奇跡  恋情(5)




 光の帯が2つ、ヤマト艦載機を前面に密集隊形をとった艦隊と船籍不明の艦隊との間に伸びてゆき、パアンと一帯の空間を照らし出した。
「ああっ」
 コスモレーダーに映らなかった艦船の個々のフォルムがはっきりと浮かびあがる……それは、漆黒の塗装も重厚な地球の戦闘艦だった。

「フォルムより識別!…地球防衛軍所属、<日向ひゅうが>型巡洋艦、<金剛こんごう>型駆逐艦です!」
「なんでえ、脅かしやがる!!」鳥出が額の汗を拭って言った。「だけど、なんだって応答して来ないんです?彼ら」
「……俺が管制していたからな」
 鳥出の言葉に、後ろから思わぬ答えが返って来た。
「ええ?!」「はあ!?」全員が異口同音に声を上げる。
 島は立ち上がり、艦橋全体を見渡して謝った。
「すまん!君たちを試させてもらった。……案外早く、あれが敵じゃないと気がついたな。あれは、火星に常駐する無人機動艦隊なんだ」
「無人艦隊?!」
「…これが…あの」
 噂だけは、全員が知っていた。


 2月に行われた太陽系内惑星合同軍事演習2209——。
 大規模な艦隊戦を想定したその演習では、地球防衛軍の主力艦隊としてUK・USA有人連合艦隊が、木星・土星基地連合艦隊の扮する仮想敵を迎え撃
つ、という想定でミッションが行われた。島少佐の率いる火星基地無人艦隊管制チームは、UK・USA連合有人艦隊の後方支援という形で布陣を敷いていたが、地球防衛軍の先鋒は次々と撃破され、防衛は火星付近まで後退。仮想敵の木星・土星基地連合艦隊は進撃を続け、地球の最終防衛ラインは数隻の有人駆逐艦と無人機動艦隊を残すのみとなった。最終的に有人艦隊より指揮権を委譲され、迎撃布陣を新たにした無人機動艦隊は、仮想敵の想像を上回るスピードで散開、包囲しこれを撃滅。有人艦隊をくだし、無人艦隊が地球を勝利に導いたのである。その演習の詳細は、全軍にとってセンセーショナルなニュースだった。
 
「大越、そっか、お前知ってたんだ……」
 桜井の声に、大越はヘヘヘ、と頭を掻いた。ここに居合わせた者の中で、彼はくだんの合同演習に島と共に参加していた唯一のクルーであった。
 副長のカーネルも満足そうに微笑んでいる。
「これを肉眼で見られるとは。光栄です…島艦長」
「副長も知ってたんですね!ああ…ったく、人が悪いなあ……!!」緊張が解けた途端、鳥出はへなへなとコンソールの上に伸びる。
「勘弁してくださいよ、心臓に悪いよ……」片品もそう言って座席にへたりこんだが、新字の声にぴょんと飛び起きた。 
「見ろ!撃って来るぞ……!」

 いつの間にか、漆黒の装甲板のあちこちに航海灯が灯り、煌めくばかりのイルミネーションに包まれた無人機動
艦隊の全砲塔がゆっくりと動き出していた。22隻の船の主砲がそろってこちらを向き……ついで仰角60度ほどに上がるのを、全員が見た。
「…違うわ、礼砲よ…!」赤石が呟いた。
「艦長!!」司が振り向いて、艦長席の島を見上げた。…島は、笑みを浮かべつつ、艦長席から両手を上げてみせた。「あれは、俺じゃない。火星基地からのコマンドだな」
 その瞬間、頭上のビデオパネルに火星基地司令官大崎の顔が映った。慌ててクルー全員は立ち上がり、敬礼する。

<……ポセイドンの諸君、ならびに護衛艦ヤマトの諸君…火星基地司令、大崎だ。驚かせてすまなかった。だが、島の予想通り、さっそく無人艦隊の正体を見破ったようだな。…ステルス装甲板の実用化第一号が、この艦隊だ。われわれもかなり、カモフラージュには時間をかけたんだが……。優秀な乗組員だな、島艦長?>
「大崎司令!ご無沙汰しております」島はあらためて大崎に敬礼した。
<本日午前零時を持って、島、君の火星無人機動艦隊指揮権を火星基地コントロールセンターに委譲する。あとは我々に任せて、安心して旅立ってくれたまえ…>
「なんだ……今日まで艦長って、あの艦隊の責任者だったのか?!」鳥出がきょとんとした顔で呟いた。
「……そうだ。書類上のちょっとしたズレだがな。いい訓練になっただろう?」
「ちぇェェ!やられたなあ…」
<はははは、今後はこういうびっくり箱はないぞ。すべて実戦になる。君たちの優秀さ、しっかり見せてもらったよ>
 大崎司令の愉快そうな顔には乗組員への賛辞も含まれていたから、それ以上だまされた!と怒る気になった者は一人もいなかった。



              *



 ずらりと並んだ22隻の戦艦が、順に礼砲を打ち上げ始める。
「……これが、島くんの…無人機動艦隊…」
 ヤマトでは雪が、大層感心したようにそう呟いていた。
「今日の午前零時まで、島さんはこの艦隊の指揮官でもあったんですよ。…まあ、書類上のことですけどね。トライデント計画が2ヶ月近く前倒しになりましたから」太田が嬉しそうにそう言った。

 暗黒星団帝国が侵攻して来た6年前、地球と月の間に展開していた初期の無人艦隊は、戦闘衛星をそのまま艦船型にしたようなものだった。50隻近くあったはずの艦隊はあっけなく全滅の憂き目を見、島は大層悔しがったのだ。同じ職場に部下として働いていた徳川曰く、二重銀河から帰還したのち島は、輸送艦隊勤務から戻る度、昼夜を惜しんで海底ドックの工作室へ詰めていたらしい。無人で作戦機動を行う艦艇の、システム設計からCICへのデータインプットまでをほとんど自らの手で行い、徹底的に<無人艦隊>の基本スペックを改良したのだという。
 既存の艦船<日向ひゅうが>型巡洋艦、<金剛こんごう>型駆逐艦が無人機動艦のベースに選ばれた。島のコンセプトに真田が入れ知恵し、南部重工と志村運輸がバックアップについて新造された無人戦闘艦は、全く新しいものに生まれ変わった。
 艦のCICに組み込まれた戦闘プログラムのうち、無人艦隊の動きの要となる操縦系統に関るものは、単なるシミュレーターのはじき出す計算の結果ではない。それはすべて、「ヤマト航海長/副長」として島大介が行ってきた、超弩級戦艦の操艦の軌跡を踏襲したデータの集積であった。50隻すべての艦の動きが、「島大介」の操艦技術と多彩なフライトパターンを縦横無尽に駆使して連携する様は圧巻だった。(過去にはそのデータの一部を使い、アナライザーが島不在のヤマトを操艦して秀逸な飛行データを残しているという実績もあり、その開発にはヤマトのCICも大きく貢献している。)
 通常の駆逐艦もしくは巡洋艦としての能力と、各艦につき3基までの小型戦闘衛星のオートコントロール機能を搭載した艦は、それぞれタキオン粒子を乱反射するステルス加工の施された硬化テクタイトの装甲板で覆われており、レーダーに発見されにくくなっている。また、特殊なイレギュラー動作にも対応可能な精密な遠隔操作は、ワープシステムと同様生体認識コードによって行われ、操艦士の声紋に反応する仕組みであった…つまり、いわば艦長が作戦を口頭で操舵手・砲雷手に伝えるのとほぼ同じスピードで、<アルゴノーツ>と呼ばれる自律制御システム(AACS)がコマンドを瞬時に理解し艦を機動させるのだ。
「俺があの艦隊に乗り組んでいたら!」という島の痛恨の一言が、ついに実現した艦隊であった。
 その有効性は演習で証明されている通り、有人艦隊に一歩も引けを取らないばかりか、ついに防衛網の機能としては地球随一と目されるまでになっている。


「あれにできないのは、波動砲攻撃とワープだけ、って話ですからね」南部が貴重なものを見た、といった顔で整然と密集体型を取った艦隊を眺めつつ呟く。さすがに、無人艦に波動砲を搭載することまでは上の許可が降りなかった。
「前の艦隊がやられちゃったときは、島さん、えらい悔しがってたもんな…。それにしても、なんか鬼気迫るものを感じるよ…」と相原。
「む…。あいつの、地球を守りたい、って気持ちは尋常じゃないからな」 
 真田がそう相槌を打つ。母なる故郷地球を守りたいのは皆同じだ。だからこそこうして、宇宙へ出て行くのだから。しかし、島のその気持ちには確かに尋常ならざるものがあった。

 
 22隻の放つ主砲の光は圧巻だった。
 ポセイドンとヤマトは、放たれる光芒に眩く照らされながら、火星宙域を後にした。



「すまなかったな、片品、鳥出。俺が操作していたから呼びかけられても応答できなかったんだ。識別コードシグナルは予め切っていたしな…」
 島は大崎火星基地司令との交信を絶った後、苦笑してそう言った。
「でも、ずっと艦長、こっちの艦のことをやっていたんじゃ…」
「まあ、ある程度は平行作業だ。AACS<アルゴノーツシステム>が搭載されているから、あの艦隊は状況を判断してある程度自分たちで動くんだよ」

 第一艦橋のメンバーは、ただ仰天するしかなかった。いくらあの無人機動艦隊が人工知能を持っているようなものだとしても。艦長としてあれだけ間髪を入れず指令を出しながら、同時に無人艦隊のコントロールをやっていたのだとしたら。
「……すげえ…」


 ——やっぱり、元ヤマトのメンバーは違うぜ…——


 誰もがそう口にしそうになったし、実際に鳥出と坂入は目を剥いて「すげえ」と呟いた。
「いや、…しかし、すまなかった。だがみんな、よく気がついてくれた。これから先、本当に未知の敵からの攻撃を受けることもあるかもしれん。だが、できる限り交戦は避けたいと思っている。ワープ明けや緊急事態の中で、敵襲を受ける可能性ももちろんあるし、今回のように相手が敵ではなく、助けを求めて来る場合だってある……その上、俺やカーネルがこの場にいない、という状況も想定しなくてはならん。その場に応じて適宜最善の判断を、君たち全員が下せるようになって欲しい」
 言いながら、島は全員を見回した。「俺やカーネルの命令を、ただ待っているだけじゃ駄目だ。おかしいと思ったらどんどん発言してくれ。こちらにはそれを受けとめるだけのキャパシティーがある。……司」
「は…はい」
「こんな状況で分離を強行するのは無謀だと、そう思ったなら言ってもいいんだ。相手が攻撃して来なかったから分離はスムーズに行ったが、もしミサイルでも飛んで来ていたら、確かにお前の言う通り無謀だったよ。今度は自分の頭で考えて行動しろ。いいな」
「はい…!」
 艦長命令は絶対だ。だが、実戦ではそればかりでは生き残れない……自分の頭で考えて行動しろ、その言葉の意味は第一艦橋クルー全員にとって、深長だった。
 なぜならそれは、島が第一艦橋クルーを「認めた」ということでもあったからだ。各自が命令を待たずにベストを尽くすことが、全体にとってのベストとなり得る——艦長である島が、自分たちにはその能力がある、と認めたに他ならないのだから。

 

 

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