奇跡  恋情(7)




 一方、ポセイドンとヤマトは、デスラーからの特使が伝えたという新たなガルマン帝国の本拠地に向けて、一路アンドロメダ星雲を目指し海王星付近を航行していた。

 ここ海王星周回軌道付近の宇宙うみは、急に他の太陽系外惑星との距離が広がるため、まるでもうすでに外宇宙へ出てしまったかのような錯覚を旅人に与える。…宇宙が、暗いのだ。この先の里程標、冥王星周回軌道まではまだ数光年あり、冥王プルートウのその姿はここからはまだ見えない。同道する<ポセイドン>も、護衛のヤマトより後方を航行する……このヤマトの第一艦橋からは、ただ茫洋と黒い海が広がっているのが見えるばかりであった。

 地球標準歴2203年、ガルマン・ガミラスは銀河系の中心部に存在する、彼らの祖先の築いた星を本拠地に一大帝国を築いていた。だが、デスラー不在の折りに未曾有の天変地異がその本星を襲い、大帝星はその領空もろとも滅亡したのだった。
 しかし彼が統治していたのは銀河の中心部だけにとどまらなかった。かつて白色彗星が統べて来た、アンドロメダから銀河にわたる外宇宙の星々もまた、彼は手に入れていたのだ……そして此の度は、はるかかなたのアンドロメダ星雲に新たなガルマン・ガミラスを築いている。




「……デスラーの使いが通って来た、っていう次元断層は、ずっと以前にサルガッソから抜けたことがあるトンネルとは違うんですか」相原が古代に尋ねた。

 相原の問いに、うん、と頷き。艦長の古代は腕組みをする。

「次元断層内部では時間の進み方が通常宇宙空間とは異なる。彼らはおそらく、ショートカットとしてそれを使っているんだろうな。…あっちが通って来られるなら、こっちだって、って言いたいんだろ?相原」
「ええ、まあ…。だってこっちからは連続ワープを毎日やって、やっと3ヶ月でどうにか到達できる距離なんですよ?ずるいよなあ…」
「科学力の差、もあるだろうが……俺は妙に腑に落ちないものを感じるんだよ」真田が話に割って入った

「腑に落ちないもの?」
「うむ。次元断層内部はガミラスの科学力を持ってしても、航行するには危険なルートであるはずだ。それが、わざわざそこを通って来ている……まるで通常宇宙空間に問題がある、といわんばかりだ。それに…、最初の特使のあと、我々がガミラスへ向かうと返答してからデスラーが何も言って来ない、というのが俺はどうしても気に食わん」
 真田がデスラーの態度のことを言っているのではないことは、勿論全員が理解していた。
「……返答の出来ない状況にあるとは、思いたくはないが」
「ガミラスで何かが起きている、とでも?」古代が皆の懸念を口にする。
「また惑星間戦争かもしれませんよ」南部が肩を竦めた。「デスラーだからな。侵略戦争やって、自分たちがまた危うくなってるんじゃないのか?」

 南部は冗談まじりにそう言ったが、古代は笑えなかった。まさに、デスラーとはそういう男なのだ。あの男の飽くなき征服欲はそう簡単に枯渇することはないだろう。現在の彼が休みなく行う侵略は、もはや祖国の民を思うが故の、苦渋の選択などではない。彗星帝国ガトランティスほどの残虐さは無いが、ガルマン・ガミラスは、ボラー連邦を打ち破って以来、確実に強大になりつつある。
 
 不死鳥のように何度でも甦り、その都度さらに領土を拡大し続ける元首デスラーのカリスマ伝説は宇宙に轟き、今や無条件で服従する惑星国家も多いと聞く。地球連邦は、デスラーの個人的な温情もしくはフレンドシップにより、その庇護のもとにある——実のところそれはかなり特殊な位置と言えた。無害かつ非力なるが故に自治権を認められたに過ぎないとはいえ、ガルマン・ガミラスの勢力圏内にあって完全な独立宇宙国家として地球が存在できること、それ自体が宇宙的規模で言えば尋常ならざる事実であった。

「惑星間戦争にまた巻き込まれるのはご免だな。今回我々は、ガミラスの盟友国として招かれているも同然なんだから、以前のように勘違いで拿捕されたりすることはないだろうが…」古代は腕組みをして溜め息を吐いた。
 デスラーの統べる帝国はあまりにも規模が大きいため、往々にして末端にまで情報が行き届かない…6年前にはそれが原因で、ヤマトと地球は手ひどく害を被ったこともあったのだ。
「……まあ、確かに地球の資源をよこせ、ていうのなら問題だけど」相原が首を傾げた。「廃棄物ですからねえ?何に使うか知らないけど、彼らにとっては資源になって、こっちは地球がきれいになるんだから、願ったりかなったり、じゃないですか」
「そこだよ」真田が相原の言葉を拾う。「俺たちは、なぜデスラーが核のゴミを欲しがるのか色々考えてみたが、上手く説明のつく答えが見つからない…なあ、古代」
「ええ。放射能はガミラス人にとって無害だということは分かってますが…一体、何に使うのか…。デスラーは資源として使う、と言ってましたがね、一体何の資源なのか…」
「謎が多すぎるんだ」真田は溜め息をつく。「この先、危険なのか、安全なのか。せめてそれさえ分かっていればな…」
「今さらまさかとは思いますが、デスラーからの特使、っていうのは、本物でしょうね……?」太田が心配そうに訊くので、それは大丈夫さ、と真田が笑顔で応えた。送られて来た画像の、彼の声紋や網膜照合データ、画像・音声の周波数、その他諸々すべてが正真正銘本物だった。
「とにかくガミラスへ向けた通信回路は常にオープンにしていてくれ、相原」
「はい、古代さん。定時には必ずこちらから呼び掛けもしてますから、何か返事が返って来たらすぐに知らせますよ」
「…さて、あちらの船の新人さんたちは今頃どうしてるかな……」



 正確にはポセイドンのクルーたちは「新人」ではない。各々、各基地から選抜されたいわば精鋭ばかりである。しかし、彼らはほとんどがヤマトに乗り組んだ経験の無い者ばかりだ。想像を絶する戦いの旅を幾度も乗り越えてきたリーダーの組んだスケジュールに、ちゃんとついて来れているだろうか?
 古代はポセイドンのクルーたちを心配しつつそう言ったが、さて操縦席の北野がこれまでずっと黙りこくっていたのに気がついて、その顔を横からちょっと覗き込んだ。北野は黙ったまま、操縦桿に手をかけ、うつろな目をして前方を見つめている。
「おい、北野」
 返事はない。
 そういえば、北野は戦艦、ことにヤマトの操縦に関しては長いブランクがあった。さすがに戦闘行動を15時間も続けていると疲れが隠せないのだろう。まるで目を開けたまま寝ているような有様の北野を見て、古代は微笑んだ。
「……太田の非番明けまで、もうちょっとガンバレよ」
「は?…は、はいっ!!」
 古代に妙に優しくそう言われ、北野は急に目が覚めたようだ。艦橋中に響く声で返事をし、全員の笑いを買った。


                *


「……参った……もう…駄目…」
 さて、こちらは正真正銘、ポセイドンの「新人」である。

 自室のベッドに倒れ込み、瞼が自然に塞がるのを堪えつつ、せめて着替えてから寝よう……、と司は必死に考えていた。
 連続15時間の放射能漏れ訓練と消火訓練に引き続き、当直をこなしてからの非番入りだったので、彼女がこの自室に戻って来られたのは出航してから実に28時間ぶりだ……くたくた、へとへと、を通り越して、もうぐにゃぐにゃだ。しかし、島をはじめ機関長、坂入工作班長らはまだ第一艦橋にいる。
「……これ、毎日やんのかなあ……」
 島艦長ってば、優しい顔してまるで鬼軍曹じゃん……——



 実は司だけでなく乗組員の半数が、島はそれほどハードなローテーションなど組まないのではないか、とたかをくくっていた。それは彼が、一見まるで体育会系には見えないせいなのだろう。だが誰しも失念しているようだが、マラソンランナーは皆、無駄の削ぎ落された身体をしているものだ。「鬼の古代」の相棒、元ヤマト副長・島に、鬼よりは甘いイメージを抱いていた者は少なくなかったが、皆一様に今さらながら後悔しているに違いない。

 訓練の内容はかなりハードだ。しかも、航海はこのまま続くのだから、否応なく「毎日がこう」だ、ということである…。確かに、ヤマトの島副長といえばいつ睡眠を取っているのか分からない、と聞いたことはあった。しかし現実にそれを目の当たりにしてしまうと、もはや降参するしかない…。

(ていうかさ、艦長って不眠症なんじゃないの?!)
 へたばりつつ、ちょっと心配もしてみる。
(ああ、…そんなことより…着がえて、…寝なきゃ…)
 この際、シャワーはあとでいいや。
 そう思いつつも、司の瞼は閉じられたままになった。
 その時刻には、ポセイドンクルーの半数が皆、泥のように眠りこけていたのは言うまでもない。



 第一艦橋では、島がメイン操舵席についていた。あと5時間ほどで木星周回軌道を過ぎる。この先木星宙域は、通常輸送艦の航路、軍の機密に関る特殊輸送艦航路、観光船航路、そして太陽系外周艦隊の警備巡回航路などが一度複雑に交差する。<ポセイドン>の航路はあらかじめ優先的に空けられてい
るはずだが、地球標準時間で言うところのいわゆるラッシュタイムにあたるため、通過に際して慎重を期すべきなのは言うまでもない。それに、ガニメデに本社を置く報道機関もある……出航の時のようなアクシデントがないとも限らなかった。
(だが、まあ…最初に休憩に入った大越が起きて来たら、木星宙域のジャムは任せるとするか。カーネルと片品がいれば大丈夫だろう)

 木星の美しい縞模様が遠くキャノピーの外に展望できる。ここからでも4つのガリレオ衛星のうちの幾つかが目視できた。
 第1番衛星イオと第2番衛星エウロパには木星重力との関係で巨大な潮汐力が働き、それが内部の火山活動を誘発している。この第1と第2番衛星は、かつては生物の痕跡探しに人類が躍起となった衛星だった。9年前には衛星基地が建設され、ガトランティス戦では土星のタイタンに総司令本部を置く地球連合艦隊とともに絶対防衛ラインを張ったこともある。だが残念ながら当時の戦いでその二つの基地は壊滅的打撃を受け、現在では稼働していない。後世、比較的地殻の安定したガニメデ、カリストに基地が再建され、現在イオとエウロパには奇特な探検家が立ち入る程度となっている。
 第3番衛星ガニメデには資源輸送艦隊基地、そして第4番衛星カリストには防衛軍の太陽系外周警備艦隊基地があったが、<ポセイドン>を旗艦とする第一次特殊輸送艦隊は、そのいずれにも寄港の予定はなかった。



 当直の赤石は、辛抱強く定時観測を続けている。片品と鳥出が先に非番に入ったので、通信回路の維持も彼女が担っていた。

「……第1太陽系外周警備艦隊から航路についての連絡が入っています……地球標準時間午前3時20分、SES45度よりNWN15度へ艦隊通過予定。…旗艦は<メレアグロス>。艦長は菱垣大佐です」
 島はメイン操舵席の背もたれを後ろに程よく倒し、自動操縦になっている操縦桿が艦の姿勢制御を行いながらゆっくり動くのを見つつ、赤石に応える。
「航路の通過に関しては問題ないな」「はい。当該座標、SES45度に当艦隊が到達するのは午前3時27分の予定です」

「よし。第一次特殊輸送艦隊旗艦<ポセイドン>、艦長島より了解、と伝えてくれ」
「了解」

 

 

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