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「あなたの故郷の人々は、肌の色で人を差別などしなかったのだろうね」
それは、二人で食事をしていたある晩のことだった。
アレスの邸の広いリビングは間接照明の柔らかな光で包まれ、テーブルの皿の上には仄かな蝋燭の焔に照らされた美しい料理が載っている。向き合って食事をする二人の傍らには、優美な動きをするアンドロイドが控え、給仕をしていた。
唐突なアレスの問いに、テレサは戸惑う。
「…? それは…わかりません。もしかしたら、そういうこともあったかもしれません」
「……私が一人でこの家に住んでいるのを、不思議だと思わなかったかい?」
それは確かにそうだったので、テレサは頷いた……10体近くアンドロイドがいるとは言え、これほどの大邸宅なのに他に誰も人がいないのは確かに不思議だった。だが、アレスが何を言わんとしているのか、彼女にはわからなかったので、そのまま黙って彼の目を見つめる。
「……私は、この星の人種制度においては最下級層の人間に属するからなんだ」
「最下級層?」
「…私は生粋のガルマン・ガミラス人ではない。私のこの肌…デスラー総統や他のガミラス人とは違うだろう。彼らと私は、本来は同じ場所で生活することを許されていないんだよ」
アレスは手元の皿にナイフとフォークを置き、ワインのグラスを取った。彼の飲んでいるのはそれでも、総統の御用達ブランドの特製ワインである。それは彼が、特別に総統府への出入りを許される、才能ある科学者であるがためだった。外国人居留区。アレスの住まいは、その中でも特別な技術に秀でた外国人の居住エリアにあった。
「……先生は、どこから来たのですか?」
テレサの目をじっと見つめながら、彼は答えた…
「……ガトランティス。白色彗星帝国ガトランティスだ」
かたん、とテレサの手から、フォークが落ちた。
…今、なんて……
「ガトランティス………?」
「私の父の名は、ズオーダー。父は『大帝』と呼ばれていた」
テレサの驚愕は言葉に表せないほどのものだった。驚きというより、恐れと嘆きと後悔の念。三つ巴の混沌が彼女の意識を支配しそうになる。
アレス・ウォードは総統府の特殊医療技術センターに赴く傍ら、定期的にヤマトの現在位置、航路などを確認していた。その日も彼は、記録官らに紛れて観測センターへ向い、タランから聞き出せない類いの情報を様々に入手していたのだった。
(総統が…ヤマトの艦隊を迎えるために親衛隊の一個師団を差し向けた…)
ガルマン星から銀河系までは、親衛隊ならおそらく…次元回廊を使う。特殊な航法を必要とする次元断層内の航行は、ガミラス軍内でも屈指の精鋭集団でなければいまだに危険とされている。
次元断層内部の回廊を通れば、アンドロメダから銀河系まではほぼ72時間ほどで到達する。——時間がない。ヤマトは…あと数日のうちにここへ来る………
それは、彼にとってテレサを喪う運命の瞬間への、カウントダウンの開始を意味した。今日明日中に、自分と…彼女との関係を、はっきりさせなくてはならない。
(アレス。お前は……テレサが好きか)
答えは火を見るより明らかだ。例え彼女の心に別の男が住んでいようと。……私は、彼女を愛している…
だからこそ、彼自身にも、彼女に打ち明けなくてはならないことがあった。それが、彼のこの恐るべき出生の事実なのだ。
(この親切な先生のお父さまが…ズオーダー…?)
テレサは驚愕のあまり、茫然自失していた。
彼とその追従者たちを——滅ぼしたのは…私だ。
悪に突き進む指導者の元に生きるしかなかった人々には何の罪も無かったはずだ……それなのに、私は。
——あの人を、助けたいばかりに……彼らをすべて、犠牲にした……
あまりのことに、身体の震えが止まらなくなる。
「…テレサ」
アレスの声は、耳に入らなかった。どうして彼は、父親を殺した…故郷を滅ぼした私を……
向かいに座っているアレスは、心配そうに自分を見ていた。彼のテレサを見る目は、親の仇を見る目ではない。むしろ、この事実を告げたことを後悔しているようにも見える。
ようやくのことで絞り出した声は、掠れていた。「私は…、ガトランティスを…」
「……知っていたよ」アレスは目を伏せて答えた。「でも、それは……もう終わったことだ。私はズオーダーの子とは言え、妾腹…妾の子だ。私の母も…彼に蹂躙され、牢につながれた植民地の王族だった。大帝ズオーダー……父とは言え、私は彼の顔を直に見たこともないんだよ」
「…先生の…お母様は」
アレスはテレサを見つめ、優しく微笑んだ。
「母のことも、心配してくれるんだね…ありがとう。母は…、彗星帝国が繰り返す侵略の最中に、父に見舞ってもらうことも無く、病気で亡くなった」
今にも泣き出しそうなテレサを気遣い、アレスは立ち上がると彼女の傍らにやってきて片膝をついた。
「……あなたが、気に病むことはない。私はむしろ……あの男の蛮行をあなたが止めてくれたことに感謝しているくらいだ。この宇宙に生きるものすべての、共通の権利を……父とその帝国は蹂躙してきた…、私は正直、父のしていることを嫌悪していた。だから、デスラーに付いてあの帝国を捨てたのだ。あなたが泣くことはないんだよ。…ああ、せっかくの食事が台無しだ。…ごめんよ。…さあ」
泣くなと言われても、それは今のテレサには無理な相談だった。テーブルの上の皿にはまだ手をつけていないものもあったが、食事を続けることなど、もうとてもできない…
「あなたは……私を、憎く思わないのですか…?あなたの故郷を…滅ぼしたのは私なのに」
「……憎いなんて、思うものか。…私の故郷は、あの彗星ではない…母の愛してやまなかった、別の星だ。…それも、父だという男に踏みにじられ、今は存在しない星」
普段より一層優しい眼差しで、アレスはテレサに語りかけた。
「私があの帝国の末裔だということは…いずれあなたに打ち明けておかねばならない、と思った。それでも尚、あなたが……私を嫌わないでいてくれるのかどうか、ずっと…不安だった」
テレサは驚いた。逆ではないの?
「……私のことを、仇とは…思わないのですか?」
アレスが目を丸くする番だった。
「仇?……なぜ?あなたは何も悪くない。あなたには、何の負い目も無い。あなたは正しいことをしたまでだ。そんな風に……あなたに負い目を感じさせるのが…嫌だったんだ。だからずっと、黙っていた」
床に片膝をつき、自分を見上げるように傅くアレスの表情は、とても心配そうだった。
テレサは戸惑う……(ああ、なぜ…この人は。こんなに優しいのだろう……?)
「……先生のために……私に何かできることはありませんか」テレサは涙を拭いながらそう小さく呟いた。
「……何も。ただ…」
そう、アレスが言いたかったのはこの一言だった。
「もしできるなら……私のそばに…、いつまでも居てくれたら…。結婚して欲しいとは言わない。ただ、そばに……いてくれさえしたら私は……」
アレスは躊躇いがちにテレサの目を見上げた。
「私はあなたを、…幸せにしたい。あなたが心から笑って過ごせるような場所を……私の手で作りたい」
テレサは傍らに跪いたアレスをまじまじと見つめる。様々な思いが交錯して、圧倒されそうだった。この人は、気がつけば自分にとって今、最早なくてはならない存在だった。アレスと過ごしたこの数ヶ月……私は、幸せではなかっただろうか。
けれど。
…私の、あの人への思いはどうなるのだろう……?
その一瞬の躊躇いは、アレスにも伝わる。
「……あなたが…島という男を今でも愛していることは分かっている」
「!!……ウォード先生」
「……詳しく話そう」
アレスの話は、テレサをさらに狼狽させた。デスラーが、テレサを覚醒させるためにヤマトの映像、そしてヤマトクルーの映像を駆使するよう命じたこと。その中で、アレスは彼女が島を愛していることに気付いたのだということ…。しかし彼は、反物質の記憶が彼女を深層意識レベルで酷く苦しめることをも突き止め、強制的に反物質の発現を封じるための記憶操作を行った。申し訳ない。あなたの記憶が未だに時折混濁するのは、その所為なのだ、とアレスは詫びた。
「……でも、それではあなたは、デスラーの命令にずっと、背き続けていた…というの?」
「総統に知られれば、…私は…処刑を免れないだろうね」
アレスは肩を竦め、苦笑しながらそう言った。
「私は、…ガトランティスの末裔だ。それでも…あなたを愛する気持ちに偽りはない。こうしてずっと、あなたを……守ってきた。信じてくれるかい…?」
テレサはぎゅ、と目を閉じた。涙がぽろりとこぼれる。
アレスは続けた。
「……ここに……いて欲しい。私を愛してくれなくてもかまわない」
「先生…!」
それは、あまりにも…切ない望みだった。愛されなくてもいい、だなんて。どうしていいかわからず、テレサは顔を覆った。思いが千々に乱れ、涙を抑えることが出来ない。
アレスの腕が、テレサををそっと抱きしめる。
テレサはその肩に、額をそっと預けた。
……私は。私のことを死んだと思っている、遠い彼方のあの人に…いつまで、縛られているのだろう。
もう、…いいはずだ。
彼と私の愛は…、もう、終ったのだ——。
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