夕食のメニューは“肉じゃが”だった。
「こりゃまた初歩的な」
次郎は再び爆笑。学校の調理実習みてーだ!
「なによ、母さんだって考えてるのよ」いきなり手の込んだメニューは難しいでしょ。第一あんた、肉じゃが作れるの?!
「いーえ」
「だったら茶々入れないの」
「…へいへい」
まずは、切って煮るだけのメニューでね。でも、こういうのが結局一番美味しいのよ??目分量、にだって母さん独自のレシピがあるんだからね。
「いいぜ、こうやって次の休暇までにだんだん兄貴好みの嫁さんが完成するってわけね」
「…島さん好み?…そうなれるかしら」
「だいじょぶだいじょぶ。あいつがいない間、時間たっぷりあるからさ」
それより、テレサ…箸、随分上手くなったじゃん?
——と次郎が言っているそばで。
リビングのヴィジュアルホンが、突然音を立てて回線を開いた…
「大介!」小枝子が驚いて声を上げた。
次郎、三たび爆笑。
マジかよ、兄貴!呆気にとられる父、そして…、テレサ。
「……島さん!!」
慌てて席を立ってテレサはモニタに歩み寄る。皆がかけているテーブルの背後、壁に設えられたヴィジュアルホンの画面には、噂をすれば影…。
<………テレサ、そこにいたのか>
大介はちょっと憮然としているようにも見えた。新居のリビングに先に繋いだのに、誰もいなかったから。なんだ、…そうか。
「島さん、どうなさったの?何か…ご用?」
心配そうに訊くのに、またちょっとムッとしたように。<何か用って、…そんな言い方ないだろう>
君を…心配して連絡したのに。
「大丈夫よ、島さん。…お母様も次郎さんも、お父様も…みんな、とっても優しくて、私…」
皆まで言い切らぬうちに、また涙もろくなって。テレサは微笑みつつ、すん、と洟を啜る。
<…ああ、そう…>
大介は、テレサに「笑ってみせた。」良かった。君が寂しい思いをしているんじゃないかと思ってね。
「大丈夫です。心配なさらないで。ほら……今晩は、お母様と一緒にお夕食を作ったのよ?」あなたにも…食べて欲しかったわ…。ビジュアルホンからテーブルが見えるように、ちょっと体の向きを変える。
「冷凍して取っておこうかー、大介兄ちゃん?」
テーブルの向こうで、次郎がそう言ったのを無視し、大介は一つ咳払いした。
<…そうか、まあ…じゃあ…>
「あの、島さん?もっと他に…何か言いたいことがあったのではないの?」モニタの真ん前で、テレサが彼の顔を覗き込んだ。
<…あ…ああ、うん…。夕食って、何を作ったんだい?>
「兄貴の好きなもの!」またもや後ろから次郎が叫んだ。
「…ええと、肉じゃが、っていうのとキンピラゴボウ?それと…お吸い物を」
<ふうん…>
「でもほとんど、お母様が作ってくださったようなものなの。野菜を、包丁で切ったわ」
「指もね!!」と次郎。
<…本当か?!大丈夫か?!>
いやだ、次郎さん…言わないで。
後ろの次郎に向かってテレサはさくら色の唇を尖らせる。
無人機動艦隊極東基地、CDCの休憩室に設えられた、外部通信用モニタの前で。
スツールに腰かけている副司令・島大介の、膝に置いた両手がどんどんその膝頭を握りしめて行く様を、斜め後ろから副官の吉崎大悟が眺めていた。
(…副司令…?)
どうやら、家族との通信は終えたようだ。
だが…上官の頬には張り付いた見せかけの笑みが残っていて。吉崎は少々困惑する…。
「副司令、休憩中申し訳ないんですが…金剛3番艦のシステムチェックについてお話が」
「なんだ?」
うわ。…お怒りですかね?赴任早々、ご実家で何か問題でも……?
吉崎は振り向いた島の表情にちょっぴり狼狽える。
「手短に報告しろ。システムチェックなら、整備長の徳川に一任していたはずだが」
「はあ、それが…」
理由を聞いて、島の額に青筋が立った…ような気がした吉崎である。
「……徳川はどこだ。稼働早々なんだこの様は……ここへ呼んで来い!!」
「は…はっ」
……八つ当たりかな……。
後から分かることであるが。
この副官、吉崎大悟の感は大抵、正しいのだった。
彼は艦隊用兵術の専門家として、この基地に赴任して来た…つまり、宇宙における艦隊戦のエキスパートである。昨年の合同軍事演習2209で、この基地副司令が見せた艦隊戦の成果は専門家の吉崎をも唸らせるほどのものだったが、いかんせん島の方法はコストが高すぎた……思い切りの良さと奇抜さでは、流石ヤマト出身としか言いようがない実戦向きの島大介の戦法も、経済庁にしてみれば税金の垂れ流し、に映ったわけである。地球を救うにも、もっとコストの安い方法でやってもらわねばならん。そこで招聘されたのが吉崎だったというわけだ。冷静沈着ではあるが、確実な勝利を得るために手段を選ばない司令官の手綱を握るべく…この男は赴任して来た。
——なるほど。
吉崎は、ふふふ、と苦笑する。
生身の島副司令は、噂とは正反対だ。決してクール、ではないな。むしろ熱しやすい…そして、案外…純朴。彼は今、何かに妬いているのだ。
そう直感し、逆らわない方が身のためだと早々に判断した。火の粉は彼と長い付き合いの、徳川整備長に被ってもらうことにして。吉崎は、インターコムで徳川太助を呼び出した。
*
島家の面々と、肉じゃがのおかげで、とんだとばっちりを受けた徳川太助の戸惑いについてはこの際…明記はしないが。
宇宙人の長男の嫁は、ことの外…幸せな晩を過ごしていたのは言うまでもない。
島家の母屋、一階の…和室。
テレサの傍らの布団には、母小枝子が寝息を立てている。
結局、大介が趣向を凝らして整えた新居のベッドルームではなく、テレサは母屋の和室に、小枝子と布団を並べて横になっていた。
(お母様、お父様、おやすみなさい…。私は…ずっと夢に見ていたような気がします。幼い頃から、こうやって。お母様と…枕を並べて眠る夜が来ることを……)
そんなささやかな願いも虚しく、永遠に失ってしまった父と母。よもやこんな幸せな時間が自分に訪れるとは…思っても見なかった。
(島さん……ありがとう。…私を、ここに…連れて来てくださって…)
テレサ。明日は、お庭の花壇を…一緒に整えましょう。
…はい、お母さま。
お揃いのエプロンを買ってあげるわね…
うふふ…嬉しい!
「島さん。……おやすみなさい………」
ついでそう呟いて。
——テレサは幸せな眠りに落ちた。
<了>
***************************************
おお。なんて理想的な一家なのでしょう(笑)!!
渡る世間は鬼ばかり、的な嫁姑バトルは微塵もありません。まさに、子は親の鏡(?)。本編の、島くんの純粋さ、素直さを垣間見るにつけ、我が輩、…あの長男を育てたご両親のお人柄、なんだか容易に想像できるような気がしたのでありますよ…(なんで口調がケロロ?)。
お母さんの小枝子さんは、すでにきちんと子離れできた女性ですし(w)。あの得体の知れない嫁(爆)に個人的に相対したとき、彼女だったら何を真っ先に言うんだろう??そう考えたことから出来上がった物語。
「ありがとう」
島のお母さんなら、絶対テレサにそう真っ先に言うでしょう。息子の命の恩人です。お礼から入らずして、人として許せましょうか。てなもんだ。そしてテレサも。こっちは、多分ずっと島さんのお母さんにはこう言わなくちゃ、と心に決めていたに違いないです。「私でいいんでしょうか、地球人のお嫁さんでないことは、島さんのご家族にご迷惑ではないでしょうか…」と。
自分の素性のせいで、当たり前の親族への披露宴もできなかったでしょう。お父さんの康祐さんの、会社の付き合いもあるでしょうに、長男がひっそり結婚してしまうなんて世間体が…というのも、きっと調べて薄々分かっていたに違いありません。島家の嫁、という立ち位置から考えた場合、自分の存在は著しく家名を穢してしまう感があったのだろうと推測されます。(そのくらいは、ネットを調べていてきっと気がついたでしょう…)
島が職場に復帰するまでは、彼がテレサを独り占めしていたので、ほとんどテレサ自身が家族と個人的な話をする時間はなかった。
一番大人げなかったのが島くんだったわけですねえ。しかも基地で、「なんかヤキモチってのも変だし、でもなんか割り切れないし」と言う感じで太助に当たり散らしている姿が目に浮かびます……
ああ!!
またもや島のカッコ悪い話だよ、これ!!!
…スンマセン……。
★ さて。
ERIが家庭円満な島家とテレサのお話を書くのには、ちょっとした理由があります。ラブロマンスの続きには、どうしても「こういう」話がリアルについて来るモノですが、普通は避けてしまうのが物語の世界。しかも、こんな「いわゆるステレオタイプな」話、ちょっと萎えるわ、という向きもあるかもしれません。ところがさー、「本編の島」を真面目に検証してみると、彼の育った家庭環境ってど真ん中でこういう姿なんですよ。多分(笑)。
男女が引かれ合うにも、そこには否応無しにバックグラウンドが影響して来るものです。テレサは、島の言動に「家族を大事にする男」を見たのではないかと思われ(個人的見解byERI)。それはとりもなおさず、彼を育てた両親のポリシーだったのだと容易に想像され。尊敬すべき両親を持った(これもERI設定・w)テレサは、だからこそ彼のそのバックグラウンドに共鳴した。まあ、雪ちゃんみたいに、自分と正反対の生い立ちを持つ、触れたら火傷しそうなアウトローな古代くんにクラッと来ちゃった女もいます。それは雪ちゃんがそこまで満たされた人生を送って来たからで(でも、古代くんちも、崩壊するまでは島んちみたいないいご家庭でしたよね)。孤独にうんざりしていたテレサは、孤独オーラを持つ古代ではなく、お兄ちゃん・お父さん的オーラを放っていた(w)島にクラッと来てしまったわけでありますな。
ふはは。
でもね。……実は。ERI自身が欠損家庭に育ったから、羨ましかったんでありますよ、こういう島君ちが、ね……。
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