混じりだ、と誰もが思ったのに、司に睨まれた片品はその剣幕に一瞬たじろいだ。赤石は目を丸くしてうろたえ、鳥出は触らぬ神に祟りなし、といった顔で肩をすぼめている。ともあれ司が小型機で出るということは…それも護衛班を差し置いてであれば、片品の言うように何かの点数稼ぎだと思われても仕方なかろう。


 島は眉間を人差し指と中指で押さえ、2秒ほど自分を抑えた……ここで事情を説明しているヒマはないし、古代も司も止められまい。ならば…
「……神崎、司を乗せて行け。タイムレーダーを装備している複座のコスモタイガー2があるだろう。司はタイムレーダーの操作をしろ」

 島は戸惑っている神崎にさっさとそう指示した。タイムレーダーの操作と観測は航海班の仕事でもある。司を単座のファルコンで出す気はまったくないことと、航海班の仕事を与えることで、島は護衛班の体面を保ったつもりだった。これなら、航海班の誰が神崎の後に乗っていようとかまわないからだ。司がどうして次元断層内部に入りたいのか、という理由を知っているのは目下のところ自分だけだから、今は司を宥めて思いとどまらせるよりは行かせてしまう方がいい。他の皆への説明は、後からでもできる……

 司は複座の後に乗るのが条件でなら、と暗に島に言われ、一瞬ひるんだがそれでもいい、と思い直した。逆に、自分の要求をさしたる理由もなく聞き入れてくれる島の気遣いにちょっぴり申し訳なさも抱く。
(艦長が、あいつに甘いんじゃないの?って陰口言われたらどうしよう…)
 自分から行かせてくださいと言っておきながら、司はそう考え数秒躊躇した。だが、戸惑っている暇はなかった。神崎がこちらを振り返り、頷いて席を離れたからだ。

「護衛班長神崎、次元断層内を調査に行きます。…航海長、よろしく」
 神崎は後に彼女を乗せて行くことに少々プレッシャーを感じた。司の艦載機乗りとしての腕前が出航前の例の一件で知れ渡っていたからだ。
「…司花倫、同じく調査に向かいます」
「古代と坂本の後から行け。くれぐれも無茶はするな」
「はいっ」「了解っ」

 

              *


 艦内の2分の1の重力が働く格納庫。神崎が投げた予備のヘルメットがほぼ一直線に司の手元に転がり込む。司はそれを素早く抱え、コスモタイガー2の後席に滑り込んだ。座席に乗り込みシートベルトをし、メットのストラップを締める。司の淀みないその動作は、やはり素人のそれではなかった。ミラーで早くも司が発進準備を終えたのを確認し、神崎は通信機のチェックをする。メットのマイクを調整するために、二言三言司に話しかけた。
<航海長、スタンバイいいですか>
<OK、スタンバイ完了>
 神崎はコスモタイガーを発艦口に向けてタキシングさせる。キャノピーが音もなくゆっくりと閉じた。同時に機内の気圧自動制御装置が作動する微かな電子音が3回、鳴った。
<機内エア・コンプレッサー正常>
<水平レーザージャイロ作動>

 整備班の徳永が、重力の利いている管制室の窓から嬉しそうに司の方を見て手を振る。司は申し訳程度に老人にサムズアップし、メットのバイザーを降ろして正面を見据えた。バイザーがロックされ、新鮮な酸素が内部に流れ出す……
<発進準備よし…発艦口開け>
<了解、ハッチオープン>
 管制からの声を合図に、コスモタイガー2のエンジン噴射口が眩く光り、轟音を立てて発艦口から機体を押し出した。

 硬化テクタイトのキャノピー一枚隔てた向こうは、漆黒の宇宙だ。ポセイドンの下部発艦口から飛び出した複座のタイガーは、大きく反転して艦の正面に出た。



<…古代艦長、護衛班の神崎です>
<おう、よろしく!>
 古代が気さくに返事をする。ヤマトからはすでに、古代のコスモゼロと坂本のファルコンが発進して待機していた。
<後席、航海班長司です。タイムレーダーの操作を任されました>
<おっ、噂の航海長だな!古代だ、よろしく頼んだぞ>
<司ァ!!元気だったかあ!?>
 コスモゼロの向こう側で待機していたファルコンから、坂本の素っ頓狂な声が飛んで来た。坂本機はちょっと上昇して、タイガーのキャノピー内が覗き込める位置までやって来る。

<……坂本先輩>
 司は内心、げ、と思う。坂本は任務においては頼りがいのある先輩だったが、デリカシーのなさにかけてもその右に出るものはいなかった。
<ああ、坂本…例の知り合いか?>
<ええ、月面基地の後輩です。ファイターを捨てて、大型に乗り換えやがった裏切り者ですよ……なんだあ、やっぱりタイガーが恋しくなったんだなー?>
<坂本先輩………やめてください恥ずかしーから。それにふざけてると危ないですよ>
 司は極めて慇懃に、坂本をいなした。からかわれるとは思っていたが、やっぱり相変わらずデリカシーがない。
<なにおう?後ろに乗っかっちゃってるだけの癖して…>
 笑いながら坂本はさらに司にちょっかいを出そうとしたが、古代に諌められて口をつぐむ。
<いい加減にしろ、坂本。神崎、次元断層の入口が開いたら合図がある。その時一緒に飛び込むぞ。遅れるなよ>
<はいっ>


 ヤマトからは森が、ポセイドンからは赤石が、次元断層入口の走査線画像とともに次元レーダーの観測データを途切れることなく送って来ている。加えて、司が操作しているタイムレーダーでは断層内の過去の映像を記録する。遡ること72時間前まで、この断層内を航路として使った船があれば、それがレーダーに反映されるはずだった。

 神崎の操縦は左旋回の切れが悪いな……と思いつつ、司は通常のコスモレ—ダーに加え、赤外線レーダー、次元レーダー、タイムレーダーの3つのレンジを忙しくチェックする。……<きりしま>の痕跡がどこかにないか。
 無論そんなに上手くことが運ぶ訳がない、そうは分かっていても。
 心のどこかで僥倖を願う自分がいる——。



『…30秒後に入口が開きます。突入体勢に入ってください。突入後は本隊との通信は一切途絶します。気をつけて』
 雪と赤石の声とがほぼ同時にメット内の通信機から聞こえた。間髪を入れず、秒読みに入る。


<行くぞ>
 古代のコスモゼロを先頭に、3機は機体を捻って次元断層内へ突入して行った。

 

 

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