ナレーション

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 ナレーションについて、実は私は何にも知りません。学生時代、ほんのちょっとだけ演劇をかじったことがあるので「演技する」ということについては、少〜しだけわかります…でも。
 ナレーションと言うのは、演技…とまた違いますよね。
 ナレーション自体にも色んな種類がありますし…。



 定義を調べると、画面に説明を加えること、などという大ざっぱな物が出て来ますが、例えばスーパーの食品売り場でエンドレスに流れる「焼き肉のタレ」の宣伝文句もナレーションだし、テレビのCMだってそうだし、映画やドラマの「前回のあらすじ」なんていうのもナレーションです。
 なんだ、ただ書いてあることを読めば良いだけか、と素人は考えますが、そんなこと言ったら怒られちゃいますよ!
 品物に関してであれば、ナレーション次第で商品の売上まで左右されるし(買ってみようと思える商品に仕立てるのがナレーションの効果)、番組冒頭の、『前回のあらすじ』に魅力があるかないかで視聴者を逃すことだってあり得る……ナレーションは、恐ろしく責任重大なパートなのです。
 ことに、全体をナレーションだけで進行させるような番組では、一体その比重はどれだけのものになるんでしょうか…。



 さて、実は今回ご好意で見せて頂いたのは『野生の驚異』というドキュメンタリー番組。画面の他、音については終始、秀生さんのナレーションが主体です。

 平成6年〜7年にNHK衛星放送で放映された、NHKとTVニュージーランドとの合同企画「動物紀行」全39話(BS-2)および「野生の驚異」全27話(こちらの放送はNHK BS-1)からの抜粋です。


 ……私、これ…見たことあるなあ…。「野生の驚異」と「動物紀行」って、タイトル自体に記憶があるんです。再放送もしていたような気がする。この番組のナレーションを仲村秀生さんがされていたとは…実に一生の不覚!知らなかったんです…。丁度一人暮らしを始めた頃で、テレビ離れしていた年齢だったとは言え、なんとも残念なことをしたものです!!
 仲村さんご自身の選で、「野生の驚異」全27話の中から2本を拝見させて頂きました。



(1)『草原のチーター兄弟』

 アフリカはセレンゲティ草原、そして「野生の驚異」とくれば、やはりそこに展開する「強烈な生存競争」をイメージします。動物園にいる、気迫のないダレた肉食動物は多分、出て来ません。しかもチーター、草原のスプリンターです。
 登場したのは巣立ったばかりの、若い双子の兄妹。この2頭が立派に育って行く様を1年間追って行く、というのが<草原のチーター兄弟>の回のあらすじです…
 この2頭の棲息するテリトリーには、他のチーターもやって来ます。若い雄の3兄弟、単独行動の若い雌、母子。同種の獣のせめぎ合い、縄張争いも描かれます。
 春、草食動物たちが出産・子育てをする中、狩りの獲物を狙ってその周囲にうろつく肉食の獣たち……

<ナレ—ションと感情移入>

 普通、役者さんが演じる場合は、自分の役に感情移入をします。
 ナレーションの場合も、感情移入とまではいかなくても、そこに目的意識がないと伝えたいことをお茶の間に伝えることは出来ません。
 ところが、この回の冒頭のシーン。トムソンガゼルのお母さんの出産シーンから始まるのですが、やっとの思いで立った赤ちゃんをもうその場でチーターが襲うのです。必死で助けを求めるおかあさんガゼルの悲痛な啼き声。ヨタヨタの赤ちゃんを嬲るような態度のチーター……
 視聴者の私たちは、トムソンガゼルの赤ちゃんに感情移入をせざるをえません。なんとか逃げ切って欲しい、と思います。ところが、この回の主役はチーターです。悪役にしか見えないチーターが今回の主役…。どうすりゃいいの?このシーンの感情移入!?……冒頭から、いきなり視聴者もおろおろするシーンなんです。
 もちろん、アフリカのサバンナの動物同士の食物連鎖。弱肉強食の世界ですから、そこに人道的にどう、という論議が及ぶ余地はありません……ですが、茶の間の心情としては「ああ、赤ちゃん産んだばっかりのお母さんガゼル、目の前で赤ちゃんをチーターに持って行かれたらなんて気の毒」と思うのは否めません。撮影してるヒマがあるなら助けてやれよ、とつい思ってしまう。ですが、忘れてはいけないのが、狩る方のチーターだって命懸け、だということです…。

 私、固唾を飲んで、じっと観て(耳を澄ませて)いました。あわや、赤ちゃんガゼルはチーターの御馳走に…
 と思った瞬間。
 突如チーターの視界にライオンが入ります。ひるむチーター……。そのすきに、赤ちゃんガゼルは逃げ出して、奇跡的に母子ともガゼルは助かるのです。



 さてこの一部始終を、仲村さんの声がずっと追いかけて行くんですが…。
 そのナレーションに一番近いのが、「風」か「太陽」でしょうか。
 ああ、文章が下手だなー。


 一見無情なこの食物連鎖の現場にも「風の動き」がある。「陽の光」が差している。生命の驚異が紡ぎ出す大自然の流れには、人間のちっぽけな感傷なんぞ、本当に些末な感覚なのだと思い知らされる…。その中にあって陽の光、草原に流れる風の音、は「中立」です。
 そこに在って、必要な物であるけれど、誰の味方でもない存在。そんな存在として、トムソンガゼルとチーターを見守っている…。
 このシーン、秀生さんのナレーションはまさにそういう口調でした。この番組のコンセプトが、きっと全編通してこれなのでしょう。秀生さんのナレーションを聴いているうちに、茶の間の私たちも、肉食動物の味方でもなく草食動物の味方でもない「中立」を貫く覚悟が出来てくる。
 トムソンガゼルの赤ちゃんに加勢するような口調は一切取られませんし、チーターの肩を持っているような口調でもない。野生の驚異、大自然とは、「人間の感傷では計れない」のです。
 そのことを確認させた上で視聴者を本編に導くための、素晴らしい語り口調だと思いました。

 ここで重要な要素となっているのが、秀生さんのあのお声です…

 しつこいようですが(笑)、秀生さんのお声は端正な濁音が最大の魅力。このナレーションでは、明るいトーンのハイバリトンです。
 端正な濁音を持つ役者さんは他にもおられますよね。細川俊之さんや田中秀幸さん、ささきいさおさんなど、仲村秀生さんの代役を務められている役者さんのお声は確かに皆さん、お声の質はバリトンで、秀生さんに「似ています」…でも、秀生さんだけにあって他の誰にもないのが「濁音に隣接する、抜けるような柔らかさと包み込むような優しさ」です…

「抜けるよう」などと書くと語弊がありますか? うーん?「抜けるような青空」という意味合いの「抜ける」なんですよ。
 で、濁音というくらいだから、濁った音です。それなのに、透明な優しさが同居している、という表現ではどうですか?

 ガゼルの蹄やチーターの脚が蹴るような、瞬間的な打撃を受け止める大地の柔軟さ。
 …それは多分に、生来持っておられるお声の質をさらに引き出す、優しさに溢れた言葉の抑揚が生み出すものでもあるのでしょう。だから、この番組のナレーターは女性では多分駄目なのです。優しさだけが前面に出る内容ではないからです。力強い男性の声でも、多分心もとないかもしれません。そこに優しさがないと、救われませんから。


 この、人間の感傷など通用しない大自然の営みを「心地良い映像」として見せるためには、ナレーションにもその同じ自然である「風」とか「陽光」、そして「大地」の持つ柔らかさと強さが必要です。人の声がそれを表現する媒体であるとして……この番組のプロデューサーが、ずっとシリーズを通して秀生さんにナレーションを依頼した理由は、それだったんじゃないか。私にはそう思えるのです。


<笑いの要素>
 
 この大自然ドキュメンタリーの中ではしばしば「風」となり「陽の光」となり「大地」となり、主人公(この回ではチーターの兄妹)を見守るナレーションですが、話が進んで行く中で面白い場面にあいました。

 ナレーターの秀生さんが、「笑って」おられるんです。
 
 画面は、若い単独行動の雌のチーターが、母子連れのチーターたちと合流し岩場で休んでいるところ。
 滑りやすい岩場で寝そべっている雌のチーターが、岩からずるずるっと滑って落っこちるんです。その時のナレーションが…

「傷ついたのは…彼女のプライドだけ。」

 この、「傷ついたのは…」の語尾が、くるんと上がって、…はは、って。
 笑っておられるんですよ(笑)。


 緊張を強いられる命のやり取りが続いた後だけに、ホッとするシーンなのですが、滑り落ちるチーターの格好を見てこちらが思わず吹き出しそうになるのと同時に、ナレーションのお声までが笑っている。その一瞬に不思議な臨場感、画面とお茶の間の一体感が(ドキュメンタリーなのに!)ありました。
 実は、ここがこの回の中で私が一番好きだと思ったシーンです。いたずらっぽい表情のお声が、とても魅力的。
 あれは、思わず笑ってしまわれたのでしょうか、それとも計算づくなのでしょうか…?伺ってみたいものです(笑)。

 さて、本当はずっと内容を追いかけて行きたいところですが、もう一本の方へ移りましょう。



(2)『ジャッカル 〜草原の狙撃手〜』

 チーターのビジュアルは案外すぐに思い浮かびますが、ジャッカル、って思い浮かばない、という人もいるかも。……犬、オオカミ、に近いですね、見た感じ。分類学上でもイヌ科の動物です。
 オオカミ、というと有名なのがシートン動物記。オオカミと同様、ジャッカルも賢く、家族思いの動物のようです。少なくとも、ネコ科のチーターよりは家族の絆が強いような気がしますね。

 キンイロジャッカルの家族の様子を画面が追い始めました。
 お父さん、お母さん、前年に産まれた子どもの中で一頭だけ残っているお姉ちゃん。そして、新しく産まれた3匹の赤ちゃんたち。
 お父さんとお母さんが狩りに出掛けている間、お姉ちゃんがテリトリーの中で3匹の幼い兄弟の面倒を見ます。3匹の子どもたちの中に、好奇心旺盛なやんちゃぼうずが1匹。その子に手を焼くお姉ちゃん…微笑ましいシーンです。
 一方、父さん母さんの狩りの様子は頭脳的連携プレー。おお、すごい、と感心しますが、弱肉強食の哀しさで、ハイエナやハゲタカやチーターなんかが来てしまったら、防戦一方で骨折り損のくたびれ儲け。ジャッカルの父さん母さんはハラペコのまま退却するしかありません。
 しかも襲われているのはまたもやトムソンガゼルの赤ちゃんだったり、ヌーの子どもだったりして、相変わらず「ひいい、まったく野生の驚異だよこりゃ」などと冷や汗が出ます。たった今まで動いていたあどけないガゼルの赤ちゃんが、ただの血と肉の塊になってしまう大自然の厳しさ、悲哀。しかしだんだん見ているお茶の間の我々もそれに慣れて来ます。
 自分のお腹の中にお肉を入れて運び、食べたものを吐き出して子どもたちに与えるジャッカルの父さん母さんの健気なこと…。身を粉にして子どもに食べ物を、教育を。そうやって子育てしている世代には、ジャッカルたちの姿は身につまされます。ガゼルの赤ちゃんも、気の毒だけど食べられてあげてよという勝手な気分にもなるというもの(苦笑)。
 やんちゃ坊主が隠れていなさいという親の言いつけを守らず、縄張の外へ出てしまい、ピンチに陥ったりしますが、一家はどうにかその年を無事に過ごします。
 そうやって、なんだかんだと色んな事件が起きますが、中盤、この一家にちょっとした変化が。
 若いお姉ちゃんのところへテリトリーの外から若い雄がやってきて、求愛行動を取るようになるんです。

 縄張に侵入してきた若い雄を猛烈に威嚇するのは、面白いことに「お父さんだけ」なんですね。お母さんと子どもたちは、それほど目くじら立てていません。子どもたちは本能的に侵入者を追い立てたりしますが、お姉ちゃんの方でも彼を気に入っているらしいので、お母さんとしては「まあいいんじゃないの」という態度。
 ところがお父さんジャッカルは、牙をむき猛然と土を掘って刺激臭をまき散らし、婿どのを威嚇。そしてなんと、求愛を受けて縄張から出て行こうとする自分の娘に対しても、牙をむいて威嚇するのです。

 秀生さんのナレーションは、やはり傍観する「風」のように流れていますが、求婚者と一緒に縄張を出て行く娘を見送るお父さんジャッカルのシーンでは、そのお声がちょっぴり淋しそうに聞こえました。ご自身のお嬢様の、嫁がれた時のことを思い出されたのかな、と感じた一瞬でした。 
 実は、私の父は私が21の時、47で他界しています。だから、私自身は彼氏を家に連れて来たらお父さんに威嚇(笑)された、なんていう「羨ましい」状況を体験したことがありません……
 実は、変な話ですが一瞬だけ、「仲村家のお嬢さんが嫁がれる時」のことを空想しました。何の根拠もないですからね、以下はただの失礼な空想ですからね…ごめんなさい(先に謝っておこう)。

 ……「お前なんぞに娘はやらん、帰れ!」と怒鳴られる彼氏、「お前もあんなのと付き合うな」「まあまあお父さん(お母さんの声)」「お父さんのバカ、彼のこと何にも知らないくせにっ(娘さんの声)」「お姉ちゃん、加勢するよ〜(弟?妹?の声)」
 そんな光景がもしや(?)繰り広げられていたのかもしれないと思うとどうもニンマリしてしまいました……(ごめんなさいっ)。

 ですが、正直な事を言えば、「あのお声がお父さんの声」だなんて、私は仲村さんのお嬢さんがすごく羨ましい。だって、叱られるにせよ怒鳴られるにせよ、「あのお声」ですからね?しかも、「お前は良い子だね」とか、「良く出来たね」なんて褒められてご覧なさい、私だったらそれだけで、もう他には何も要らないくらいですよ…

 ……すみません、ジャッカルの話でした。ムチャクチャ話が逸れました(汗)。




 終始画面に流れる秀生さんのハイバリトンが、ジンと胸に響きます。一音一音が、心地良い。何かに似ていると思ったら…。そうだ、まるで音色の良いチェロのよう。
 その言葉の抑揚は、音楽のようです。秀生さんのナレーションは弦楽器の名器の響きに似て、いつまでもその音が鳴っているのを聴いていたい気持ちになります。洋画やアニメの登場人物のお声だけでは、そのことに気がつかなかったかもしれません……
 秀生さんはメールでのお返事に『そんなに褒められると内心赤面します』と書いてくださいますが、そんなに謙遜されることなんかありません。それほどまでに「素晴らしい」と感じるファンは沢山います。私ももちろん、その一人ですから。

 この「野生の驚異」も「動物紀行」も、NHKアーカイブズを持つ埼玉県川口市/川口SKIPシティに問い合わせても今のところすべてを閲覧できるものは見つけてもらうことが出来ません。もうちょっと根気よく発掘しようと思っていますが、それはもう少し先の話になりそう。ひとまず、2本だけでも見せてくださった秀生さんに感謝して、レビューを閉じたいと思います。

 

 

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