『ファーストブリッジクルーは第一作戦室に集合してください』
赤石の声がスピーカーから響いた。
非番の者も含め全員が、第一艦橋の後部に広がる作戦室に慌ただしく集まる。現在、ポセイドンとヤマトは冥王星の周回軌道上に到達していた。足元のパネルスクリーンに航路図を投影しつつ、カーネルが一歩前へ出た。
「現在我々の位置は冥王星の重力圏から15宇宙キロ、惑星周回軌道上のポイントK323ーR64にある。約半年前、ガルマン・ガミラスより特使が来たことは諸君も周知の通りだ。その特使だが……」
カーネルはポインタを使って、パネル上の冥王星から少し離れた空間にサークルを作った。サークルの中心が、赤く点滅し座標を表示する。
「ここ、PLT63709ーTRI33027ーLX0002の座標付近に位置する、次元断層から現れたという報告が冥王星基地から上がって来ている」
「次元断層…?」幾人かが異口同音にそう繰り返した。
「俺から説明しよう」島がそう言って座標の宇宙空間を映像に切替え、拡大した。
次元断層とは、次元の異なる亜空間が二つ以上隣り合い、互いに強く影響を及ぼしている空間である。地球の地殻の断層と理屈は似ている。宇宙は常にゆっくりと膨張を続けているが、次元断層のある空間では常にそれらが互いに交わらない状態のまま、ゆっくり移動を続けている。そのため、断層内は常に流動状態にある。2つの異次元空間が押し合うように同方向へ移動していれば、ある宙域では互いがぶつかり合い、一定の時間を経て超新星爆発のような現象を引き起こし、そこにはブラックホールが生まれる。反対に、2つの異次元が反対方向にいわばすれ違うような形で移動していれば、それらの断層の間には薄い通路のような隙間ができる。地表の断層の例で言うなら、アイスランドにあるギャオ(大地の割れ目)のようなものだ。
「冥王星付近の断層は、後者だと判断できる。特使は断層の間の通路を通って来ていると考えられるからだ」
島の説明に、皆が一瞬ざわめいた。
——通路がある?!俺たちもそこを通るのか?
島は続けた。
「ガミラスの特使は、小型の駆逐艦程度の大きさだったらしい。いわゆるメッセンジャー(連絡艇)だろう。実際のところ、観測ではこの断層の入口は閉じたり開いたりしていて、安定しない…内部の観測は、冥王星基地でもまだトライしていない。現段階では、我々はそこに進入することは実質、不可能なのだ」
「ガミラスは、そこを通って来ることができるんですよね?」鳥出がちょっと不服そうにそう言った。
「残念ながら、ガミラスと我々の科学力は違う」島はそう言ってから、心の中で付け足した……(デスラーのように、『調査のためでも死んで来い』と部下を何人でも差し向けることができるのなら、あるいは可能なのかもしれないがな…)
司はきつねにつままれたような面持ちで、島の話を聞いていた。冥王星宙域。かつて、ここは戦場だった。…あの当時も、その断層は…そこにあったんだろうか?
島はチラと司を見た。
(……しまったな……。案の定だ。心ここにあらず、って顔してるぞ…)
司は目を見開いたまま、黙って足元のパネルスクリーンを見ていた。断層の入口は、閉じたり、開いたりしている……。もしもそこに、地球の船が迷い込んでいたら?
司の口元が、きっと一文字に結ばれたのを島は見た。
「ミッションでは、断層の入口から内部に向けて、ガミラスへの信号を送ることになっている。内部へは進入しない」司に、釘を刺すつもりで島はそう言った。「……危険過ぎるからだ」
神崎が手をあげて言った。「内部をコスモファルコンで偵察することも不可能でしょうか?」
神崎のその問いを聞いて、司が急に何か思い詰めたような目をしてこちらを見たが、島はすぐにかぶりを振った。「不可能ではないが、それは考えていない。確実に危険が伴うわけだから、許可はできない。小型機で調査に出るとしたら、それはヤマトの管轄だ。…勝手に飛び出したりするなよ」
神崎に釘を刺したような物言いになったが、実際島は、それを司に向かって言ったつもりだった。……だが、彼女はそれを聞いているのかいないのか、何かに取り憑かれたような顔で宙を睨みつけている……
「デスラーが特使をよこして以来、我々は返答を待っていた…だが、一向にそれがない。先方に何かアクシデントが起きていると考えるのが妥当だが、過去の記録からしても現在のガルマン・ガミラスの勢力を脅かすほどのアクシデントなどそう考えられない……最悪のケースを想定すれば、ガミラスはまたもや惑星間戦争に突入しているか、もしくは天変地異によって壊滅的打撃を受けているかのどちらかだ。いずれにせよこの先は充分警戒して進まなくてはならない……出航直前に、ポセイドンに主砲が増設された理由はそれだ」
島は、ちらりとまた司を見る。彼女は、眉間にしわを寄せて険しい顔をし、視線を落して足元のスクリーンを睨みつけていた。
「断層内部を通してガルマン・ガミラスへ通信が届けばラッキー、届かなくても何らかの反応があれば良しとする。反応がない場合は現状のまま、通常予定航路を使い、太陽系を離脱次第、連続ワープに入る」
島の説明が一段落付くと、カーネルが後を引き継いだ。「では、作戦を説明する…」
朝のブリーフィングに続き、次元断層についての作戦発表があったので、第一艦橋は騒然としていた。
「ねえ、みんな」
唐突な司の声に、ん?と皆が振り返る。
「昔、ガミラスと戦っていた時にも、ここに次元断層ってあったのかな。…誰か知ってる?」
「……知ってるわ」赤石が片品の隣の席から答えた。皆の視線が今度は赤石に注がれる。「私、……冥王星会戦に参加していたから」
えええーーーーっ!!!と声が上がった。鳥出と新字が、ほぼ同時に仰天して立ち上がっていた。
「…てことは、赤石、沖田艦に乗ってたのか!?」
新字は羨ましいといわんばかりだ。2199年末頃のガミラス戦役冥王星会戦で生還したのは沖田十三の旗艦ただ一隻だけだったことはあまりにも有名な話だ。赤石は伝説の初代ヤマト艦長沖田のもとで働いていたということになる。
「…レーダー手ではなくて、…あの頃は……下っ端の観測員だったけどね」赤石は、歳がバレたかな、といった顔で苦笑した。実際彼女は、見た目こそ年齢不詳だが、島や古代より幾分年上なのだ。
「赤石さん」司は席を立って、赤石に詰め寄った。「その頃も、この辺りに次元断層はあったんでしょうか」
「あったと思うわ。……あの頃は、観測不可能な異次元空間が突発的に現れるということで、かなり慎重に迂回して進んでいたはずよ」
「………その中に入ってしまったら、どうなるの…?」
赤石は、司の顔を凝視した。
どうしたの……?司さん?
「……それは…分からないわ。艦長が言ってたでしょ。…危険だって」
「でも」司は食い下がる。「ガミラスの艦は、そこを通って来たんでしょう?航路として、使ってる、って事でしょう?」
「ちょっと待ってよ、司さん…。私にはそこまでは分からないわ。ガミラスの船が平気だからって、地球の船も通れるとは言えないでしょ?……どうしたのよ?」
言われて、司ははっと我に返る。
怪訝そうな顔をして、皆が自分を見ていた。
「………なんでもない。ごめんなさい…っ」
言い捨てると、司は半分駆け足で、第一艦橋から飛び出して行こうとした。
「ちょっと、どこ行くの!作戦開始まで間がないのよ?」
赤石の声が背中から追って来る。司は立ち止まり…振り向いた。
「……えへ、トイレ」
なんだ、脅かさないでよ…。赤石だけでなく、他のクルーも呆れた、という顔をしてこちらを見ていた。
「ごめん」
——飛び出して行くなよ。
島艦長はそう言った…だが、じっとしていることなど、司にはできなかった。
*
第一艦橋からエレベーターで下ると、まず階下の展望室に出る。非常用リフト(一人乗りの昇降機)は通路、ホールの随所にあるが、エレベーターは階下のフロア直通のものはない……放射能漏れや防火対策のために、上下階を隔てる隔壁が各フロアに設けられているからだ。
すべてのクルーが部署に付いている今は、そこには誰もいなかった。
——格納庫へ直通するエレベーターめがけて、展望室を駆け足で横切る。透明度98%の硬化テクタイト製、厚さ120センチの大きな窓いっぱいに暗褐色の惑星が見えていた。横目でそれを見上げながら。
件の次元断層が…過去もあったのなら……。
<きりしま>が何の痕跡も残さず消息を絶った理由は、それなのではないか? 次元断層内に、迷い込んだ……だから……!
(お兄ちゃん。…あたし、ここにいるんだよ!!今までで、一番近くまで……来てるんだよ……!!)
我知らず、涙が目尻からこぼれ落ちていた。
年に数回太陽系外縁を巡回する、太陽系外周警備艦隊の一隻として、戦艦アルテミスで何度かこの冥王星宙域を通過したことはあった。だが、今はそれよりもずっと近くに……、兄の艦が最後に記録された座標の近くにいるはずだった。そして、付近に次元の裂け目が存在することも、…それがガミラスにとっては航行可能な通路として使われていることもはっきりした。<きりしま>が消えたのには、他にどんな理由がある?!
格納庫に続くエレベーターに辿り着き、階下へ向かうボタンを叩く。
「司!」
唐突に背後から呼び止められ、彼女は飛び上がらんばかりに驚いた。
エレベーター脇にある非常用リフトで、第2艦橋から上がって来た島が、彼女を見つけて声をかけたのだ。
「か…艦長……」
「ここで何をしてるんだ。作戦開始10分前…」
言いかけた島の顔に、僅かに驚きの表情が浮かんだのに気付き、司は慌てて頬を手の甲で拭った。
……今さら取り繕ってもバレバレだ。泣いていた、って解ってしまったのだろう…
しかし、島は見て見ぬ振りをしようと決めたのか、視線をそらし、声を落して彼女を促した。
「みんな作戦開始時間に向けて忙しいんだ。早く戻りなさい」
正直なところ、島は取り乱している司の頬に涙の跡を見てしまい、少し後悔していた。兄の話をしていた時、こいつは…笑ってさえいたはずだ。泣くほど…思い詰めていたのだろうか。
「…先に教えておいてやれば良かったな。…すまない」
島の言葉に、逃げ出そうとしていた司は目を見開いた。島には、数日前に食堂で兄の話をしたのだ。
「…お前のお兄さんの話を聞いた時、実は…次元断層のことを話すべきかどうか迷ったんだ。お前が思っている通り、次元断層内はおそらく我々にも航行が可能な空間だろう。…<きりしま>がそこへ入り込んでいたとすれば、…どこかにまだ…乗組員も生存しているかもしれない……、あり得ないことじゃない。…冥王星付近で行方不明になって、結局他の星で生きていた人も、現実に軍に…いたからな」
古代の兄、古代守の事である。彼は先の暗黒星団帝国戦で没したが、司も知っているはずの参謀総長だった人間だ。
「軍に……?!」
司を落ち着かせるのに、この事実を話すことがどれほど役に立つかはわからない。だが、情報を得ることで少しでも冷静になってくれるのなら…と島は肚をくくった。
「これは、第二級機密だから、口外しないで欲しいんだが、……お前も司令部で見かけたことくらいはあるだろう?亡くなった古代総参謀長だ」
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