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古代さんと雪さんも。
相原さんと、晶子さんも…
結婚しているのに、…会えないときがある。
「寂しくありませんか?」
そう訊いたら、雪さんは意味ありげに笑って、答えてくれなかった。晶子さんはどうなのかしら、一度聞いてみたい。
次郎さんは、呆れた、というように言ったけど……
「そんな、いくら新婚さんでも四六時中ベッタリ…なんて、そのうち嫌気が差すでしょ!毎晩家に帰って来られてうんざり、って奥さんだっているんだよ?」
……亭主元気で留守がいい。
そういう格言もあるだろ。
正確には、その言葉の出所は21世紀のテレビコマーシャルの名キャッチフレーズだった、というけれど、まさに格言…とこの時代では言われている。
でも。
(……そんなこと、ない…)
テレサはそう思うのだった。
好きだから、いつも一緒に居たい。私は…。少なくとも私はそうだわ。
一緒にいて、何をする…と言う訳ではなかった。この半月、どんなことがあった、とか、何をした、とか。テレサも表現するのはあまり上手じゃないから、簡単な報告をしておしまい、になる。大介は、基地での話はそもそもほとんどしない……してくれてもいいのに、と思うけれど。家に帰ってまで無人艦隊の話をするのはちょっとね、と彼が言うから、質問することも出来なくて…。
そりゃあもちろん、2人きりでいるとなぜか言葉少なになり、照れくさそうに大介がそばに来て、キスしたり…抱き合ったり、という感じになる。それが嫌なわけではなかった。それだけだって、もちろん良かった…ただ。
(彼が好き。とっても好き)
でもその思いをどうしたら、すべて伝えることが出来るのかしら…?
言葉は、器用なようで結局、不器用なツールだった。
テレサに出来るのは、今のところ…大介の抱擁に「嬉しい」と全身で答えることだけ。彼も、言葉にできない想いを…私を抱くことで伝えようとしているみたいだった。
とっても優しいキス、優しい唇、優しい…体温。
彼に抱かれるのは、泣きたくなるほど嬉しい。
ふたりでいることがこんなに素晴らしいなんて、島さんに出逢うまで私はちっとも知らなかった。
あの、独りぼっちでいた気の遠くなるような永い時間。
今ではあの頃を思い出すことも出来なくなっている。あの碧の宮殿で、私は一体…何をして過ごしていたんだろう?
……お父様の残してくれたライブラリは見飽きることはなかった。遠いどこかの星の歴史、遠い彼方の星の様々な人々の暮らし。宇宙は広く、備えられたテレザリアムのライブラリの記録をすべて見るには確かに膨大な時間がかかることだろう……けれど、目にする記録はたくさんの人々が織りなす市井であり悲喜交々であり。
対して、それを見ている私は……たった独り。
気付けばいつも、——たった独り、だった。
だから、テレサにとって……夫、大介は。たった一人だった彼女の世界を180度変えた「未来」そのもの、だったのだ。
だが、この頃は段々とテレサも分かって来た。
地球人のカップルは、お互いをそんな風には思っていない、らしい。
夫婦といえど、夫は夫の、妻には妻のプライベートがある。一人でいる時間をお互いに尊重しなくてはならない—— それが地球人の夫婦の在り方だと、テレサにも薄々分かって来たのである。
ただ、理解はしても… テレサはそれが、寂しかった。
無人機動艦隊基地に月の半分以上泊まり込んで勤務する夫。毎晩仕事が終わって彼が帰るのは、私の待つこの家ではなくて、基地の官舎。
「仕事明けなんて疲れちゃって、ただ寝に帰るだけだよ」
彼はそう言ってたけれど……
ただ眠りに帰ってくるだけでもいい。その時、あなたを出迎えてあげられたらいいのに…、とテレサは思う。
だって、私が島さんとずっと一緒にいられるのは。
毎月の休暇の時、たった3日か4日間だけなのですもの……
ところが、あろう事か。
その日大介から聞かされた出張の話に、テレサは打ちひしがれていた。
<……というわけなんだ。だから、今月は、家に帰れない。…ごめんよ>
「そ……そうですか…」
物わかりの良い奥さんでいなくては。
ただただその一念で、テレサはモニタの中の大介に向かって、必死に微笑んだ。
<ごめんね?…怒ってない…?>
まさか。
探るような大介の視線に、思わず目を上げる。怒るだなんて、私が…?あなたの決めたことですもの……怒ったりなんか……
<……通信切ったあと、泣くなよ>
「えっ……」
見透かすような瞳に狼狽えた。イヤだわ。泣いたりなんかしません。
全然平気です。……多分、…泣かない。…泣かない……つもり。
<……ごめん。この埋め合わせは必ずするよ>
「……いいんです。気にしないで」
そうは言ったものの。
大介からの通信が終わり、ビジュアルホンのモニタがぷっつり切れた途端、急に。
一人でいるリビングが、とても広くて寒くて、寂しくなって……
テレサはぽろりと涙を零した。
* * *
大介の出張先は、冥王星だった。
冥王星の衛星カロンの衛星軌道上にコントロールセンターを置く無人機動艦隊カロン基地へ、管制官の訓練指導のために向かう。
カロンは冥王星の二重天体とも呼ばれる巨大な質量を持った星だ。周囲の重力場は複雑で、木星宙域付近と並ぶ太陽系の難所、とも呼ばれる。さらにその周辺は太陽系の外周警備境界線でもあり、太陽系防衛ラインのもっとも外側、言い換えれば…外宇宙から太陽系を目がけてやって来る侵入者を阻む、フロントラインなのである。
(……覚悟はしていたが、やっぱり2ヶ月逗留か…)
拘束期間は2ヶ月、と聞いていた。しかも、行きも帰りも鈍足の掃海艇を使うよう上から言われている………
ヤマトで向かえば、しかもこの手で操縦すれば、地球〜冥王星間なんて2日で到達できる。あまり褒められた方法ではなかろうが、綿密に計算を重ねて通常航路を避け、小ワープを繰り返せば自分なら40時間でカロンまで跳べる……だが、この度はそういうわけにも行かなかった。
2万tの小型掃海艇。若い操舵手が緊張の面持ちで操縦桿を握る。乗客は、あのヤマトの島大介。そう分かっていて緊張しない操舵手は滅多にいない。だが、この掃海艇がどんなに急いでも、冥王星まではあと5日はかかる……
(……艦橋で睨みを利かせていても、速度が上がるわけじゃないしな)
そう思った大介は、船室へ引っ込んでいた。
どさり、と寝棚に転がる……
(テレサ…)
休暇に家へ帰れない、と自分が言ったときの、彼女の悲しそうな顔を思い出す…
移動の間、訓練項目についての書類に自分も目を通しておくべきだったが、どうもそんな気になれなかった。
2段あるはずの寝棚は、ここが将校用の部屋だからか下段しかなく。狭い船室は他の艦船とそっくりそのままのスケールなのに、やけに天井が高く感じられて妙な気持ちだった。
…そういえば、とふと思い出す。
(出発する直前になんか色々来てたな)
出張が急遽無理矢理決まったので、基地宛てに来ていた自分の郵便物を、よく確かめもせずそのままごっそり持って出たのだった。
勢いよく身体を起こして、ベッドの下に放り込んであったスーツケースを引っ張り出した。
連邦防衛大の老教授からのメッセージ、MIT(マサチューセッツ工科大学)工学部からの、機材についての様々な問い合わせに対する返答。どれも薄くて小さなメモリチップで、それが郵政省官製のチップケースに整然と納められている。手紙と言えば、昔は封を切ればすぐに読めたものが、今では再生デバイスに流し込まないとその全容が分からない… 大容量のメッセージや論文やカタログなども送れる代わり、一目でパッと内容を把握できないのが逆に不便である……
メモリチップのうち、ひとつに目が止まる。
(……誰からだろう)
記録容量は小さい。薄いチップを指で挟んでひっくり返し、はてな?
無造作に再生デバイスへ投げ込んでみた…
えっ………
小型のホログラムビジョンに浮かび上がったのは、………テレサだった。
<……島さん、テレサです>
録画の方法を、次郎さんに教わったの。
これは手紙みたいなものだから、一方通行ですけど……
あなたが目の前にいるんだと、そう思って…お手紙、作ってみました。
手紙。
文字で書いた手紙なら、前に幾度かもらったことがある。
ただ、テレサは文章で気持ちを表現するのは苦手なようだった。彼女の書く手紙は文法や用法こそ正しいが、行間に込められた想いを拾うのがことのほか難しい。他人が見れば淡白な言葉の羅列にしか見えないだろうと思われる。
だからといって…。
思わず苦笑した。
手紙…?
……いったいどんな……?
<……私が小さい時、…独りぼっちであの宮殿にいた時。外からお母様が歌を送ってくださったの。…お母様は、とてもお歌が上手でした…>
テレサは少しはにかんだように俯いた。
<歌を聴いて… 私はずっと…独りぼっちを我慢していました。…会いたい。本当は、声だけじゃなくて…抱きしめて欲しかった。……お母様には、あれきり二度と…会えなかったけれど、私はまだ、あの歌を覚えていました……>
(……お母さん…。君の、実のお母さんか)
大介は黙ったまま、ぽつりぽつりと語るテレサのホログラムを見つめた。
<…最初は、あの歌の意味なんて分からなかった。でも、繰り返し聞いていたら>
——あの歌は。
お母様も、私…テレサに会いたい、って。
そう言っているんだと分かったの。
<あなたにも、聞いて欲しくて。……でも、地球の言葉には上手く翻訳できないんです。だから、テレザートの言葉のまま、歌いますね……>
……手紙って、歌なの…?
歌うの?アカペラで?
大介は目を見張る。君が? テレザート語で…?!
本当かい…?!
モニタの中のテレサは、ちょっとはにかむように小さく咳払いして、息を吸った——
——目の前にあるのがホログラム映像だというのを、忘れそうになった。
あの宇宙に木霊する溜め息のような声色で、テレサが奏でる唄は驚くほど美しかった。
水琴の奏でる子守唄、のようでもあり…
恋唄のようでもあり…
切なく震える旋律がどうしようもなく美しく、心の深い場所を揺さぶる。
短い唄だった。
短い旋律の繰り返しだった…
歌い終わると、テレサは照れたように笑い、染まった頬を両手で押えた。
<……何だか分からなかったでしょう…? 翻訳したいのですけど、どう言葉を選んだらいいのか…わからないので…>
いや、翻訳は…それほど必要ないんじゃないだろうか。
大介はそう思った。
歌詞の意味は確かに分からない。
(……ひとりぼっちで幽閉されている君を想って、お母さんが唄った歌、なんだね。…でも…まるで)
恋歌のよう、にも聴こえたよーー……
<……冥王星まで行くんですね。…身体に気をつけてくださいね……島さん>
うん、と我知らず大介は頷いていた。
宇宙戦士にあるまじきことだが、我知らず「帰りたい」と強く思う。
どうしたんだろう…?
君に、会いたい。とても……会いたい。
そのまま、ニッコリ笑ってモニタの中のテレサの姿は消えた。
手紙、と言っておきながら、時候の挨拶もなし、さよなら、も言いやしない…… 第一、君ってひとは。
(愛してる、とも言ってくれなかったな)
そのひと言を、心のどこかで期待していた自分に苦笑する。
まったく…と不平を言いながら、もう一度再生した。
今は無きあの緑の惑星の旋律と言葉が、大介の心を揺さぶる。
(そうか…わかった…)
歌の持つ力は、地球だろうとどの宇宙だろうときっと…普遍なんだ。
——君に会いたい。
この歌を聴いていたら、俺だってそう思う。会いたくて仕方なくなる。
お母さんが君のために唄ってくれたと言うけれど、この歌は……
求め合う魂が…互いを焦がれる歌、身体は離れていても、心まで離れたくない…という、どうしようもなく切ない気持ちを唄った歌なんだろう——
そう、思えた。
(これから任務だって言うのに、これじゃあ)
行きの船の中で、早くもホームシックじゃないか。
腰かけていた寝棚に、思い切り良く仰向けに倒れた。背中を打つ固いベッドの感触も、ざわついた心をスッキリさせてはくれなかった……
「……テレサ」
彼女の名前を、声に出した。
頭の上に転がる枕をたぐり寄せ、両腕で抱きしめる。瞼を閉じると、にっこり微笑む愛おしい金色の姿がありありと浮かぶ……
テレサ。
——テレサ… 会いたい。
あなたのそばにいつでもいたい
会えないとき ひとりぼっちのとき
この歌を聴いて 私を想って
あなたは往くの どこまでも自由に飛んで
けれどどうか 心は私と ここにこのまま……
ふれていたい いっしょにいたい
願い潰えた時 夢破れたときも
この歌を聴いて 私だと想って
これから往くどの世界でも いつまでもいっしょ
あなたのために私 架け橋になるから……
<fin.>
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<あとがき>
英語の歌詞がロクに分からないのにスキ!という曲、結構ありませんでしたか?(あ、あたしだけ?・w)
ホイットニー・ヒューストンの「すべてをあなたに」ってヒット曲が、ラブソングだってのは分かるんだけどなんと不倫の歌だった、って後から知った時は仰天したもんでございますが…(おい)
歌詞なんか分からなくても胸を打つ外国語の歌、ってのはありますよね。そんな感じだと思って頂ければ幸いです。(…ここでマクロスFのアイモ、を思い出した人……ヲタク度がERIと一緒です、気をつけるよーに!!爆)
ウチサイトのテレサは、歌が上手です。なんでだか、そう言うことになっちゃってるんですが、それもちょっと気に入ってます。…ヤマト世界では歌を歌う人っていませんよねえ… だから、そういう人が一人くらい、いてもいいかな、と思いませんか?(w)