「あれは……」
ヤマトでは、真田が艦隊を一目見て、相手が何者か言い当てた。
コスモレーダーに反応しないステルス宇宙艦——
「しばらく前に実用化されて、火星で製造された新型の艦船に採用されたと聞いてはいたが、まさか」
通常レーダー波を吸収もしくは乱反射して発見されにくくするステルス技術は何世紀も以前からあるが、タキオン粒子を放出しその反射によって反応を得るコスモレーダーに探知されない装甲板を使用した軍用艦の開発は、ごく最近のものである。宇宙光学式ステルス機能を持つガミラス艦が過去に目撃されており、真田もそのデータをもとに、防衛軍本部にいくつか研究報告を上げていたことがあった。
島からある程度の情報を事前に得ていた古代も、それを目の当たりにするのは初めてだった。
「まさか、例の試作品を使っているのか?古代」
「…ええ、その、まさかですね…。僕が聞いた話では、量産はしなかったそうですが。防衛軍でこの試作品を使っているのは、この艦隊だけ、のようです」
淡々と真田に答える古代の声に、他のクルーはきょとんとして画面を見つめるばかりである。
南部が唐突に声を上げた。
「あれ…って…火星の無人機動艦隊じゃないですか?」
「え〜??」
太田だけが、黙ったまま最初からにやにやしていた。…いや、北野も分かってはいたが、敢えて表情を変えずに事の顛末を見守っていたのだ。
相原が操舵席の北野を、次いで太田を振り返って………
「あーー!!」と口を尖らせた。「お前ら、知ってたな!?」
古代が太田を振り返り、参ったな、という顔で笑った。「太田……あれ、島の艦隊だろう……?」
太田はにっこり笑って、頷いた。「そうです。火星軌道の恒久軌道基地に常駐している第2無人機動艦隊、22隻ですよ」
「だれが操作してるんだ…?」
「…島さんです」
「島あ?」古代もそれには驚いた。真田まで、額に手を当ててやられた、という顔をして笑う。
「……どこから操作している…?というより…、これは…AACSだな?」
「エーエーシーエス?なんです、それ……?」
土門の問いに、太田が飄々と答えた。
「さすが真田さんですね……、当たりです。<アルゴノーツ自律航法制御システム>…通称AACS。訓練スケジュールの詳細が先に分かっていたでしょう?だから、それに合わせて無人艦隊がこの場所に来るようにコマンドセットしていたんですよ。無人機動艦隊各艦のコンピュータCIC(戦闘情報中枢)には、何万通りもの機動パターンが組み込まれてます…ベースは島さんのフライトデータとヤマト戦闘班のコンバットデータですが、この空域の航行条件や、こちらの動きに臨機応変に合わせて<アルゴノーツ>がコマンドを出して艦隊行動を取ります。パターン解析やCICへのデータインプットは僕も出航前にちょっとだけ手伝いました。…さっきまで、AACSはこちらがワープアウトしてきたのを探知して、迎撃態勢に入っていましたね」
「ええっ、なんだって…」
「安心して下さい、もちろん攻撃して来ることはありません。あっちの方が先に、僕らを友軍だと識別していますから…」
慌てた古代に、太田が笑顔で太鼓判を押した。
「そ、そうか、…それでただ接近して来るだけなんだな」
「ええ…自律航法制御で、友軍を出迎える陣形を取ってるんですよ」
「…なんと、まあ」
「ただ…」太田はコンソールに目を落し、ポセイドンの動向を確かめるようにモニタ画面を切り替えた。「ポセイドンが彼らを友軍と看做さず攻撃態勢に入れば、…話は別ですが。…島さん、味方識別信号を切ってるみたいですね」
「…ふうむ…」
島のやつ、まったく、人の悪い艦長だな…。
ポセイドンクルーが攻撃態勢に入れば、無人機動艦隊も応戦の形を取る、ということだ。古代は腕組みをしてパネルに見入った。左舷後方のポセイドンには今の所動きがない。ヤマトへ援護要請を出してはいるが消火作業訓練も中断していない。島は乗組員たちがどう判断するか、観察しているのだろう。
黙って見ていろ。古代には島がそう言っているのが解る——
「だけど、そういう一連のコマンドを出すには、艦隊に適宜信号を送ってないとだめなんじゃないの?」大パネルを見上げながら、相原が尋ねる。
「さあ、多分…出航から今までの間に、島さんがポセイドンの内部システムから指令を飛ばしてたんじゃないですか?方法は何通りかあるので、島さんがどうしていたかまでは、僕はわからない。いずれにしても、一旦AACSが作動すれば、あとはある程度自律制御で艦隊は行動するようになっていますからね」
「まいったな」真田がうなった。「あいつ、いつの間にこんな仕掛けを」
島ほどの技術を持つ人間がもう一握りと、無人管制で防衛ラインを作る艦隊がそれに見合うだけあれば。地球の、外敵に対する防衛網はこの上なく強固なものになるに違いない……。
しかも島の指令一つで、ポセイドンはあの大艦隊に護衛されることも可能じゃないか。しかし、それでもヤマト一隻にあの艦隊が劣ることを、島は承知しているのだ…。古代はそう考え、苦笑いした。
「……あっちのクルーたちは、知らないんだよな?」
「ええ…、見た所、まだ気づいていないみたいですね。火星基地司令も、新型装甲板の無人艦隊を仮想敵として使うのを許可してくれてる筈です」
太田はくすくす笑いつつ、同時に火星基地司令に覚えの良い島を誇らしく思った。北野はずっと黙ったままだったが、時折深く頷いていた。やっぱり、島さんはすごい…と思いながら。
「まったく…。ひでえ艦長だなあ」
古代も笑い出す。まあ、ともあれ、ポセイドンのクルーたちはどう出るか?惑うだけか、それともただ言いなりに動くだけか……、そもそも、仮想敵だということには気付くのか?
「ともかく、艦隊司令は島だ。要請通り、援護に出よう。南部、主砲発射準備。コスモファルコン隊、全機出撃……、V字体型をとって、艦隊の前面に展開せよ。相手は火星基地所属の無人機動艦隊だ。攻撃はするなよ」
ポセイドンでは、乗組員たちが刻々と近づいて来る船籍不明の艦隊に焦りを募らせていた。
艦底から神崎の声が上がって来る。<コスモファルコン隊、発進準備良し!>
「…熱源反応、距離50宇宙キロに接近」
「……反応、鶴翼へ散開します!…右方向へ10、左方向12」
「主砲、有効射程距離に入ります」赤石の声を受けて、新字が冷静にそう言い放つ。
「消火作業の人員は全員安全区画へ収容しました。セパレート開始準備完了」カーネルが艦内からの報告を受けてそう告げる。
「司、大越。シグマ・ラムダとも本艦より分離、ロック解除と同時に無人管制に入る」
「は…はい…でも」この状態なのに、分離する?
「でも、なんだ?」島は疑問を差しはさんだ司にその訳を聞きたそうにした。
「えっ、あの…っ、こんな状況なのに分離は…無謀かなと思って…」
島は黙って次の言葉を待っている。ぎょっとしたように、片品、鳥出、坂入らが司を見た。あのバカ、艦長命令に対して何言ってんだ!?
司もしまった、と思ったのか、すぐに撤回した。大越がちらっとこちらを横目で見る。
「申し訳ありません、なんでもありません!ロック解除と同時に無人管制に入ります」司は戦々恐々としながら、サブ操舵席の自動操縦スイッチを入れた。繊細な機動を行うためのバーチャルバイザーを装着する。
もうこの期に及んでは、躊躇したり迷ったりしている場合じゃない。
胸の動悸を押さえながら、慌てて計器とにらめっこし始めた司を見やり、島は後方の艦長席付近にいるカーネルを振り返った。カーネルは口元にほんの少し笑みを浮かべ、ゆっくりかぶりを振る……
「セパレーション開始!」
厳重にかかっていた磁力ロックが僅かな振動と共にはずれ、右舷と左舷双方から中央の本艦を残し、艦は3つに分離した。14万t級の本艦ポセイドンと、12万t級の2隻の輸送艦、シグマ、ラムダは3隻の文字通り艦隊となって護衛艦ヤマトの護る空間に列を成した。
「シグマ及びラムダはポセイドン後方へ移動、コスモファルコン第2分隊が後方支援に回れ!」
「熱源反応、距離25宇宙キロ!」
上下160度、左右300度の視界を持つバーチャル・バイザーの画面には、ラムダの艦首と艦橋を繋ぐ第一艦橋のパイロット席ヘッドレストに装填された、精巧なカメラからの映像が送られて来る。ポセイドンに居ながらにして、ラムダを手動で操縦できるのだ。発艦したファルコン10機との距離を秒単位でチェックしつつ、指示を受けた場所までラムダを後退させ、停止待機する……司はひょいとバイザーを上げて横目で大越を見た。
(…あれ……大越君、意外に冷静…)
後ろから飛んで来る片品や鳥出の声は、半分上ずっている……そう聞こえるほど、第一艦橋のメンバーは皆、目の前に迫る所属不明の艦隊に焦りを感じているのだ。それなのになぜだろう?大越の声も態度も、まるでこの状況に動じていない。むしろ、これを予期していた感がある……
(なんか変——)
司は艦長席の島を振り返った。島はこちらを見もしない。
そこで、司は再度鳥出に言った……
「……鳥出君、もう一度通信回路を開いて呼びかけてみて!!あれ、敵なんかじゃないかも」
「えっ…マジで?」鳥出がそういいながら、再度交信回路を開くよう先方に要請した。「……こちら、地球防衛軍所属、輸送艦隊旗艦ポセイドン!応答してください」
「識別信号にはやはり反応なしです」片品は司の言うことには半信半疑だ。「なんで敵じゃないって分かるんだ、司」
「……だって…コスモレーダーに反応しないって、…それは相手も同じ原理のレーダーを使ってるからじゃないの? だったら、未知の敵ではあり得ないんじゃないかな」
「………」
ガミラス、白色彗星帝国、暗黒星団帝国、ボラー連邦、ディンギル星…近隣宇宙の敵性国家はそのほとんどが、タキオン粒子の特性を利用したタキオンレーダー、通称コスモレーダーで探知が可能である。同じ特性を持つもの同士だからこそ、その原理を利用して相手のレーダーの撹乱を計ることも出来る…。司の言うことには一理あった。さらに、彼ら既存の敵性国家のほとんどは万一現実にこの空域に到達していれば、それ以前に太陽系外周艦隊に探知されているはずである…
「…この距離なら相手が肉眼で見えるはずだ。第一ここまで接近してて攻撃して来ないのは、何か理由があるに違いない」工作班の坂入が忙しく艦隊反応を分析しつつそう言った。
「片品くん、イルミネーター(照明弾)上げてみてよ」
「勝手なこと言うなよ」司の声に、ちょっとムっとして片品が反論する。
「……いや、片品。やってみよう。相手はまもなく目視可能な距離に入るぞ」新字が立ち上がり、静かに口を挟んだ。「艦長、イルミネーターの打ち上げを許可してください」
島が頷くのを見て、片品は渋々、照明弾を発射するよう指示を出す。
「イルミネーター打ち上げ用意!」
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