奇跡  基点(1)

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 西暦2209年。 
 
 太陽の異常膨張、そして水惑星アクエリアスの接近により再三人類が絶滅の危機に晒されて以来数年。復興した地球はかつてない栄華を極め、今や人類滅亡の危機は遠い昔の出来事として忘れ去られようとしていた。

 ——しかし、繁栄を謳歌する人々の与り知らぬところで、母なる大地のその内奥には、静かなる脅威が眠り続けていた……大地の底には、かつての支配者たちによって旧世紀から隠されて来た、恐るべき秘密があったのだ——。


 今、さながら暁にまどろむ死神のごとく、その恐怖は揺り起こされようとしていた。



      *         *         *



 メガロポリス・トーキョー=シティ。その首都近郊の、とある閑静な住宅地。
 有名人や地球防衛軍幹部の居宅など、比較的大きな一戸建てが立つその一角に、宇宙戦艦ヤマト艦長古代進の新居がある。
 
 気持ちの良い風の吹く午後——日曜の昼下がり。バーベキュー用のコンロとテーブル、ガーデンチェアやテーブル一式が2階のバルコニーに持ち出され、古代進と雪、島大介と弟の次郎、南部、相原、太田の三人組に真田志郎……がその周囲に集い、談笑していた。
 古代進と島大介の両名が中佐に昇進し、地球へ揃って帰還した。二人の昇進祝いを兼ねて集まったこのささやかなパーティーで、皆半年ぶりに顔を合わせたのだった。


「佐渡先生や徳川は無理だったけど、俺たちがこのメンツで集まれる機会なんて、そうそうないですからねえ」
 太田が早くも真っ赤な顔をしながら、独り言のようにしみじみと言った。
「うん…俺も昨日ハワイから戻ったばっかりなんだ。よく古代さんたちと予定が合ったもんだよなあ」南部もこんがりと日焼けした顔で頷く。
「いいよな、南部は…南の島に出張ですか、それともバカンス?」
「出張だよ…純然たる」
「フフ〜ンだ、金髪のコレがいるんだろ。ハワイに」
「は?何下品な手つきしてるんです?義一くん」
 小指を立てた相原に、南部がしれっと言い放つ。
 とぼけちゃってえ、と笑いながら、相原義一は、3本目の缶ビールを飲み干してなお顔色一つ変えず、鉄板の上の玉ねぎばかりを用心深く突ついて取り皿に乗せる。

 
 軍需産業国内最大手の南部重工は、このところ連邦政府の要請で数種類の放射線を遮断する特殊コンテナを開発・生産しており、南部康雄は軍務の傍ら関係者として社を代表し営業やら宣伝やらに東西奔走していた。だが、相原の言うこと(彼女がハワイに、というくだり)もまんざら、嘘と言うわけではない……しかし南部は、コイツに説明してもムダだ、とばかりにポークソーセージを串にありったけ刺してかぶりついた。

「相原くん、君は相変わらず玉ねぎが好きだねえ」
「…南部はなんでソーセージばっかりなんだよ」
「庶民的な味のものに飢えてるんだよ俺は」
「ヤなやつだな〜」
 相原と南部の会話が掛け合い漫才みたいだものだから、傍で聞いていた次郎は思わず声を立てて笑った。

 島の弟、次郎は今年まだ中学3年生なので、もちろん雪からはビールではなくソフトドリンクを手渡されている。だが、南部からは別のコップにビールを注がれ、今は両手に一つずつプラカップを持っていた。次郎はバーベキューコンロの反対側、バルコニーの端にいる兄に大きな声で呼び掛ける。
「大介兄ちゃん、ねえ肉とってよ、その焼けてるやつ!」
 両手が塞がっているし、かといってちょいとカップを置く場所が手近に見当たらないのでそういうことになる。ところが兄はといえば、バルコニーの手すりにもたれ、外を見ながら親友と笑いあっていて、次郎の声など聞いていない。

「古代さんも島さんも、話に夢中で肉を食べ損ねるね。いいよ次郎、食っちゃおうぜ…この辺全部」相原は焼けている骨付きカルビをごっそり皿に取って、にやりとした。
「はい、どうぞ。これもいけるわよ?揚げたてよ」と、横から次郎の口に雪がフライドチキンを押し込む。
「はひあほー(ありがとー)」次郎はにっこり笑ったが、ハフハフハフと口の中を冷ますハメになった。両手のカップを見る…ジュースはどっちだっけ!?
「あらダメよ、なあに?こっちビールじゃない!」雪が次郎の左手にあるカップの中身を覗き込んで口をとがらせた。「だれ、次郎君にこれ渡したの!」
 南部と相原がにやにやしながら太田の後ろへ退散した。

「古代さんちからは、桜が見えるんですねえ」すでにしたたかに酔っぱらっている太田健二郎は、雪の膨れっ面など見ておらず、相原と南部がイタズラをとがめ立てされていることも気に留めていない。南東の角地に立つこの家のバルコニーから、すぐ下の通りを下った所に見える公園に生い茂る緑を眺め、今が4月でないことを残念がった。
「そういえばそうね。でも、あの公園の桜も、…今年も季節通りには咲かなかったの」雪が思い出したように苦笑した。「気象衛星の管制で、3月上旬目処に気温を上げるらしいんだけど、桜が咲く時期がまだ安定していないんですって」
「そういえば、今は6月なのに…滅多に雨も降りませんねえ。地球はまだ、元の健康な姿には戻ってないんだなあ…」

 
 季節は6月中旬。かつてこの時期の日本には、梅雨という潤う季節があった。しかし、今の日本にはその片鱗すら残っていない。島国である日本の場合、二度にわたる海水の蒸発に次いで、水惑星アクエリアスの接近による海面の異常な上昇がもたらした被害は、ことに深刻なものだった。度重なる侵略戦争で地表に受けた傷のみならず、地下にも今だ深い傷が残る日本の四季は、すでに失われたものとなっていた。
 現在では、ある程度の気象状況を全地球的規模で平均的にコントロールすることが可能になっている。環境省では古来より四季が尊重されて来た日本自治州を手始めに、季節の移ろいを甦らせるプロジェクトに着手していた。赤外線および紫外線の照射量、また大気の流れなどを人工衛星からのコンピューター管制により調節する手段が模索され、地上と同じ大気・土壌成分を備えた動植物再生プラントを乗せて飛ぶ、大規模な実験コロニーの開発も進んでいる。だが、自然をコントロールするというのはやはり人知を越えた領域のものであり、すべてが期待通りに進んでいる、というわけではなかった。
 このような高度の科学力は、そのほとんどがイスカンダルからアクエリアスに至る異星文明からもたらされたものだ。それらを地球の科学者たちが咀嚼、反芻し最終的に血肉とするまでには想像を絶する試行錯誤が繰り返された。水先案内人のいない高度な科学は時に悪循環を引き起こし、人類を惑わせる。だが、それら異星の科学文明も時間とともに徐々に吸収され、地球は新たな開発を繰り返し急速に繁栄していった。数年前まで敵性宇宙国家であったガルマン・ガミラス星でさえ、今では友好同盟星として一般市民にも認知されつつあるのだった。 



「ついに古代も島も中佐か。…いわゆる高級将校、ってやつだな」
 デザートの皿を両手に持った真田がキッチンから現れ、そう言った。
「あら、すみません真田さん。…ふふ、でも高級将校、っていっても…何も変わりませんわ」
 真田に礼を言いつつ、雪がそう答えて片方の皿を受け取る。
「しかし、いずれヤマトにはそんなに沢山将校はいらん、と言われるかもしれんぞ」
 真田は小さく呟きながら盆をテーブルに置いた。真田自身は科学技術省で様々な実験と研究に明け暮れており、軍人としての昇格の話はとんと出ない——いや、その話が出ても辞退した過去すらあった。
 昇進すれば、ラボにこもってばかりはいられなくなる。そんな不自由なことがあってたまるか。この俺の頭脳は、司令部の置物じゃないんだからな。……真田のその言い分は、旧知の仲間であれば誰もが認める所である。

 一方、古代進は宇宙戦艦ヤマトに艦長として乗り組み、ヤマト以下15隻の中型巡洋艦を率いて民間資源輸送船団の護衛に当たっていた。護衛艦勤務はもう8年目になる。防衛軍規定としては少佐での艦長就任自体が珍しいことではあるが、ヤマトと古代進、という組合せだからこそ実現した特例だった。それがさらに昇進したからと言って、もはや古代にヤマトを降りろと言うものはいないだろう。
「古代君は、ヤマトにそのまま残るように、って言われています」
「そうか、じゃあ、本当に事実上昇進といっても何も変わらないんだなあ」
「ええ…。あ、でもお給料はちょっと変わるかな」雪は茶目っ気たっぷりに笑った。
「島は…どうするんだろう?火星から地球に戻ることになるのかな?」
「どうかしら…島くんの無人艦隊、ものすごく優秀ですからね。火星基地では島くんを離したがらないかもしれないわ。徳川君や北野君もあっちにいることだし…」



 島大介は、過去に着手していた「無人艦隊」の改良プログラム開発を引き続き担い、現在は火星基地において計50隻の無人戦艦を管理していた。
 月の裏側、ティコクレーターに無人の中継基地を置く大型巡洋艦12隻・中型駆逐艦16隻、そして火星のダイモス周回軌道上に恒久軌道基地を置く大型巡洋艦12隻・および中型駆逐艦10隻が常時待機し、作戦行動の際にはそれぞれが火星基地からの指令により集結あるいは分散しつつ防衛線を張る。過去に暗黒星団帝国戦においてあっけなく全滅の憂き目を見た無人艦隊だが、この度は各艦の戦闘情報中枢(CIC)に自律航法制御システム・通称<アルゴノーツ>が搭載され、奇襲攻撃に対するより臨機応変な動作が可能となった。

 有人戦艦が各艦艇に数百名の乗組員を要するのとは対照的に、無人機動戦艦には人員は乗り組まない。事故や敵襲に喪われる人命が最小限に抑えられるのが無人艦船のメリットである。しかしその反面、遠隔操作の弱点が長い間課題として立ち塞がっていた。つまり…きめ細かい動作やイレギュラーに対する、反応速度の遅さ、である。しかし、年々改良され速度の上がる通信スピードのおかげで光明が差した。2205年にはタキオンレーザー変調波によるハイパータキオン通信網が完成し、月から地球までの通信速度は2201年当時の数倍に達した。現在では、ティコクレーターの発令所から火星周回軌道上に駐留する無人機動艦隊へ、ほぼタイムラグなしでの音声通信の発受信が可能となっている。
 また、艦艇自体の基本スペックの徹底改良と、自律航法に関する独自の開発プログラムにより、イレギュラー動作に対する迅速な反応も確実なものとなった。

 この2月に実施された、木星宙域における大規模な合同演習では、土星・木星連合艦隊が仮想敵となって地球を襲撃するという想定でミッションが行われた。その折、島の指揮する無人機動艦隊は、UK・USA有人連合艦隊に劣らぬ見事な連携で攻防戦を繰り広げたのだ。
 ここへ来て、傀儡、リモコン艦隊…などと揶揄されて来た無人艦隊はその汚名を返上し、地球防衛軍の絶対防衛網の要にまで昇りつめたのである。来年度末までには、冥王星から火星までの各惑星周回軌道上に無人機動艦隊の大規模ステーションが建設される予定となっていた。こうした功績を認められ、島は今回中佐へと昇進したのだった。

 そして、彼は未だ防衛軍内でワープ航法の事実上の第一人者でもあった——過去数回に渡る侵略戦争の最中に、養成された操舵士の大半が喪われたためである。現在、ワープ航法を実践できる操舵士はごく限られた人数しかいない。そのほとんどが防衛軍極秘輸送航路——主に、それはコスモナイトの輸送であり、火星基地での無人機動艦隊管理責任者に就任するまでは、島もその任に当たっていた——に就航する、特別輸送艦に乗り組んでいた。太陽系外周警備に就く軍艦であれ輸送艦であれ、それ以外の艦船においてはワープ航法自体滅多に実施されることは無かった。 
 当然ながら、ワープ航法を実施できる新たな人員の養成が急がれている。そのため、島は地球に帰還すると休暇もそこそこに訓練学校に客員教授として招聘されたり、養成講義や実践シミュレーションの指導に駆り出されたりしていた。

 さて、島の勤務地がいわゆる「地方」の火星なのだから、昇進したのであれば地球に栄転し、地球をベースとした別の艦隊を率いるよう求められてもおかしくはない。
 そんな真田と雪の話を聞いていた次郎は、少し嬉しくなった。
「兄さんは、地球勤務になるんですか?」
「さあ、…それは島くんに聞いてみないとわからないわね」
 次の辞令は、この休暇が終る前に下るのだろうか。正直な所は雪も知らなかった。
「……次郎君は,やっぱりお兄さんが地上にいた方が嬉しいかい?」真田がそう聞いた。
「え?あー、そりゃ…やっぱり…。昔みたいに、もう一緒にサッカーしたりはしないけど、兄さんの話を聞くのはいつも楽しみだな。あと、……友だちにも鼻が高いし!」
「はっはっは、それはそうだろうな」
「けど、俺ちょっと心配なことがあるんですよね〜」
 次郎が大皿から手羽先のフライドチキンを2つ、手に取ってそう言ったので、真田と雪は一瞬真顔になる。
「うちの兄さんは、なんで結婚しないんだろう?」

 古代にも相原にも、美しい伴侶がいる。相原のパートナーは防衛軍本部総司令の孫娘だし、古代の妻は今目の前にいる雪だ。彼らの結婚式には次郎も呼ばれて出席している。太田は昨年、ある子連れの未亡人と結婚していたし、南部にも、公にされてはいないが内縁の妻らしいひとがいることを次郎は知っていた。そもそも、防衛軍と連邦政府は大規模なプロパガンダを使い、若者たちの結婚、そして出産を奨励している……実は27・8歳ともなれば、この時代子どもの二人三人はいて当然と言われる年齢なのだ。
「俺もしてないが…?」
 真田がまいったな、という顔をしてそう言ったが、次郎はにやりと笑ってこう返した。
「だって、真田さんは科学と結婚してるんでしょ?古代さんの結婚式の時にそう言ってたじゃないですか」
「そんなこと言ったかな」
 真田がはて、という顔をしたので雪が思わず吹き出す。
「兄さん、好きな人はいるんですよ。俺、知ってるんだ。その人の写真、大事に何枚も持ってるんだもの。可愛い弟にくらいは紹介してくれたって良さそうなもんですよね?」
 それは初耳だった。
 雪と真田は目を丸くし、次いであたりを素早く見回して、今の一言が南部だの相原だのの耳に入らなかったかどうか確かめる。
「どんな人なの?!」わくわくしながら、雪が声を低くして聞いた。あの島くんが、写真を持って歩いてるなんて…一体、どんな相手なのかしら?
「見ます?すっごい奇麗な人なんで、最初外国の女優かモデルさんだと思って、写真2枚ぐらい無理矢理くすねてきちゃったんです、へへっ」

 外国の女優?!

 真田と雪は顔を見合わせ、ついでバルコニーの向こうで古代と笑いあいながら話し込んでいる島の横顔を見た。
「島くんったら…いつの間に」
「いや、あり得ん話じゃないぞ?ああ見えて島も隅に置けないからな」
 次郎はガーデンチェアの一つにおいてあった自分のナップザックを持って来て中をまさぐり、手帳を引っ張り出した。
「これこれ。この人、知ってますか?兄さんったら、俺には名前も何にも教えてくれないんですよ……」


 ——手帳を広げ、次郎が二人に見せた写真に写っていたのは、まっすぐこちらを見てにっこり微笑む、青いドレスを着た美しい女性の姿だった。

 

 

 

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