奇跡  恋情(12)




「<きりしま>…? 随分前の艦だな」
 <ゆきかぜ>と同型艦だ。じゃあ、…古代の兄さんと同期くらいか…?
「ええ、今はもう一隻も残っていない型の船です…兄の<きりしま>は、ガミラス戦の時、冥王星付近で計器故障を起こして、……それっきり行方不明で」
 司はオレンジジュースのグラスをテーブルにことんと置いた。
「……それはすまんことを聞いた」
「いえ」



 亡くなったお兄さんのようになりたい、という彼女の思いは理解できないこともない。だが、ここは励ますべきなのか、それともただ同調して頷けば良いのか、と島は戸惑う。

 司はニコっと笑った。
 まあとりあえず、愛想笑い。
 ——同情されるのは苦手だし。

「私、兄が死んだなんて思ってないんです。できるなら、探しに行きたい。…それが動機でした。ほら、月基地でファイターに乗ってても、月以外の場所に行くにはやっぱり大型艦に乗らなきゃだめじゃないですか……だから、ヤマトに配属された先輩たちが…凄く羨ましかった」
 早口でそう言って、ちょっと言葉を切り。司はぼそりと付け足した。
「……<きりしま>は…撃沈されたんじゃないんです、ただ…消息不明になっただけだから……」
 言ってしまってから、はたと口をつぐんだ。


……こんなことを艦長に話して、一体どうなる?——


 見ると島は、司の話を聞いているのかいないのか、窓の外に視線を投げていた。艦の速度は30宇宙ノットだ。土星がゆっくりとその全貌を窓の中に収めつつある。島の脳裏にはある人物が浮かんでいた。

 親友・古代進の兄、守。

 古代守の<ゆきかぜ>は、くだんの冥王星付近での艦隊戦で被弾し、消息を絶った。<ゆきかぜ>の艦体はなぜかこの土星の衛星の一つ、タイタンで発見されたが、古代守自身は地球人を研究する目的のガミラス艦に回収され、どう回り回ったかイスカンダルで生き延びていたのだ。

 宇宙には無数の惑星国家がひしめき、奇遇にもこの銀河系には幾つもの来訪者、侵略者が訪れる。守以外にも他の宇宙人に助けられた地球人がいても不思議は無いんじゃないか。——だが、故・古代守総参謀長の過去について司が知っている訳ではないことを思い出し、口にするのは踏みとどまった。

「…そうか。戦死の記録がないのだったら、捜索するのを諦める理由はないものな」
 えっ…。
 島がそんな非生産的な意見を言うとは正直思わず、司は驚いた。自分だって、馬鹿げた考えだと思っているのだ。諦めないでいたとして、捜索する手段など皆目ないはずなのに。
 しかし司はテーブルの縁に両手をかけ、ほんの少し乗り出した。
「……そう思いますか?ホントに?」
 <きりしま>は消息不明とされただけで、艦が爆発した、もしくは消滅した、などという記録が残ったわけではない。はっきり言えば、通信が途絶えただけなのだ。
 ……諦めないでも、いいですよね……!?
 そう問いかけようとして、司は言葉に詰まる。



 だから、島艦長にそんなことを訊いて、どうなるっていうのよ?——



 自分に落ち着けと言い聞かせ、力ない愛想笑いを浮かべる。
 島は、司をまじまじと見た。
 ……俺だって、この目でその最期を見てもいないのに大切な人が死んだと思いたくはない、そうだ…今に至っても。司の兄も、そして——愛するテレサも、きっとどこかで生きている…、そう信じてもいいのじゃないか…と島は思った。

「……そうだな。奇跡は、……本当に起きることがあるから…」
「奇跡は本当に起きる…ことがある?」
「…ああ」
 もちろんそれは、気休めに過ぎないだろう…だが、それにしては、…きっぱりと。
 島が真顔で呟いた一言が、司の心に響いて残った。
 ——素直に、嬉しかった。

 


 
「じゃあ、艦長、私はこれで」
 妙な沈黙の後。
 島の皿を自分のトレイの上にさっと重ねて持つと司はそそくさと席を立つ。その色白の頬がほんのり紅くなっているのを見て、島は素直に「可愛いな」と思う。
「ああ、いいよ、自分で片付けるから」
「とんでもありません、艦長。では、お先に失礼いたします!あっ、あああ……っとと」
 司は敬礼しようとしてよろけたが、危うくトレイを落とす寸前で持ちこたえ、照れ隠しに「アハ」と笑って、閑散とした食堂を回収ボックスのある方へ横切って行った。


 …ドジだな、と島は苦笑する。
(だが見かけによらず……苦労してるんだ)

 司には、天真爛漫に育って来た天才少女、という印象があった。家庭の事情なんぞ履歴書には出て来ない…だが、今回の旅の条件として、親族を3親等まで書くことが義務づけられていた。が。…司の履歴書には、1親等の家族すら、記載されていなかったことを島は思い出した。

 司の、おそらく最後の肉親が消息を絶った冥王星宙域。
 ……そこには、艦船の航行できる次元断層がある。このトライデントプロジェクトを再始動させるきっかけになったのが、その次元断層から現れたガミラス艦だった。…ただ、地球の船が次元断層に進入することはできない……だから、乗組員たちには次元断層がガミラス艦にとって航行可能であることは、まだ知らされていなかった。

(司の兄の艦<きりしま>が、次元断層内に入り込んでしまっていたのなら…、あるいは…)

 これだけあちこちの太陽系内惑星に基地が建設されているというのにその残骸すら見つからないのは、確かに不自然なことではあった。粉々に消し飛んでいたにしても、大型駆逐艦である……その痕跡は何年間も磁場嵐や放射線の滞留となって残る。どこかの惑星に墜落していても、太陽系内で地球船籍の艦の残骸が観測上見つからない、ということは今の時代もう無いに等しい。例外は、異次元空間に滑り落ちてしまった場合だ。それがブラックホールであれば乗組員の生存は望めないが、冥王星付近にはそもそもブラックホールなど存在しない……
(……ガミラスなら断層の内部を捜索できると、あいつが知ったら……それだけで頭がいっぱいになっちゃうだろうな。だが…今回はそれが目的じゃないし、第一そんな要求をガミラス側にするわけにはいかない……)

 手を伸ばせば届きそうなのに、司のその願いを聞いてやることはできないのだ——


 この先予定されている、冥王星付近での次元断層入口の観測と内部への通信について、ブリーフィングでどう発表するか考えつつ、島はゆっくり立ち上がった。

 

 

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