デスラーズ・パレスの地下32階にある、最先端の医療施設。テレサはそこで集中治療を受けていた。
時を遡ること約半年——
ある小惑星帯で、ガミラス艦隊と謎の艦隊とが交戦状態に入った。たまたま付近を哨戒中のガミラス一個師団が、集結している敵艦3隻を発見し、襲撃したのだ。
敵艦隊は直径10メートルほどの極小惑星に牽引アンカーを打ち込んで、いずこへか運び去ろうとしているところだった。それは小惑星というよりも岩塊、と表現したほうがいいほどの大きさであったが、余程質量が大きいのか強力な磁場に縛られてでもいるのか、3隻の艦が残らず牽引ビームを接続し、それでどうにかゆっくりと移動しているような有様であった。
発見、襲撃に移ったガミラス艦隊は敵艦を蹴散らした……だが、致命的な打撃を与える前に、例によってその空間から3隻はこつ然と姿を消してしまった。残ったのは、彼らが運んで行こうとしていた不思議な小惑星である。
敵は、なぜ、またどこへこの小惑星を運び去ろうとしていたのだろう?調査した師団長は小惑星内部の透視画像を見て驚いた。
その内部には小さな空洞があり、手足を縮めて小さく丸まった姿の人間が、光の粒子の膜に包まれて眠っていたのである。
光の根源は、驚くべき事に内部の人間自身が発する、反物質エネルギーだった。しかも周囲の岩盤は天然のものではなく、未知の文明によって人工的に作られた金属だったのだ。その表面は信じ難い高熱に溶解したのち荒ぶ宇宙塵によって摩耗し、酷く傷ついていた。一見してただの岩塊の様に見えていたのは、そのためだったのだ。内部の金属は自己再生能力を持つ、いわば防御膜のようなものであり…主とも言える内部の人間を護っているかに見えた。
しかし迂闊に岩盤をこじ開ければ外界と反物質との接触により、大爆発が起きてしまう。謎の艦隊が、この人間の帯びている反物質エネルギーを目的に運び去ろうとしていたことは容易に予測できたので、師団長は小惑星の岩盤の外側を注意深くある程度削ぎ落し、小さくしてから艦内に積み込み本星へと帰還した。
ガミラス本星の科学局で小惑星と内部の空洞を観察し続けていた技術者たちは、ある時を境に内部の小さな空洞の中の反物質エネルギーが次第に減少しつつあることを確認した。その数週間後、ようやく技術者たちは、岩盤をすっかり取り除くことに成功した。
中から現れたのは、深い眠りについたままの、美しい少女だった。身体全体から僅かに反物質の粒子が立ち上っていたが、周囲の空気に反応して少しの火花が上がっただけで、それ以上は何も起きなかった。科学者たちは、危険な反物質エネルギーは放出し切ったと判断し、少女の身体の回復のため治療を開始したのである。
…がしかし、それから半年経った今でも、少女の目覚める気配はなかった。
科学局の特殊医療技術者、アレス・ウォードは副総統タランを特別治療室に案内した。
特別治療室の中央にある治療台には、柔らかな、明度の低い光に包まれて、金色の髪の異星人の少女が横たわっている。アレスを始め、科学局の医療従事者たちは彼女を<ドール>と呼んでいた。名前も年齢も解らない、まるで<人形>のような美しい異星人…そんな意味合いがその名には含まれていたが、単に便宜上、何かしらの呼称をつけなければ不都合であったためでもある。
<ドール>の首から下は、緩やかに傾斜した水槽の中に沈み込んでいた。身体のあちこちにまだ生々しく口を開けている傷口の修復のため、水槽内は人工羊水で満たされている。彼女の血液は驚いたことに無色透明で、傷口を見てもそれほど凄惨な印象は受けない。傷の深さや多さから、彼女は何か酷い衝撃にさらされ、そのまま仮死状態でカプセルのようになった膜の中に長期間眠っていたのだと推測された。
にも変わらず、<ドール>は非常に美しかった。彼女が元気になって立ち歩くさまは、さぞ魅惑的だろうと、アレスも思わずにはいられなかった。
副総統は毎日定時にこの異星人を見舞い、総統に経過を報告する。変化があればすぐに知らせると言ってあっても、この副総統は律儀に自分の目で確かめなくては気が済まないらしい。アレスはその犬のような忠誠心に、ほんの少し苛つきを覚える。
(父の部下たちも、ああやってへつらいながら裏の顔は酷いものだったが…タラン副総統にはまるで裏の顔というものがない。バカ正直とでもいうんだろうか…それはそれで、また虫酸が走るがな)
外界に姿を現した少女を一目見て、デスラーとタランにはそれが何者なのか即座に解ったようだったが、科学局の技術者には当然事実は知らされていなかった。なぜ身元不詳の異星人であるこの女を、ここまで丁寧に扱い、最高の医療技術を持って治療する必要があるのか…と不思議に思いつつも、アレスは彼女がガミラス人でないことにだけは気を良くしていた。<ドール>の肌は、あきらかにこの星系の人類のものとは違う、透き通るような象牙色なのだった。
アレスの肌は土気色に近い褐色である。それは彼も異星人であることを意味していた。生粋のガルマン・ガミラス人は、濁ったブルーの肌をしていて、総統のように由緒正しい血筋のものはさらに美しい金色の髪をしていることが多い。褐色の肌に青みがかった黒髪のアレスは、ガミラスにおける「血統」という社会通念から言えば、身分の低い人間だということを体現しているようなものだった。
「呼びかけは続けているか?」
タランはアレスには一瞥もくれず、せっかちにそう聞いた。
「はい、この方の使っていた言語はわかりかねますが…電気信号や音楽を使いまして脳幹に働きかけております。脳波の測定ではそれに対し多少の反応があります……ご覧下さい」
アレスはタランに、円形の皿のようなデータボードを手渡す。タランはボードにさっと目を走らせ、「これはそのまま総統にお出しするように」と言って傍らの従者に持たせた。
タランはしばし、その焦茶色のあごひげを思案するようにしごいていたが、おもむろに頷くとアレスに呼び掛けた。
「ウォード」
「はい」
「……宇宙戦艦ヤマトの映像を、彼女の脳に電気信号として流すことはできるか?」
「ヤマト、ですか?」
「そうだ。…例によって、この者の身体を傷つけることなくやるのだぞ」
「…御意」
——ヤマトだって?
ほんの一瞬、アレスは躊躇した。だが疑問を差し挟んではならないことも、よく心得ている。
タランに背を向け、看護師に手伝わせて<ドール>の脳にアクセスする。
象牙色の肌や美しい白金の髪を傷つけずに脳幹に信号を流すため、治療台に横たわる少女のこめかみに透明の電極の付いたインプラントケーブルを近づけた。
今までは、環境音楽や星空の映像などを使って来たが……ヤマトとは、穏やかでないな…。
アレス・ウォード。
彼は白色彗星帝国ガトランティス、大帝ズォーダーの妾腹の一人であった。
ズォーダーは妻を持たなかったが、妾が幾人となくおり、後継者、と言われる子ども達は総計で15人にも上った。だが、腹黒い側近たちのおかげで数名を除いて彼の子ども達は皆、帝王教育を受けることもなく気ままに暮らし、結果としてそのほとんどが帝国都市と最期を共にしたのである。
アレスも、顔も知らない年長の兄たちが宮廷で帝王学を詰め込まれていると聞いてはいたが、「父」と言われる大帝の桁外れな尊大さ、出会う星々を意のままに侵し滅ぼす傲慢さに、成長するにつれ嫌悪を抱くようになった。現にアレスの母も、彗星帝国に侵略された、遠い宇宙の果ての惑星から連れて来られた女囚であった。王家の血筋であった美しい母は、大帝の妾の一人となり命を長らえたが、大帝の妃として扱われることなど一度もなく、現在のアレスとほぼ変わらぬ年齢で祖国を懐かしみながら病死してしまった。アレスは帝国が侵略活動に明け暮れている間に、不思議な異星人・ガミラスの元首だったという男、デスラーに魅了され、他の幾人かの者と彼の艦に乗り込んで彗星帝国を後にしたのだった。
アレスにとって、ズォーダーは父ではなく、ただの「侵略者」であった。彼の帝国があっけなく地球の船ヤマトとテレザートのテレサに滅ぼされたことを知っても、アレスは何も感じなかった。むしろ、父の元を飛び出て来た自分の英断に、心の中で喝采したほどだ。ガトランティス大帝の忘れ形見でありながら、彗星帝国を滅ぼしたヤマト、そしてテレザートのテレサに対して、彼は僅かな復讐心も嫌悪すらも感じることはなかった。
ガルマン・ガミラスは彗星帝国の滅亡後、中枢及び統治能力を失ったガトランティスの植民星を幾つも保護し、解放し代理統治して来た。混乱に乗じてそれらすべての植民星をガルマン・ガミラスの属国とすることも不可能ではなかったが、デスラーは彗星帝国の遺産をかすめ取るようなことはしなかったのである。それは、デスラー自身に示された、ズォーダーの個人的友情に報いたいという彼の願いでもあった。かつての彗星帝国の植民星の幾つかは、いまだにズォーダーの名を付されてガルマン帝国の領土内に中立国家として存在する。
また、アレス・ウォードらガトランティスから脱出したいくらかの生き残り、特に能力の高い医療従事者の一団がこのパレスの医師として優遇されているのも、デスラーの温情によるものであった。
(……この女)
ふと、アレスは横たわる<ドール>を見おろして思う。
(……反物質を身体に帯びていた……。そして、目覚めさせるためにヤマトを見せろ、と……。まさか)
質問をすることは許されていない。が、「そう考えれば」つじつまの合うことに幾つも思い当たる。
(……まさか、この女……あの、テレザートのテレサなのでは…)
アレスは、<ドール>の開かぬ瞼をじっと見つめた。
……だとしたら、可哀想に。
蘇生させる目的については、疑う余地がない。
この少女が「あの」テレサだとしたら、間違いなく総統の目的は彼女の持つ「反物質エネルギー」だ。彗星帝国が滅亡したのは、テレサがヤマトに肩入れし、反物質を武器として行使したからに他ならない……だからこそ、副総統はヤマトの映像を見せろなどというのだ。
アレスは信号を流すスイッチを入れた。
「………反応、ありません」
数分して、脳波の測定をしていた看護師がそう言った。
「…ふむ……。まあよい。続けるように。何か変化があれば、すぐに報告するのだぞ」
タランの時間はリミットだったようだ。従者を従えて、彼は靴音高く特別治療室を出て行った。看護師たちはタランの後ろ姿に最敬礼していたが、その姿が消えるやすぐさま無言のまま自分の持ち場に戻り、作業の続きを開始した。
アレスはなぜか、ほっと息を吐いた。自分にとって、この少女がどうなろうと知ったことではなかったはずだ…だが。
(この女がテレザートのテレサだとしたら、こんな場所で目覚めない方がいい…)
蘇生させたことに恩を着せられ、ガミラスの先鋒となって反物質を使うはめになるとしたら。自分だったらそんなことはまっぴらご免だ——、とアレスは思う。
アレス自身は、ガトランティスの大帝だけでなくデスラーに対しても、なんの忠義心も抱いていなかった。彼の不思議なカリスマ性には惹き付けられるが、デスラーのために命を捧げようなどとは露程も思ってはいない。
(ドールよ……お前がテレザートのテレサなら、このまま…眠り続けるがいい…。目覚めれば、お前にとってここは地獄かもしれん)
頬にかすかな冷笑を浮かべ、アレスは少女の顔を覗き込んだ。
「………!!」
なんということだろう…
脳波には何の反応もなかった彼女の閉じられたままの目尻から、一筋、涙が流れていたのだ。表情の変わらない、まるで<人形>のようなその瞼からこぼれ出す、感情の欠片……。ゆっくりと周囲を見回し、誰も見ていないことを確認して、アレスは自然な動きで彼女の頬から涙を拭った。
この少女……テレサは、ヤマトを見て、何を思ったのだろう。この涙は、一体何の涙なのだろう……?
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