奇跡  恋情(10)




 

 やはり、思った通りだった。総統は、彼女の反物質エネルギーを兵力として期待しているのだ。

「タラン副総統、そのことでございますが……」
「なんだ」
「今現在、あの女には、回復の兆しが全く見られません。仰います通り、あの者にはかつて強力な能力があったのでしょう。しかしよしんば彼女が目覚めても、意識的に能力を発現させることができるかどうかは疑問です。そもそも、反物質エネルギー発動の構造は二重になっていますが…そのことにはお気付きでしたか」
 タランは眉間にしわを寄せ「いや」と応えた。思いがけない、といった面持ちだ。

「彼女は元々、生まれながらにサイコキネシス能力を持っていたようですが、反物質はそのPK能力の一端として、彼女自身が呼び出す形で発現していたと考えられます」

 タランは、かつてテレサが強力な電波によってガトランティスの通信回線を無理矢理こじ開けたことを記憶していた。言われてみればあれは確かに、反物質パワーではなかった。一方、白色彗星の母艦に接触し爆発させた時の光芒は、明らかに反物質の起こす対消滅の威力であった。デスラー艦の観測デバイスにもそれははっきりと計測されていた。

「…むう、すると…、まずはサイコキネシスの発現が先だということか」
「その通りでございます。サイコキネシスが甦らない限り、反物質エネルギーを呼び出すことはありません」
「……あの女のPKは復活しないと、お前は判断するのか?ウォード」
 副総統はひどく落胆した様子だ。
「まだ何とも申しあげられませんが」
「ううむ……。とにかく、彼女に一刻も早く目覚めてもらわねばならん」


 実際、アレスはこの半日、幾度かテレサが目を開き、声にならない言葉で何事か話すのを目撃していた。この分ならば、彼女がしっかり覚醒するのにさほど長い時間はかからないだろう。しかし、その時点で彼女のサイコキネシスが復活しないとわかれば、デスラーは彼女をどうするのだろう…?彼女の身の安全は、保障されるのだろうか……
 急に心配になる。
「……タラン副総統」出過ぎた真似をすれば首が飛ぶが、それでもかまわない。一体この思考回路はどうしたものか…自分に戸惑いながら、アレスは申し出ていた。
「彼女の身柄を、私に預けてくださいませんか」
「……?」
「ここはあまりにも無機質過ぎます。目覚めた彼女が超能力を回復できるよう、もっと環境を整えてやる必要があります…、たとえば…彼女の故郷に似た環境を与えるなどです」
「……なるほど、そうか。…では総統府の階上の間に部屋をあつらえさせよう。お前は主治医としてそちらに移るが良い」
「は、……有り難きお言葉……」


 厄介だな、とアレスは思った。副総統はかたくなに、ともかく彼女が覚醒しさえすれば超能力が戻って来ると思っているようだ。もちろん、目覚めた彼女に対しての働きかけ次第で、事態は進展するには違いない。だが、総統府に入ってしまうと、おいそれとは外の世界に出られなくなる…


(…どうにか…彼女を自由にしてやることはできないか…)


 そこまで考えている自分に気付き、アレスははっと我に返った。私は一体、どうしたというのだろう…この感情は、一体…何だ?
 認めたくない不思議な感情に支配された我が身をあざ笑うように、アレスは小さくかぶりを振る。モニタ室の、磨き抜かれた金属製の壁に映る、戸惑ったような顔の自分……

(……黒い髪…)

 ヤマトの乗組員、テレサが唯一反応した男の姿を思い出す。
 シマ・ダイスケ。

 その男も、自分と同じような黒髪だった。自分の、この黒い髪に彼女が何かを想起しているのだとしたら。…一体どういうわけか、今度は心ならずも胸が焼けるようだ。


「…副総統、一つ伺いたく存じますが」考えが混乱していても、理屈を通すことは忘れなかった。女の名前については、教えられてもいないのに訊くことは躊躇われたが、主治医に任命されたのであれば話は別だ。「彼女を、なんと呼んだらよろしいのでしょう? 副総統は、あの者の名を、ご存じなのではありませんか?」
 タランは一瞬思案したが、腹を決めたように頷く。「ふむ…。お前には教えておく必要があるだろう。…実はあの女は、……テレザートのテレサなのだ」
「……テレザートのテレサ!?」
「お前もガトランティスにいた男だ…、覚えていよう。恐るべき能力を秘めた女だ」


 やはりそうだったか……。
 アレスはわざと少々大げさに驚いてみせたが、そんな必要は実際無かった。タランはテレサの反物質エネルギーが枯渇しているかもしれないという可能性に心底困惑しており、アレスの顔などまるで見ていなかったからだ。



 



 午前6時。


 ぐっすり眠った…とはお世辞にも言えなかったが、短時間で熟睡した方だと思いつつ、司はまだ眠い目をこすりながら朝食をとりに食堂へ向かっていた。
 前日の訓練でまだ身体がグタグタだ。毎朝やらなきゃ気が済まない…とはいえ、とてもではないが今朝はジョギングをする気にはなれなかった。

 食堂には勤務前に軽い食事をとる目的の者が数人、まばらに腰かけている程度である。フルオートメーションの給仕スタンドで、3種類ある朝食のメニューから一つ選んでボタンを押す。しばらくして、トレーに奇麗に盛られた食事を持った司は食堂内を見回していた。……と。


「……あ」
 島が数列離れた窓際の席に、こちらに背を向けて座っていた。

 ちょっと驚く。艦長は当然、士官用食堂で食事をとるものだとばかり思っていたからだ。艦長服の上着は椅子の背に引っかけてあり、パッと見はそこにいるのが島だとはわからない。


(艦長、なんでこんなところでご飯食べてるんだろう…。みんな気がついてないのかな)
 …そういうわけでもなさそうだった。見ていると、4、5人の女子隊員が島に軽くお辞儀をしながらその傍を通り、こちらに歩いて来る。生活班の下士官たちだ。歳の頃はハタチそこそこ、成績も良くて見た目も可愛らしいお嬢さんたち。彼女たちの「おはようございます艦長」の声に、島が「ああ、おはよう」と答えている。グループのうち二人が顔を見合わせて頬を染め、くすくす笑い合っていた。

 彼女たちは司の横を通り過ぎ様、さっと顔色を変えておしゃべりをやめ、そそくさと足早に食堂を出て行った。そのうちの一人が、取って付けたように頭を下げる…
「おはようございます、航海長」
「あ…ええ、おはよう」

 ……なによ。どういう態度の違い?
 不愉快そうな顔をしていたんだろうか、私?
 気分、悪(わる)。

(…馬鹿みたい。艦長も艦長だよね。…人気取りのつもりなのかな…士官食堂でご飯食べればいいじゃない。こんなとこに出て来ないでさぁ)
 あたしは全然、艦長のファンなんかじゃないし。
 言い訳がましく自分で自分に念を押していることに気付き、司は少しばかり訳の分からない焦燥に駆られる。



 どうしよ、めんどくさいな。……おはようございます、くらい言うべきかしら…



 おかげで、まだ座れてもいなかった。自分と島との距離は、テーブル席3列分は離れていた。万が一彼がこっちを見たら、挨拶すれば良いや。
 と思った途端、島が振り向き——目が合った。
「…おう、司」

 

 

11)へ           「奇跡」Contents