奇跡  恋情(6)



      

「……あいつ、やっぱりうまいな」
 
 ヤマトの第一艦橋では、ポセイドン第一艦橋のやりとりを音声モニタしていた。島の言葉を聞いたクルーの誇らしげな顔を想像して、古代は微笑む。
 自分自身は「鬼の古代」として、力でクルーをひっぱってきた。だが島はそれをせずに乗組員の心をうまいこと掴んだわけだ。
「……肯定か」真田も頷く。
 島は、生来どことなくそれを体得しているようなところがあった——

「お前は間違ってないよ」「俺はお前を信じてるから」
 ………自分がヤマトの艦長に就任してから、そういえば何度、島にそう言われただろう、と古代は思う。
 島に悩みを打ち明けると、当たり前の批判や彼ならではの助言はしても、最後に必ず彼は古代を「肯定」した。「それでいい、自信を持てよ」と。それが計らずも自分の艦長としての成長を飛躍的に伸ばしていたのだと気付いたのは、二人をずっとそばで見ていた真田の、何気ない一言を聞いた時だった。

「人間にとって、ありのままを肯定される事は魂の糧ともなるからな」

(……だから、俺は島に……ヤマトに居て欲しいと思っていたんだな)
 古代は今さらながら、それに気付いて苦笑する。
 ポセイドンのクルーたちも、同じ気持ちに違いない。自分の能力を評価され、信じる、任せる…と言われることがどれほど、その個人の能力を引き出すことにつながるか。
(不思議だな。あいつはそれを、本能的に知ってるんだ——)

 

 コスモファルコン隊に帰投命令を出しながら、古代は思わずふふふ、と笑った。

「まったく、あいつには脱帽したよ」操縦桿を握らせていなけりゃいないで、また実に色んなことをしてくれるぜ…島の奴。
「はは…、そうだな」独り言のような古代の言葉に、真田も相槌を打つ。



 実は真田自身も(それは真に個人的主観ではあるが)島は操舵手よりも工作班の作業に向いているのかもしれないと感じることがある。
 今回も、ポセイドンのクルーには自動発信器の装着が義務付けられているが、それを提案し、体内埋め込み式の小型発信器を開発するよう要請して来たのは島だった。
 212人の乗組員全員が、常時どこにいるかを把握しようとするのは、ちょっとやりすぎじゃないか、と真田は言った。だが、その目的を聞いて真田は深く納得し、開発に手を貸したのである。

『僕の船からは、誰一人行方不明者を出すことはできないんです』——プライバシーには充分配慮した上で、通常管理は衛生班の医師が行い、有事の際にだけ各人の動向が分かるようにする。

 発信器は有事の際、居場所だけでなく各人の健康状態(心拍数、血圧、体温、脳圧等々、実に23項目)をもメインコンピューターに秒単位で送信する。これは、放射能漏れに対する身体の異常反応をいち早く察知するのに役立つばかりか、各人の安全を保持するためにも必要不可欠だった。万が一、外壁補修作業中の事故などで船外に飛ばされたとしても、発信器があれば追うことが可能だ。また、戦闘で多数の負傷者が出た場合にも、発信器からの情報を元に適切なトリアージが行われる……万一の際、より多くの人命を確実に救うために必要なものなのだ、と島は真田に熱っぽく訴えた。

 ——「生きて、還れ」

 それが、ポセイドン艦長としての、彼の最初の命令だった。船の長として、その命令を厳守させるために、乗組員をサポートできることは何でもしたい。その彼の気持ちが、真田を鼓舞したのだった。
「……あいつは、考えた以上にいい艦長になるよ」
「ええ。俺もそう思います」


 ……俺は艦長の器なんかじゃないよ、と苦笑いしていたくせに。

 やるじゃないか、島……!


 島は今や、古代に対する競争心や嫉妬心などという些末な感情は、すでに微塵も持っていないだろう。
(俺も、こうしちゃいられないぞ)
 古代は嬉しくなって、次の訓練行動を実行するべく、深く息を吸い込み立ち上がった。





 ガルマン・ガミラス総統府の地下、32階。
 真珠色の滑らかな床に、音もなく行き交う看護師たちと数体のアンドロイド。柔らかな白色の照明に照らされ、<ドール>は眠っていた。この科学局の特殊治療室では、引き続きその異星人の少女への治療が続けられている。

 電気信号による「ヤマト」の映像に、その後<ドール>は全く反応しなかった。アレス・ウォードは、あの時彼女が涙を流したのは、自分の思い違いだったのではないかと半ば思いかけていた。
 少女の身体の傷口はゆっくりだが徐々に塞がっていた。回復は非常に遅いが、人工羊水からは出すことができ、今<ドール>は乾いた寝台の上に移動させられている。

 彼女の治療に日々あたりながら、アレスは自分がこの少女に心を奪われつつあることを認めずにはいられなかった。総統に利用されるのは気の毒だという、ただの同情からだったのかもしれない。いやむしろ、彼女がこれほど美しくなければ同情すらしなかったのかもしれないが……。

 そして、ある日アレスが彼女の脳幹に送った別の映像が、彼の気持ちをさらに大きく揺さぶったのだった。

 




 宇宙戦艦ヤマトの映像をしつこく送り続けても、<ドール>は何の反応も示さない。ならば、と副総統タランはヤマト乗組員の、顔と声の分かる通信映像を彼女に送るよう、要求して来た。
(地球人……?やはり、彼女は地球人と何かあったのだな。確かにどういう経緯で彼女が反物質を彼らのために使うことになったのか、私も興味がある)
 タランはヤマトとの交信記録を山ほどアレスのもとへ送りつけてきていたので、与えられた記録映像の中からヤマトのメインクルーとおぼしき男たち(中には美しい女もいた)の顔や声を順に抽出し、合成するのにさして手間はかからなかった。

(……こいつが艦長のコダイ・ススムか)
 コダイの周囲にいる男たちは、しかし上下関係がはっきりしない。つい習慣で、艦長の下にいるはずの階級の人間を探すが、どうも良くわからなかった。彼らの着ている衣装にも、何か階級を表していると思えるものはない。
(勲章の類いを身に着けている者が一人もいない。いや、色に何か意味があるのか…?それとも、地球人は上下関係などあまり問題にしないのだろうか?)
 首を傾げつつ、色の三原色RGBに黄色を加えた4種類の色の制服の人間が話している映像を編集した。
 コダイ・ススム、サナダ・シロウ、シマ・ダイスケ、モリ・ユキ、アイハラ・ギイチ、ナンブ・ヤスオ、オオタ・ケンジロウ、トクガワ・ヒコザエモン……
 この中に、キーマンとなる人間は果たしているか?
 
 ただ内心、これをやって彼女が目覚めてしまうのは遺憾だった。少女のベッドの傍らに信号を送る装置を置き、インプラントケーブルをその頭部に接触させながら、アレスはその顔にかかった前髪をそっと整え、指で頬を撫でる。目覚めたところで、彼女にとっていいことはおそらく何もない。だが同時に彼は、この瞼が開かれ、その瞳が自分を見つめてくれることを期待せずにはいられなくなっていた。


 コダイを筆頭に、ヤマトクルーの声と映像を30秒くらいずつ流す。
 一通り流しても、何の反応もない。
(……キーは「人」ではなかったか…)
 アレスはタランの苛立ちを知っていたとはいえ、内心ほっと安堵した。こちらとしては考えつく限りのことはやっているのだ。


「……眠れ」
 一言、少女に言葉をかける。

 ——眠れ。反物質を2度と使わずに済むように……。
 私は可能な限り、お前を守るから……



 そのまま、アレスはじっと彼女の顔を見つめていた。——その時。
「………!」
 少女の眼がゆっくりと開いたのだ。
 うつろだが、美しい、碧眼。頬に影を落とすほど豊かな睫毛がその瞳を縁取り、血の気の無い乾いた唇が何か言いたげにほんの少し動いた。
 アレスは急いで、彼女の唇を湿らせた海綿で拭ってやる。それに気付いたのか、少女の瞳孔が急に締まり、アレスを…見た。


 正直、アレスはどぎまぎしていた。何と美しい瞳だろう。……視力は回復しているのだろうか…私のことが、見えているのだろうか? 
 少女が何か言いたそうに唇を動かす。だが、アレスは我に返り、彼女に話しかけた——「…喋らないで」
 しかし、少女は必死に何かを言おうとしている。
 私を、誰かと見間違えているのだろうか?
 少女は急に苦渋の表情を浮かべ、溜め息をついた。その目から、ふいに涙がこぼれる。
 アレスは少女の手を握ってやった。何か、とても哀しいことでもあったのか。ヤマトのクルーの中に、それを知る者がやはりいるのだろうか…?
 目覚めぬ方が彼女にとってはいい、と確信できても尚、アレスは彼女の身の上に一体何があったのか…、この哀しみに満ちた涙の訳を知りたい…と思った。そこで、ゆっくり、ヤマトクルーの名を口にしてみる。
「コダイ・ススム……サナダ・シロウ……」
 少女は目を閉じて、その言葉にじっと聴き入っているようだった。
「…シマ・ダイスケ……アイハラ」
 彼女の瞳が、大きく見開かれた。
「シマ・ダイスケ…シマ、か…?」
「……シマ……サ…ン」
 少女はその名を、愛おしそうに口にした。長い間言葉を口にしなかったせいか、その声は掠れてほとんど聞き取れなかったが…。そして、また彼女はひとしきり涙を流した。

 身体はまだ自力では動かすことはできず、傷口も癒えていない。喋ることは愚か、ものを飲み込むことも出来ない状態なのに、彼女はぴくりと手を動かし、宙をつかむような仕草をする。
 アレスはその手を、もう一度そっと握りしめた。
(……シマ・ダイスケ、か……)
 記録に出て来るその男は、黒髪に黒い瞳の、生真面目な顔立ちの青年だった。コダイ・ススムと背格好が似ており、主にヤマトの操縦を担っていたらしい。この男と……一体、何があったのだろう?この男と、彼女が反物質を使い地球を救ったこととは、一体どんな関係があったのだろう……?

「ヤマトは、もうすぐここへ来る。反物質を纏ったまま、……目覚めては駄目だ」
 アレスは、彼女が聞いているとは思わなかったが、そう言った。
(シマというこの男には、……総統からお前を守ることはできまい。……私が、なんとかしてやる。……シマには、渡さない)
 自分の中に急に沸き起こった、説明し難い感情にアレスは狼狽えた。<ドール>を目覚めさせることだけが自分の任務だというのに、一体、どうしてしまったのだろうか…。


 ふと目を落すと、少女はまた眠りに落ちたようだった。アレスはその手を握りしめたまま、彼女のこめかみにこぼれた涙をもう片方の手でそっと拭った。

 

 

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