「……古代参謀…?ですか?ヤマトの古代艦長の、お兄さんの?!」
島は頷いた。
「古代さんの乗っていた<ゆきかぜ>は、おそらくお前のお兄さんと同じ日に、冥王星会戦で被弾して、その後次元断層の中を漂流していたところを、ガミラスの偵察艇に拿捕された。その後どこでどうなったのか、イスカンダル星で救命されていてね。結局、地球に生還したんだよ。……だから、同じように偶然、<ゆきかぜ>以外の艦船が断層に入り込んでいたとしても不思議じゃないんだ…」
司は、俯いて話す島を凝視する。
「<ゆきかぜ>は船だけがなぜか土星の衛星タイタンで見つかった。だが、<きりしま>はまだ痕跡すら発見されていない。クルーの生存の可能性は、<ゆきかぜ>よりも高いかもしれない」
「……本当に、そう思いますか?」
「ああ。……我々が捜索する事は実質出来ないが…、ガルマン帝国側に断層内の過去の記録を問い合わせることはしてみよう。…それで…今は我慢して欲しい」
「艦長…!」
断層内部の記録の開示。…それが要求出来るという確信は、無論島にもなかった。自分からデスラーに内々に頼み込むにしても、簡単なことではないだろう。しかし、艦長として出来るなら…そうしてやりたいと、島は強く思ったのだった。
「ここは堪えてくれ。……お前は…一体、どこへ行こうとしてたんだ?」
司がはっとするのが解る。
格納庫か。…何のためだ?
島の問いに答える言葉が見つからず、司は床に目を落として押し黙った。その瞳から光るものが落ちそうになる寸前、彼女は慌てて右手の甲でそれをぐいと拭いた。
「司…」島はいたたまれなくなった。俺は、逆に酷いことをしてしまったのだろうか。
「…申し訳…ありません」
声を震わせながら、彼女は島にくるりと背を向けた。そのまま泣き出すでもなく、うなだれる……二人の目の前、窓の外には鈍色の…冥王星。
小刻みに震える部下の肩が、ひどく華奢に、脆く見えた。
こんな時、思ってはならないことではあれど、島はつくづく痛感する——宇宙は、女の生きる場所ではない、と。男よりも果敢に、男よりも優秀に、そして男よりも数倍数百倍、強靭かつ崇高な生き方をする女は数多いる。ではなぜ…万物の創造主は彼女たちを、これほどまでに儚く、脆く創ったのだろう?
その内面に、驚嘆するほどの強さを内包しているとしても。彼女たちの本質は…優しく脆く、守られるべきものでしかない、というのに——。
そして、往々にして…自分たち男には、彼女たちを護るだけの力なぞないのだ………
窓外に見える冥王星が、その暗い表面を時折煌めかせている。ポセイドンの発する航海灯が、あの惑星の薄い大気に反射しているのだ。
島は、涙を堪えながら冥王星に向き合っている司の隣に、無言で歩み寄る。もちろん、躊躇いがないわけではなかった…けれど。
華奢な肩を、右手でぐいと抱き寄せた——
「……!!」
…か、艦長…!
言葉は声にならなかった。
島は、抱き寄せた彼女の肩を、ぽんぽんと優しく叩いた。
面食らっていた司は、その優しい仕草に再びこみ上げて来る涙を抑えきれなかった。感情の波が、堰を切ったように溢れ出る。
「う……」
…ずっと我慢していたんだろうな。
こんな風に泣けるなら、まだ…大丈夫なのかもしれない。この涙を誰かが受けとめてやれば、きっとまだ…立ち直れる。
島は声を殺してしゃくり上げる司の肩に右手を回し、もう一度、今度はそっとその身体を抱き寄せ…そのまま無言で窓の外に広がる冥王星を眺めた。
しばらくして…。
司が肩を大きく震わせて、息を吐いた。…もう、しゃくり上げてはいなかった。島は司を宥めていた手を止めて、自然な態度で彼女から一歩、身体を離す。
「…ちょっとは、落ち着いたか?」
「す、すみません…艦長、あの、あたし」司はバツが悪そうに口籠る。その顔が、涙でくちゃくちゃになっているのを見て、島は思わず苦笑した。
「いや…かまわんよ」
(可愛いな)
素直に、そう感じた。
「泣きたいだけ泣いていいよ、って言いたい所だが…」狼狽えて顔を闇雲にこすっている司に、ポケットから出したハンカチを差し出しながら島は言った。「そろそろ、作戦開始時刻になる。顔を拭いて、…戻ってくれないか?」
島の差し出したハンカチで司は急いで涙と洟を拭き、精一杯申し訳なさそうな顔をして、ぱっとお辞儀をした。「……申し訳ありませんでした…!…戻ります」
「頼むよ」島は苦笑して頷いた。
司はそのまま、転がるようにエレベーターで先に階上へ上がって行ったが、島は先刻第2艦橋から乗って来た、フロアの反対側にあるリフトで上がることにした。他の隊員に妙な誤解をされても困るからだ。
(俺も…どうかしてるな…)
ファンです、という学生、思い詰めた顔で告白して来る下士官、つかず離れず、島の行く先々で大人な気配りを見せてアピールしてくる同世代の航法士…。今までも常に女性の好意に取り巻かれ、それ相応に男女関係もあったりした島だ。
だが。
司に対しては、これまで抱いたことの無い不思議な感情が生まれつつあった。かつて味わったことのあるどの恋の始まりとも違う……それはテレサに抱いたのとも、その他の相手に抱いたのとも明らかに違う不思議な感情だった。
仕事は抜群にできる子だ。正直、航法ではおそらく太田に匹敵する正確さを持ち、そして操舵の技術も素晴らしい。だがそのポテンシャルの高さの一方、どういうわけか彼女は頼りな気で、支えがないと折れそうに見える。誇ってもいいほどの腕を持っているのに、そんな自信などないと言わんばかりだ。そのギャップに、つい世話を焼きたくなる。
(……彼女の容姿が、どことなく…テレサに似ているからか)
それも否定はできない。あの姿形が目の前で涙を堪えているのを見るのは、たまらなく痛かった。
司はおそらく、自分のことなど何とも思っていないだろう。あとからあいつが我に返ったら、セクハラだと言われるかもしれない。
だが、司をオクタゴンで初めて見かけたあの時から…島にとってその存在は、例えれば心の渇きをそれとなく癒す、朝露のようなものだったのだ。孤高の女神との報われない恋に疲れ果て、一歩も動けなくなってしまった心の旅路に降りる、清々しい水の粒…
だが、こんな自分の気持ちなど、彼女にとっては迷惑でしかないだろう。
…あいつは、機会さえ与えてやれば、どこまでも伸びるに違いない。もっと自分に自信を持て。そう傍で励ましてやる誰かが必要だ。俺たちの世代を越えて、どこまで成長するか…見てみたい。
——だとしたら、恋愛感情なんぞ邪魔なだけだ。
辛い時、哀しい時があれば、俺が胸を貸してやれる。
…むしろ、それだけの関係でいい。
島はそう思い、ふふ、と笑った。
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