「天使と悪魔」

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 夢を見た。
 テレサが、俺を出迎える…… お帰りなさい、島さん。
 いつもながら、まるで天使みたいな君の笑顔。
 ただいま。とその頬にキスしようとしたら。
 ……テレサが間近で、クスッと微笑んだ……まるで小悪魔のように。


 
       *          *          *



「………!!」
 がばっと飛び起きる。(…何だ?今の表情<かお>?)

 まだ暗い…… 今、何時?
「う……ん」
 キングサイズのベッド。隣には、最愛のキミがまどろんでいる… カーテンの隙間から微かに差し込む、蒼い月明かり。ティンクルティンクル、リトルスター…… 星明かりがちらちらして、ベッドの上の君を照らし出す…。
 シフォンのような、白いシースルーのネグリジェ。その下にすんなり伸びる美しい体…… 下着は、黒の…Tバッ……

(……は!?)

 ちょっと待て。
 TTT・Tバックぅぅぅぅぅ〜〜〜???!!!

 

 白いシフォンの下に、ブラックのラインを乗せてうつぶせに横たわるヒップライン!!
 目が飛び出るかと思った、いいい一体いつからキミは、そ…そんなの着けるようになったんだ…?!
(あれ、おかしいな、夕べ…君はそんな、)
 そんなの、寝る時に着てたっけ?!

 狼狽えつつも、テレサの背中の上に屈み込んだ。白いシースルー、は…持ってたかもしれない。でも…こ・これは………
 彼女の裸なんかもう見慣れているはずなのに、うつぶせのヒップに心臓がバクバクし始める。黒いTバックの下着。なんで俺がその存在を忘れてるんだ?君がここで寝ているってことは、夕べ一緒にベッドに入った、ってことだし…その時俺がコレを見てないなんてことは絶対ないはずだし、それ以前に箪笥の引き出しに入ってたとしてもまったく知らないなんてことはないはずだし……
 
「うー……ん… どしたの…ォ 島さん…?」
 目玉が触れんばかりに彼女のお尻に顔をくっつけていた俺は、その艶かしい声にぶっ飛んだ。
「…眠れないの…?」
 ゆっくりと寝返りを打ったテレサが、こちらをとろんとした目で見上げた…… 

 シースルーの下は、そのまま素肌だ。蒼い月明かりに愛らしい膨らみがくっきり見えて、急にはっきり目が覚めた。だが彼女は、彼女自身は何事もなかったかのようだ。眠そうに、左手の甲で目をこすった…
「え…いいいいやああの」
 しっかりしろ〜〜〜〜オレ。たかが下着だろ、裸だって見慣れてるだろっ!?
「な…なんでもない…」

 寝よ寝よ。
 そうだ、また雪かなんかが遊びでプレゼントして来たんだろ。これ着たら島くん喜ぶわよ、とかなんとか言って、テレサにアレを……
(そうだ、そうに違いないっ!)
 雪のやつ、前にもテレサに黒のマイクロビキニ贈ってきたことあったもんな、そうだその手のドッキリだ。…引っかかってたまるか…

 ドキドキしながら、テレサに背を向けてもう一度眠ろうとした…
 チクショ、だが眠れなかった。


 ギンギンの目のまま、いつの間にか… 暗転。

 


 気がついたら、朝になっていた。
 もう随分、陽が高い。
 ハッ、と隣を見る。
(…テレサ)
 …いなかった。彼女はもう起きてるんだ。
 まっ白のシースルーに黒のTバックの彼女を、朝の光の中で見てみたかった、とそう思わなくはない。が。
(……だから、雪の仕掛けたドッキリなんだって。喜んだら負けだぞクソ!)

 


                     *


 ふぁーあ…。
 欠伸だか溜め息だか。ともかく、パジャマのまま階下へ降りる。頭とケツを…ボリボリ。階段を、トントントン……まずは…電子ニューズウィークだな……コーヒーいれながら…、と。ハブラシが先か?

(……あれっ)
 キッチンから、あり得ない匂いが漂って来た。
 ……なんか、炒めてる?? ジュージュー、って音もする。朝飯にベーコンエッグ、なんて……テレサが、まだ肉を調理するのを怖がっているから、当分諦めていたんだけど……

「…島さん起きたの?…おはよう♪」
 俺の気配に気付いたのか、キッチンから彼女の声がした。いつになく張りのある、明るい声だ。
「お…おはよう」
「…コーヒー、飲む?」
「う…うん」
 肉炒めてるなんて、驚いたよ… ちょっと嬉しいな、と返事をしようとした俺の鼻先に、皿が突き出された。
「ハイ!ステーキ」
「…!☆?★!」

 ベーコンじゃなくて、スススステーキぃ?

 そ、それはステキだ… 駄洒落言ってる場合か。ホ、ホントかあ?!
「…ど・う・ぞ?」
 熱熱のステーキはミディアムレア?朝っぱらから豪儀だけど、その皿を持ってウィンクしているテレサに、俺はもっと魂消た、のだった。

 


「気に入らない?」
 甘えるような声。ちょっとキミらしくない…
 しかも。彼女の出で立ちが、……。
 ピンクのフリルの付いたエプロン…、はいつもと同じ。だが…
 その下に着ているのは白いピッタリしたフレンチスリーブのチビTシャツに……
(………うそ)
 着てごらんよ、といくら勧めても恥ずかしがって履いてくれなかった、デニムのショートパンツ。裾をラフにカットした、思いっきり短いやつ。

 エプロンの下からすらりと伸びた脚が、眩しい☆!

「ねえ!」
「は…はい?」
 生脚に見とれていた俺に、テレサ…は唇を尖らせて詰め寄って来た。
「ステーキ!気に入らないの?」
 その拗ねるような口調は、まるで別人だった——!



(……テレサ、だよな…?)

 ふんふん、るんるん…♪とテーブルに朝飯を用意している彼女は、どう見てもテレサ…である。
 目が合えばニコッ♪と笑う。どうしたの?とさもおかしそうに。
 目の前にはほかほかのステーキ… サラダもコーヒーもある。キッチンの方でトーストの焼き上がる音がしたので、そっちへくるりと向きを変えた彼女の後ろ姿に、またもや釘付け…… ショートパンツの裾から、可愛いヒップがちら。
(おいおいおいおい)
 なんだよ、どうしたんだよテレサ〜〜!!
 う、嬉しいじゃないか〜……

「ライスもあるのよ?どっちがいいですか?あ・な・た」
「え…」
「んもう、さっきからどうしたの?まだ寝ぼけてるの?」
「え?いや…あのその」
「もう〜〜、変な島さん!」
 さあ食べましょ?
 と言って、

 彼女は自分の分の皿の上でじゅーじゅー湯気を立てるステーキに、グッサリナイフを突き立てた………


 なんか変だ。

 …いや、変なのは気がついてた。
 彼女が、彼女でない。

 俺のテレサは…… まっさらで、まっ白で、おしとやかで大和撫子で、従順で良妻賢母で奥床しい、…まさに天使か女神。…そのはず、なのだが!
 今ここに、目の前にいるテレサはまるで、……背中に小さな黒い羽根、お尻に先の尖った長い尻尾が生えているみたいだった。——悪魔。コケティッシュな、小悪魔…

(ど…どうしちゃったんだよ)
 変なのはテレサだけじゃなかった。
 この俺まで……
 この小悪魔みたいな彼女が、ちっとも嫌じゃないんだ。そんな俺も、変だ〜〜…!!

「食べないの?…美味しくない?」
 俺がステーキに手も付けずボーゼンとしていたからか、目の前のテレサがそう言った。肉を頬張っている。肩頬がぷっくり膨らんで、怒ってるみたいに見える。
「い…いや」
 テレサはぷん、と両頬を膨らませると、自分の皿から一欠片、肉をフォークにぶすっと刺して俺の口元へ突き付けた。

「はい。あ〜んして」
「い……」
「あーーん!!」
「あ……あー」
 俺がバカみたいに口を開けると、彼女はニコッと笑い。ひょい、とその肉を自分の口に放り込んだ——「あげませんよーだ★ヘンな顔!!」うふっ、あはははっ!!

 ………★%#☆!&?☆★

 こんな時、どうリアクションすればいいんだ。…コイツめ!とか言えばいいの?
 だが俺は、そんなことを言っている相手が「テレサ」だという事実に完全にフリーズしていた。
「冷めちゃいますよっ?」
 畳み掛けるようにそう言われ、う、うん、と慌てて手を付ける。
(ホントかよ?……美味い)
「………美味しい」
「やだ、当たり前でしょ!」
 こっちもミラクルだった。テレサの料理が、美味い!!!

 何がなんだか。
 でもこうなると、俄然好奇心の方が先に立つ。

「……美味かった、ご馳走さま」 
 皿をテーブルから片付けようとする。わざとだ。なぜかって言えば、いつも彼女はこうすると、「そのままにしておいてくださいな。私がやります」って言うからだ。

 果たして彼女は、ちらりと俺を見上げると。
「……待って」
 来た来た。
 急いで最後の欠片を飲み込むと。「あたしのお皿も持ってって」
(わははーー、そう来るか)
 おかしくてたまらない……
「これもこれも、これもね、ハイ」
「おい、重ねるなよ危ないじゃないか」
「頑張って持ってって♪」
「…このやろ」

 そう言った俺に、テレサは鮮やかに笑った。刹那、座っていた椅子からぴょこんと立ち上がり、2人分の皿で両手の塞がっている俺の唇に、突然KISS。
 皿なんか放り出して、捕まえて抱きしめたくなった!

「うそうそ…一緒に持って行きましょ」
 ごちそうさま!美味しかった?
 ああ、もちろん!!
 キッチンのシンクまで皿とグラスとその他諸々を2人で一緒に危なっかしく持って行き、ざらり、と入れる。両手が自由になると同時に、テレサを捕まえて抱き寄せた、ちょっと乱暴だと思うくらいに。
「…テレサ…!」
「やん」

 やん、だって……


 朝っぱらからむちゃくちゃ萌えるじゃないか〜〜!!
 つい堪らなくなって、夜にベッドの中でしかしないようなキスを。

「んん、んむ」
 一体、君の中で何が起きたんだろう?だが、ディープなキスに対して彼女の全身が弛緩するのはまったくいつもと同じで……俺は何がなんだかまた分からなくなった。…まさか、キスが終わったら魔法が解けて元に戻ってる、なんてことは…ないよね?


「ぅん、もう」
 よし、唇を離しても、小悪魔健在。
「……早く着替えてらっしゃい。…いつまでパジャマ着てるつもり?」
「このままもう一回寝ようか」
「……ばぁか」
 何言ってんの。
 恥ずかしそうに笑いながら、テレサはそう言って俺の額を指で突ついた……


 くううううーーーーっ!!!


 ばぁか。
 …ばぁか、だって!!…キミが!
 ……ばぁか!!

 内心ジタバタしまくり、萌えまくりだ。
 テレサの中で、何か随分な化学変化が起きている。…だとしても、こんな変化なら大歓迎だ。俺は比較的ステレオタイプの良妻賢母が好きなのだが(男だったら誰でもそうだろう?)こういうのも大好きだったんだ!

「もう、島さんったら。頭、ぼさぼさよ?」
 言いながら、腕の中のテレサが手櫛で俺の髪を前から後ろへと撫で付けた。俺は笑いながら、彼女の目を見つめながら、その腰の後ろにあるエプロンの結び目を解く。
「……脱がしていい?…全部」
 
 引っぱたかれるかな?…いや、引っ叩かれてみたいっ。だから言ってみた、もう一回、君の「ばぁか」、が聞きたい。

「い・や・あ・よ」
 テレサは両手で俺の髪を梳きながら俺の瞳を覗き込み。ゆっくり……艶やかに笑った。彼女がつま先立って俺の上体に体重をかけて来る。一歩後ずさり、俺は狭いキッチンの柱に背を付けた…つもりが。
 やば。
 そのまま、あろう事かずるりと目標を誤り、キッチンの床に後ろ様に尻餅をついた、テレサを抱いたまま。…どすん!!
「あいてっ」「きゃっ…」


 彼女は軽いから、抱いたまま尻餅付いてもさして実害はない。
「んもう………島さん。これは…わざとなの?」
「あ…いや」
「うそ」
 ウソおっしゃい。
 そう言いながら、テレサは俺の上に脚を広げて跨がった。白い太ももが俺の腰を挟んで…上からくすぐるように締め付ける。
 テレサの唇にはいつの間にかフランボワーズ色の紅が引かれていて、その形のいい口元が逆光の中でキラリ笑っていた……小悪魔の微笑みだ……


(テレサ…… おい……)
 こ、こんな体位を教えた覚えは……まだ、ないぞぅ…

 金色の髪が、さらりと落ちて来て俺の頬をくすぐった。しなやかなネコのように身を屈め、彼女が唇を近づけて来て…
「……キス、して欲しい?」
 笑ってそう囁いた。俺の両肩に手を押し付けて、体重をかけて来る。動けない。一瞬も目を逸らせない……
「……欲しい」

 …君が欲しい。
 今すぐ手に入らなければ、悶え死にしそうだよ……

 朝の陽が、キッチンの窓からもリビングの窓からも差し込んでくる。キラキラを背中に受けた金色の髪の毛が、美しい逆光の流れになって君を縁取る。
 君は俺の唇を吸って、離して…小さく呟いた………「ばぁか」

 あーーーっもう限界っ!!


           *         *         *


「う〜〜〜〜ん……」
 むにゃむにゃ。ばーか。
 
 ばーか…


「……ふうん、兄貴って実はこーいう願望の持ち主だったわけね…」

 腕組みをして、ひどく白けた顔でそう言ったのは、島次郎である。彼の背後で、真田が困ったように声を殺して笑っていた。
「しかし… 次郎くんも人が悪い。お兄さんをこんなことに使うなんて」
「この装置の実験台が、ちょっとそこいらに見当たらなかっただけの話です。真田長官だって賛成したじゃないですか…」
「しかしとんでもないものを作ってしまったな」
「面白いと思ったんですけどね…」
 僕は常に、社会貢献を視野に入れてるんですよ。でもこれは…色んな意味で善し悪しですね、まだまだ改良が必要です…。

 地球連邦宇宙科学局の長官執務室。

 島次郎と真田志郎がいるのは、もちろんそのオフィス内にある通信モニタの前である。
 モニタに映っているのは、無人艦隊極東基地の、島大介副司令官の部屋。隠しカメラを仕掛けられているとも知らず、ぐうぐう眠っている島である。オープンにしたままの通信回線を使い、睡眠時の深層意識操作を可能にした新型デバイスの実験。
 これはさまざまな心理療法に適用できると2人は考えていた。通常の心療内科において使うことも視野に入れているが、むしろ、主に戦場に駆ける戦士たちの心の休息、に重きを置いた深層心理療法の先駆け、になるはずだった。

 ウェッブの回路を使い、あるサブリミナルメッセージを被験体に送る。
それを見た被験体は、睡眠時に心身を解放された状態になる……一種の催眠療法である。その後、操作側からウェッブ経由で与え続ける信号によって、催眠時にも次々と違うシナリオを送ることができるのだ。シナリオによって被験体の反応も様々に変わる。これは、リラックスと交感神経への良質な刺激が目的だった。同時に被験体の脳波を測定することでどんな夢を見ていたか大体分かるので、連続した療養にも適応する、という仕組みだ。

 サブリミナルシグナル“小悪魔プロトタイプ“を作成したのは実を言えば真田で、それをうちの兄を実験台にして使ってみましょう、と言ったのは、次郎である。本来は、見たこともない女性が兄貴の夢の中に出て来るはずだった、そういうプログラミングだったはずなのだ。


 なのにまさか。
 兄貴が夢の中でテレサを小悪魔に仕立ててしまうとは……!

 ちょっとSなテレサに「ばぁか(はあと)」と言われて萌え萌え、の兄貴の顔なんか、見ていたくない、気持ち悪っ!!の次郎だった。

 

「他のプロトタイプナンバーの実験はどうする?」
「……被験体を変えましょうよ」
「男性用で、他には…天使、とメガネッ子と妹、があるぞ。女性用なら北野がモデルの色黒ホスト、古代がモデルの包帯プリンス」
「改めて聞くと趣味悪いですね。なんですそのプリンスって」
 噂には聞いてましたけど。長官のネーミングセンスはホンット最悪ですね?
「言ってくれるな… 一度君が実験台になるか?」
「ご冗談でしょう」
 ピシャリと言った次郎に、はっはっは、と真田がまた大笑いした。
 次郎くん、君は大した科学者になるぞ。
「一廉のマッドサイエンティストは、絶対に自分を実験台にはしないものだからな」
「……マッド、が余計です、長官」
 真田さんがモデルのマッチョサイエンティスト、ってのはどうです?
 仏頂面でしれっと駄洒落を言う次郎に、またもや真田が呵々大笑。



 だが、兄貴の夢の中で一体テレサがどんな小悪魔ぶりを発揮していたのか……もっと詳細を知りたいと次郎が思ったことは、内緒である。

 モニタの中の島(兄)は、まだ幸せそうにむにゃむにゃ言っていた。

 

 ……テレサぁ… ばぁか、って言ってくれ〜…





                              <おしまい>
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<あとがき>


……ERI個人的には、「航海長がモデルのオレ様プロトタイプ」で癒されたい……(w)。えっ?島がモデルなら放置プレイだって? くううううーーー!!

 皆さんは夢の中にどんな(誰のどんなw)信号を送って欲しいですか?

 



 ………はっ、す・すみません!!

 まあ最初に夢オチだよ、って書いてあるしね(一行目)。いいよねこのくらい…駄目??
 今回は、はっきり言ってテレサが登場していません。弓月光のマンガみたいだな……と思ったことは置いといて。島、案外煩悩の塊です(爆)。というかさ、人は誰でもボンノーの塊を胸に隠して生きているのだよ!

 でも、この後夢かうつつかワケ分かんなくなって、家に帰ってあのノリを求めたら……テレサにドン引きされそうだな……島。


 18〜20歳の頃はあり得ないほどストイックだった彼ですが、あの当時の真面目っぷりの方が異常なんですよ逆に。これも平和の証、航海長も人の子、ってことで… ひとつご容赦くださいませ(って……ひー石を投げないで〜〜!!)

 

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