奇跡  恋情(3)




 一方、地球を発進したヤマトとポセイドンは、月軌道上から火星軌道までの小ワープを行おうとしていた。

 訓練スケジュールでは、小ワープ終了と同時に、放射能漏れ対応訓練のレベルAからレベルCまでがノンストップで続く予定だった。
 その他にも、太陽系を離脱するまでに第一級非常体勢下における外壁修復訓練、艦隊分離の上無人管制による回避行動…などが予定されており、スケジュールは多忙を極める。太陽系を離脱すると星の密度が下がるので、そこで初めて長距離ワープに入り、銀河系を出た後は連続ワープで一気にアンドロメダ星雲外縁まで進む予定であった。
 月基地からは、プロジェクトに参加するコスモファルコン隊が総勢30機、飛び立ってヤマトヘ合流する準備に入っていた。隊長は加藤四郎、副隊長は坂本茂である。

「月面基地コスモファルコン隊、全機ヤマトに着艦しました」
 赤石の報告を受け、カーネルが言った。「5分後に秒読みに入る」
 島はメイン操舵席の後ろに立って、腕組みをしていた。
「大越、ワープ5分前」
「了解!ワープ、5分前」
 中央のメイン操舵席にいるのは、大越である。
 頭上のビデオパネルはヤマトの第一艦橋と通信がつながっており、互いの状況が見渡せるようになっていた。

「大越君、大丈夫か?落ち着けよ」パネルの中から、古代が呼びかける。 
 ヤマトのメイン操舵席には北野がおり、こちらも緊張の面持ちだ。合同運行会議で島が、自分のところは副操縦士にワープをやらせる、と言った時…正直古代はどうしよう、と戸惑った。自分だって島に戻って来て欲しいと思うくらいなのに、島の奴……本気か? 
 発進といい、ワープといい…、島の奴め、しごきの鬼にでもなるつもりかよ……?

 大越は、コスモナイト輸送に関る特別輸送艦に島の部下として乗り組んでいた経験があった。ワープそのものは、島の下で嫌という程繰り返して来ている。ただ、ポセイドン自体をワープさせるのはこれが初めてだ。
「フルオートパイロットなんだ。俺がやるまでもない」と島は当然のように小ワープテストを大越に振ったが、彼にとっては一大事である。
 北野とて、定期航路の資源輸送艦勤務の経験は長い。しかし彼にとっての問題は、通常航路に就航する輸送艦はほとんどワープを行わない、ということだった。つまり、現実に島、もしくは島のフライトデータを使ったアナライザー以外の者がヤマトをワープさせるのは、これが初めてだ、ということなのだ。

「大丈夫です!!」勢い込んで答えた大越に、島が笑った。
「おい…、力を抜け、大越。……北野、お前もだ」
<えっ、あ、はいっ!!>
 パネルの中の北野も、多分心拍数は百を越えているだろうと思われた。
 マンハッタンでの出航の瞬間から、北野は二重の意味で緊張してきた。なにしろ航海長は太田さん、そして、……艦の外からは島さんが見ているのだ。自分がヤマトを操る上でのどんな些細なミスも、二人には即座にわかってしまうだろう。同じ船の中で見ていられるのもエラいプレッシャーだが、平行する別の艦から四六時中見られているのはもっとキツい。メチャクチャ胃に悪い……


「月軌道上よりフォボス周回軌道間、オールクリア」
 太田が言うのとほぼ同時に、ポセイドンでは司がサブから同じことを伝えた。今回ポセイドンが初めてのワープテストに使用する、月からフォボスまでのこの航路は、通常輸送航路・観光船航路からも離れた特別ルートである。他の艦艇との航路調整なしに跳べるよう、取り計らってあるのだ。 
 航路を表示する手元のコンソールパネルと大越とを見比べ、司はちょっとハラハラしていた。
(大越君、大丈夫かな…)
  作戦会議室で演習の内容を聞いた時の大越の顔を、司は忘れられなかった。(あたしも…出航式のことを聞いた時って、あんな顔してたんだろうな……)とふと思い出し苦笑する。
「ワープ1分前。各自ベルト着用」
 赤石、そしてヤマトでは雪が、同音にそう言った。
「ワープ自動操縦装置、セット・オン」大越が確認する。
「艦長」
 カーネルがさすがに島を促した。危険だから座ってください、というのだ。
「…分かったよ、副長。大越、頼んだぞ」
 島は大越の肩をぽんと叩くと、右側のサブ操舵席へ滑り込み、ベルトを装着した。
「通信、音声のみに切替えます」
 ワープ空間に突入した時には通常交信は自然に途絶してしまうが、秒読みだけは最後まで合わせたいと言う北野の要望で、音声通信だけがキープされる。赤石がビデオパネルスイッチをオフにした。
「ワープ10秒前…………5…4…3…2…1」
 ワープ!
 大越の声に、司は目を閉じる。
 一瞬後、ヤマトとポセイドンは同時にワープ空間に突入した。



 約30秒後——

 ワープ中には様々な幻が見えてしまうから、目は閉じているように、と訓練では言われていたが、司は毎度(といっても、ワープ自体アルテミスで2回、経験しただけだが)好奇心に駆られて目を開けてみる。ワープ中の光景は、不思議なことに毎回違う。シミュレーションではかならず同じ光景が繰り返されるが、それでもなかなか慣れることはない。スーパーチャージャーによる高速ワープであるため、シミュレーターの体感速度より数倍目まぐるしい感じがするが、見えるはずのない妙な光景が広がっていることには変わりない。
 手前にあるはずの鋼鉄のキャノピーの支柱が、ぐにゃりと曲がって千切れ……、その先端がヒラヒラとまるで布切れのようにはためいている……
(うわ…気持ち悪…)
 しかし、直後にそれらはぎゅっと凝縮されたかのように形を表し始め、その向こうにぼうっと赤茶けた火星が見えて来た。火星の月、フォボスの軌道上に2隻は出現したのだ。


「…あは、…やった!!」我知らず、司は声を上げていた。
「ワープ終了!」大越の嬉しそうな声。
「各部署、異常はないか?確認急げ」
 各々当該分野ではベテランであるはずの各員も、そうそう日常的にワープを体験しているわけではない。皆どこか頼りな気に、自分の担当計器類をチェックし始める。
「……第1から第4砲塔までチェック終了、…重火器類異常なし」砲術の新字だけはさすがに、ヤマトで培って来た経験がものを言うのか、対応が早い。
「メインコンピューター、異常なし」
「通信関係、異常なし」
「レーダー、異常ありません」
「放射能遮断区画、異常なし!」
「……無人管制システム、操縦系統すべて異常なし」司がシグマとラムダのチェックを終えたのが最後になった。


 誰からともなく、「ふうー」という安堵の溜め息が聞こえる。一仕事、終ったぞ…と。島はそれを聞いて、フン、と鼻を鳴らした。
(これから鍛え直す必要があるな。やはり新字以外は対応が遅過ぎる。……訓練はこれからだぞ)
 おもむろに艦内放送のマイクを取る。
「全艦、非常体制!2番艦ラムダより放射能漏れ発生!」
「えっ、もう…!?」
 誰かが小さく素っ頓狂な声を上げた。そんなものは無視して、島は続ける……「工作班、発煙筒を焚け。ラムダのC貨物室より発火、損傷箇所を探し、消火作業を急げ。同時に全艦、放射能漏れ対応策<レベルB>発動!」
 護衛班の神崎と工作班の坂入が席から弾かれたように立ち上がる。神崎は艦載機の格納庫へ、坂入はラムダの消火作業へと走った。カーネルが再度艦内放送を流す。
「総員に告ぐ!本艦はこれより放射能漏れ対応策<レベルB>を発動。作業班、消火班は全員防護服を着用後、緊急出動せよ!」
「司、ラムダの消火作業が終了次第セパレーションに移るぞ」
「はいっ」
「赤石!ヤマトへ消火作業中の外周援護を要請!」
「了解」
 ひええええ……。司は目を瞬き、頭を振った。
 作戦内容は頭に入っていたし、覚悟はしていたが…ワープ明けにやるのは…やっぱり、きつい。それもまったく休み無し……?
 向こうのサブで、自分の仕事に一区切りつけてすっかり安心したような顔の大越がニコニコしているのが目に入る。
(ほら、始まった……。艦長のペースは、こんなもんじゃないですよ)彼の顔はそう言っているかのようだった。



 ヤマトの第一艦橋にポセイドンからの要請が入る。
「古代艦長、島艦長より消火作業中の外周援護要請です」相原が通信機を調整しながら、古代に告げた。
“島さん、休みなしだぜ…?” といわんばかりに隣席の南部を振り返る。南部も肩をすぼめてニヤリとし、それに応えた。
「よし、了解したと返答しろ。…総員に告ぐ。これより消火作業中のポセイドンの外周援護を開始する。コスモファルコン隊全機発進、ポセイドン上空に展開、敵襲に備え待機せよ」
 合同訓練については双方が充分打ち合せを重ねてきていたが、アクシデントを想定しての訓練には、開始時刻の予告はない。内容の大まかな設定はあっても、発令するタイミングは艦隊司令の采配にすべて委ねられている。
 島の奴。ワープアウト直後にフル稼働をいきなり要求するか。ヤマトとは違って、ポセイドンクルーにとってはキツいんじゃないのか?
 だが古代は、艦内マイクを握ったまま一人で微笑んでいた。

(すました顔して…ひどい艦長だな、島)
(お前に言われたかないよ、古代)

 古代の脳裏に、そんなやりとりが浮かんでいたかどうかは定かではないが。古代の背中が笑っているのを気配で感じて、雪もくすり、と笑う。
 気付けば反対側の席から、真田もにこやかにこちらを振り返っていた。

 


                  *




「艦長!赤外線レーダーに反応多数!……」
 へとへとのポセイドン第一艦橋に、当惑した赤石の声が響いた。

「11時の方向、距離……およそ200宇宙キロ、ですがコスモレーダーには反応がありません」
「なんだ?流星じゃないのか」
「不明です。……熱源反応はありますが…流星ではありません」

 赤外線レーダーは敵兵力哨戒のためではなく、主に比較的近距離に出現するイレギュラーの流星や、自然発光体・宇宙生物などを探知するために使用されている。惑星間航行の普及した近年、レーダーの仕組みも大きく変わった。ことに2200年以降は、タキオン粒子の特性を利用したコスモレーダーが主流となっている。
「…メインパネルに出ます!」
 片品が火星方面宙域の映像を投影した……が、パネルには何も映っていない。だが目を凝らせば所々、星の海が大きな障害物に遮られ、黒々と穴をあけているように見えなくもない。…その場所に、何かが無数に存在し、次第に接近して来るのだ。
「……コスモレーダー、依然反応なし…」
「…艦長、これは……訓練予定にありましたか?」
 桜井が不安げに島に問いかけた。
「…いや。予定にはない」
「じゃ、敵襲………!?」
「おい、ヘンなこと言うなよ…」あらぬことを口走る桜井に向って、鳥出が通信席から身を乗り出す。
「……熱源反応、約20……22です。…艦隊…、と思われますが、船籍は未だ不明」困惑したように赤石が続ける。
 新字がチッと舌打ちした。相手が何者かわからないでどうする……ここに集まってるのは各分野でもエキスパートばかりのはずだろうが。
 島は腕組みをしたまま、おもむろに口を開いた。
「鳥出、通信回路オープン、相手の所属を聞き出すんだ。片品、味方識別信号を送れ。消火班、そのまま消火を続行。全艦、第一級戦闘配備、コスモファルコン発進準備」
「こちらは地球防衛軍所属、第一次特殊輸送艦隊旗艦ポセイドン。貴艦の所属を報告されたし!」
 数回の呼びかけの後、鳥出が強張った表情で告げる。
「……艦長、依然相手からの応答ありません!!」
「味方識別信号、反応ありません。船籍、該当するものはありません」片品に続けて、赤石も深刻な顔で言った。
「コスモレーダー依然反応なし!熱源反応接近、距離150宇宙キロ!」 

 

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