*****************************************
子どもの頃、特急列車に乗るのが好きだった。
列車が加速すると、風景が何色もの帯となって流れ出す。
通過駅ホームをフワっと滑れば、人も看板も びゅんっと遠ざかる。
とばせ、とばせ。もっと速く!
操縦士になった理由を尋ねられるたびに、島大介は子どもの頃の
その、わくわくと、はしゃいだ気分をおもい出す。
ある日の午後、喫茶店で島は、買ったばっかりの本を読んでいた。
大好きなシリーズの長らく待っていた続編だ。
もう、すぐ読みたくって、家に帰る時間も我慢できなかった。
ぐっと集中して中盤まで読んだ時、店員が近づいてきた。
コーヒー一杯で、ずいぶん長居してしまった。
あわてて何か追加注文しようとする島に、店員が話しかけた。
「失礼します。あの…島大介さんですよね?」
え?と島は、メニューから顔をあげた。
「君は覚えていないかもしれないが、ぼくは、」
「待って!吉永君?だよね。小6の時、同じクラスだったー」
憶えてくれていて嬉しいよ…と目を細めた相手の笑顔で、もっと
はっきり島はおもい出した。
いつもニコニコ笑っていた、クラス委員長の吉永君だ。
この店を二年前から経営している、と吉永が言った。島は店内
をあらためて見た。居心地が良い店なのに、客が自分一人だけだ。
「実は君だと気づいたあと、閉店しちゃったんだ」
少し話しをしたかったからね と吉永は、びっくりした島に、
両手をあわせる仕草をした。
「ごめんっ 用事があるだろうし、いいんだ。迷惑だったね」
「そんな事ないさ ぼくも話したい」
と、島は微笑んだ。
イスカンダルから還った直後、島は航海中に届いたという同窓名
簿を、両親から手渡された。
卒業後の地下都市の住所が記載されていたが、半数が消息不明で、
空欄の目立つ名簿だった。非常時で児童の非難先全部を把握しき
れなかったそうだが、その後、短期間に何回も地球を襲った危機に
そのまま行方知れずになっている人も多い。
十三年ぶりに再会した二人は口には出さなかったが、こうして
生きて会えて本当に良かったと、互いの心に思った。
「そうだ。偶然、来店してくれた同級生が五人もいたんだ。みんな島君の
噂をしていたよ。君が、ヤマトの操縦士と同姓同名なもんだから面白がって」
コーヒーを吹き出しそうになった島に、吉永の眼が丸くなった。
「もしかすると?」
「うん。実は、そう」
「やっぱり!やっぱり島君だったんだ」
嬉々として吉永は、コーヒーのお代わりを用意しにいった。
島は複雑な気持ちになった。
ヤマトは自沈して存在しない。ふいに実感となって それが迫ったのだ。
吉永の淹れたコーヒーはおいしかった。
話しているうちに、懐かしい記憶がどんどん蘇ってくる。
島は、ゆったりとした気分になったが、話し相手に落ち着きがなくなってきた。
吉永は何か言いたい事があるようだ。時々こちらをうかがう。
「一緒にピアノを習ったよね?」
島は、うなずいた。
「でもぼくは、一ヶ月でやめた」
「もったいなかったよ…上達が、はやかったのに」
訓練校に進むについて、両親を説得していた頃だ。
気を逸らそうとしたのか、両親は突然色んな習い事を強制した。
自分だけ我慢したつもりだったが、今考えれば、あの非常時だ。
随分、両親は無理をしたに違いない。
「島君?」
「ああ、ごめん。ぼぉっとしてた」
ニコリと吉永が立ち上がって、壁のスイッチを入れた。
店の奥まった場所に灯りが点され 一台のグランドピアノが、
浮き上がってあらわれた。
墨色のニューヨーク・スタインウェイだ。
「このピアノがあったから、この店舗を借りたんだ」
「すごい。本物じゃないか」
「持ち主は、地下都市へ運ぶのに、とても苦労したらしいよ。
地下の住宅は狭かったから…ピアノ全体を防湿シートで包んで
その下で寝たそうだ。足に何度もぶつかりながらね」
弾いてみる?と勧められて、島は首を横に振った。
あれからピアノはもちろん、楽器には触ったこともない。
「弾けない。それに貴重品だろ」
「そうだね。今はピアノ用の木材なんて無いし」
と、吉永はピアノのふたを開けた。
「さっき同級生が来た話をしたね。みんな、君がヤマトの操縦士だと、
ちっとも思っていなかったよ。島君は勉強ができる方だったのに
授業中は、よくぼんやりしてて先生に注意されていたし…そんなおっとり
してた子が軍人になるなんて想像できなかった」
「おっとり、なんてしてたか?」
「ああ!」
快活に吉永は笑った。不服そうな島に、今はテキパキしてるのだろうねと言いながら。
「でもぼくは、島君がヤマトの操縦士だと思っていた」
吉永がピアノに向かった。
弾きだしたが途中でやめた。どこかで聴いたことのある曲だった。
「始めの低音を力強く弾く。この強打音が、後の旋律に跳躍する
勢いをつける。だから旋律が高音までスムーズに流れて昇るんだ」
鍵盤に指をのせたまま吉永は、島をふり返った。
「この曲を、そう弾くように教わっていた時だ。君が言ったんだよ。
音も、重力に影響を受けている…だったら宇宙での音楽はどんな風に
聞こえるだろう?ってね」
「馬鹿だったんだなぁ」
まるで憶えていなかったが、島は笑った。真空で音が伝わらない事を
小学六年生なら知っているだろう。
「馬鹿じゃ、ない」
と、吉永が怒ったように言った。
「宇宙人の住んでいる星は、地球と重力が違うかもしれない…きっと
音楽も違う。それを聴いてみたいと言ったんだ。君は」
当時、宇宙人といえば、侵略者ガミラスを指していたから、かなり不謹慎な発言だ。
「ピアノ教師は困った顔をしていたが。ぼくは、強い印象をうけた。
地下都市でヤマトを待っていた時、よく思い出したよ」
「…全然、憶えて無いんだけど」
「でも、言ったさ」
吉永はニコニコしている。どうやら納得するしかないと、島はコーヒ
ーを飲み干した。
「ところで、宇宙の音楽は聴けたかい?」
「えっ」
これを、訊きたかったようだ。声が真剣だった。
ハイともイイエとも答えられず、島は吉永を見上げた。
さっと吉永の表情が変わった。
「申し訳なかった。音楽どころじゃなかっただろう…君は地球を護
っていたんだ。それこそ命がけで」
「そんな…」
今まで楽しくしていたのに。
吉永に重く考えられるのは、ごめんだった。
「そんな、いつも張り詰めてたんじゃないさ。艦内には娯楽室があっ
た。音楽は、よく聴いたよ」
「…そうなんだ」
「うん。艦は地球と同じ重力だったし宇宙の音楽とは言えないか」
うなずいた吉永が少しだけ残念そうに笑った。
「それより、さっきのを全部聴きたい。弾いてくれるか?」
「ああ、もちろん!」
姿勢を正した吉永が、ピアノの前で深く一礼した。
すっと伸びた指先から唐突に、音楽は開始した。
連なる音の粒が、立ち上る。
数えきれない音のかさなりが空気を渦まかせ、幾つもの波へと
ふるわせた。溢れる振動が、皮膚に降り積もって沁み通っていく。
きっといつまでも、心に残る演奏だろう。島は思った。
ここで今、聴いているピアノも、他の星の人からすれば宇宙の音楽と
いえる。
あぁ…そうだ。
テレザート星の重力は地球より、わずかに小さかった。
あの星にも音楽は、きっと、あっただろう。テレサは、聴いただろ
うか。どんな音楽を彼女は聴いたのだろうか。
…もう一度会いたい…
名前と連動して思い出された彼女の声で、島は気付いた。
通信機から聞こえたあの声こそ、自分にとってまさしく宇宙の音
楽と呼べるのだ、と。
島は、流れるピアノの音に、彼女の声に似た響きを探した。
ふりそそぐ音は組み合さって、ゆるやかに変化していく。
彼女の声が含まれていなくても、奏でられる響きは光りに似て
非常に美しかった。
ドアの前で島は、コーヒーとピアノの礼を言った。
「また来る。何曜が定休日?」
「ああ…今日で、ここは閉店なんだ」
予想外の返事に、島は驚いた。吉永が、ピアノを指して言った。
「来週、コンサートホールに寄贈されるんだ。持ち主は、かなり前
から譲って欲しいと頼まれててね」
「なんだか、残念だ」
「うん…でも、沢山の人に聴いて貰えた方が、ピアノも嬉しいと思
うよ。それに、ここは湿気が多い。ホールの方が良い環境なんだ」
「吉永君は、どうするんだ?」
「あれが無いと、ここは広すぎる。今、他の店舗を探している所だ」
「…よく決心したね」
大した事じゃないと笑った吉永に、島は連絡先のメモを渡した。
「次の店が決まったら、教えてくれ。じゃ、また」
「ああ。わかった」
日はすっかり沈んでいた。軽く手を上げ、二人は別れた。
*
吉永の店へ行った、ひと月後、島に手紙が届いた。
封筒には、開店を知らせる葉書と、吉永の手書きの便箋が一枚入
っていた。
時候の挨拶に続いて、あのピアノの事が書いてあった。
店にあったピアノ。あれ、実はぼくのだった。
楽器に執着していた事で、君に軽蔑されるのではないかと思って
話せなかった。
でも、君はあの時、気付いていたようだ。帰った後に、わかったよ。
そう言えば、君が操縦士になった理由をききそびれてしまった。
よかったら、今度店に来た時に聞かせてくれ。
操縦士になったキッカケをきいたら、吉永はどんな顔をするだろうか。
島は封筒を机の引き出しにしまって微笑んだ。
部屋の窓から、気持ちの良い夜風が入ってきた。あおられたカーテンを押さえて、島は外の灯りを見た。
光の洪水のような都市が、遥かに輝いている。
あの都市のどこかで、今夜、吉永のピアノは演奏される。
誰もが、この地上で、あふれる宇宙の音楽に触れているのだ。
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子どもの頃、特急列車に乗るのが好きだった。
列車が加速すると、風景が何色もの帯となって流れ出す。
通過駅ホームをフワっと滑れば、人も看板も びゅんっと遠ざかる。
とばせ、とばせ。もっと速く!
操縦士になった理由を尋ねられるたびに、島大介は子どもの頃の
その、わくわくと、はしゃいだ気分をおもい出す。
ある日の午後、喫茶店で島は、買ったばっかりの本を読んでいた。
大好きなシリーズの長らく待っていた続編だ。
もう、すぐ読みたくって、家に帰る時間も我慢できなかった。
ぐっと集中して中盤まで読んだ時、店員が近づいてきた。
コーヒー一杯で、ずいぶん長居してしまった。
あわてて何か追加注文しようとする島に、店員が話しかけた。
「失礼します。あの…島大介さんですよね?」
え?と島は、メニューから顔をあげた。
「君は覚えていないかもしれないが、ぼくは、」
「待って!吉永君?だよね。小6の時、同じクラスだったー」
憶えてくれていて嬉しいよ…と目を細めた相手の笑顔で、もっと
はっきり島はおもい出した。
いつもニコニコ笑っていた、クラス委員長の吉永君だ。
この店を二年前から経営している、と吉永が言った。島は店内
をあらためて見た。居心地が良い店なのに、客が自分一人だけだ。
「実は君だと気づいたあと、閉店しちゃったんだ」
少し話しをしたかったからね と吉永は、びっくりした島に、
両手をあわせる仕草をした。
「ごめんっ 用事があるだろうし、いいんだ。迷惑だったね」
「そんな事ないさ ぼくも話したい」
と、島は微笑んだ。
イスカンダルから還った直後、島は航海中に届いたという同窓名
簿を、両親から手渡された。
卒業後の地下都市の住所が記載されていたが、半数が消息不明で、
空欄の目立つ名簿だった。非常時で児童の非難先全部を把握しき
れなかったそうだが、その後、短期間に何回も地球を襲った危機に
そのまま行方知れずになっている人も多い。
十三年ぶりに再会した二人は口には出さなかったが、こうして
生きて会えて本当に良かったと、互いの心に思った。
「そうだ。偶然、来店してくれた同級生が五人もいたんだ。みんな島君の
噂をしていたよ。君が、ヤマトの操縦士と同姓同名なもんだから面白がって」
コーヒーを吹き出しそうになった島に、吉永の眼が丸くなった。
「もしかすると?」
「うん。実は、そう」
「やっぱり!やっぱり島君だったんだ」
嬉々として吉永は、コーヒーのお代わりを用意しにいった。
島は複雑な気持ちになった。
ヤマトは自沈して存在しない。ふいに実感となって それが迫ったのだ。
吉永の淹れたコーヒーはおいしかった。
話しているうちに、懐かしい記憶がどんどん蘇ってくる。
島は、ゆったりとした気分になったが、話し相手に落ち着きがなくなってきた。
吉永は何か言いたい事があるようだ。時々こちらをうかがう。
「一緒にピアノを習ったよね?」
島は、うなずいた。
「でもぼくは、一ヶ月でやめた」
「もったいなかったよ…上達が、はやかったのに」
訓練校に進むについて、両親を説得していた頃だ。
気を逸らそうとしたのか、両親は突然色んな習い事を強制した。
自分だけ我慢したつもりだったが、今考えれば、あの非常時だ。
随分、両親は無理をしたに違いない。
「島君?」
「ああ、ごめん。ぼぉっとしてた」
ニコリと吉永が立ち上がって、壁のスイッチを入れた。
店の奥まった場所に灯りが点され 一台のグランドピアノが、
浮き上がってあらわれた。
墨色のニューヨーク・スタインウェイだ。
「このピアノがあったから、この店舗を借りたんだ」
「すごい。本物じゃないか」
「持ち主は、地下都市へ運ぶのに、とても苦労したらしいよ。
地下の住宅は狭かったから…ピアノ全体を防湿シートで包んで
その下で寝たそうだ。足に何度もぶつかりながらね」
弾いてみる?と勧められて、島は首を横に振った。
あれからピアノはもちろん、楽器には触ったこともない。
「弾けない。それに貴重品だろ」
「そうだね。今はピアノ用の木材なんて無いし」
と、吉永はピアノのふたを開けた。
「さっき同級生が来た話をしたね。みんな、君がヤマトの操縦士だと、
ちっとも思っていなかったよ。島君は勉強ができる方だったのに
授業中は、よくぼんやりしてて先生に注意されていたし…そんなおっとり
してた子が軍人になるなんて想像できなかった」
「おっとり、なんてしてたか?」
「ああ!」
快活に吉永は笑った。不服そうな島に、今はテキパキしてるのだろうねと言いながら。
「でもぼくは、島君がヤマトの操縦士だと思っていた」
吉永がピアノに向かった。
弾きだしたが途中でやめた。どこかで聴いたことのある曲だった。
「始めの低音を力強く弾く。この強打音が、後の旋律に跳躍する
勢いをつける。だから旋律が高音までスムーズに流れて昇るんだ」
鍵盤に指をのせたまま吉永は、島をふり返った。
「この曲を、そう弾くように教わっていた時だ。君が言ったんだよ。
音も、重力に影響を受けている…だったら宇宙での音楽はどんな風に
聞こえるだろう?ってね」
「馬鹿だったんだなぁ」
まるで憶えていなかったが、島は笑った。真空で音が伝わらない事を
小学六年生なら知っているだろう。
「馬鹿じゃ、ない」
と、吉永が怒ったように言った。
「宇宙人の住んでいる星は、地球と重力が違うかもしれない…きっと
音楽も違う。それを聴いてみたいと言ったんだ。君は」
当時、宇宙人といえば、侵略者ガミラスを指していたから、かなり不謹慎な発言だ。
「ピアノ教師は困った顔をしていたが。ぼくは、強い印象をうけた。
地下都市でヤマトを待っていた時、よく思い出したよ」
「…全然、憶えて無いんだけど」
「でも、言ったさ」
吉永はニコニコしている。どうやら納得するしかないと、島はコーヒ
ーを飲み干した。
「ところで、宇宙の音楽は聴けたかい?」
「えっ」
これを、訊きたかったようだ。声が真剣だった。
ハイともイイエとも答えられず、島は吉永を見上げた。
さっと吉永の表情が変わった。
「申し訳なかった。音楽どころじゃなかっただろう…君は地球を護
っていたんだ。それこそ命がけで」
「そんな…」
今まで楽しくしていたのに。
吉永に重く考えられるのは、ごめんだった。
「そんな、いつも張り詰めてたんじゃないさ。艦内には娯楽室があっ
た。音楽は、よく聴いたよ」
「…そうなんだ」
「うん。艦は地球と同じ重力だったし宇宙の音楽とは言えないか」
うなずいた吉永が少しだけ残念そうに笑った。
「それより、さっきのを全部聴きたい。弾いてくれるか?」
「ああ、もちろん!」
姿勢を正した吉永が、ピアノの前で深く一礼した。
すっと伸びた指先から唐突に、音楽は開始した。
連なる音の粒が、立ち上る。
数えきれない音のかさなりが空気を渦まかせ、幾つもの波へと
ふるわせた。溢れる振動が、皮膚に降り積もって沁み通っていく。
きっといつまでも、心に残る演奏だろう。島は思った。
ここで今、聴いているピアノも、他の星の人からすれば宇宙の音楽と
いえる。
あぁ…そうだ。
テレザート星の重力は地球より、わずかに小さかった。
あの星にも音楽は、きっと、あっただろう。テレサは、聴いただろ
うか。どんな音楽を彼女は聴いたのだろうか。
…もう一度会いたい…
名前と連動して思い出された彼女の声で、島は気付いた。
通信機から聞こえたあの声こそ、自分にとってまさしく宇宙の音
楽と呼べるのだ、と。
島は、流れるピアノの音に、彼女の声に似た響きを探した。
ふりそそぐ音は組み合さって、ゆるやかに変化していく。
彼女の声が含まれていなくても、奏でられる響きは光りに似て
非常に美しかった。
ドアの前で島は、コーヒーとピアノの礼を言った。
「また来る。何曜が定休日?」
「ああ…今日で、ここは閉店なんだ」
予想外の返事に、島は驚いた。吉永が、ピアノを指して言った。
「来週、コンサートホールに寄贈されるんだ。持ち主は、かなり前
から譲って欲しいと頼まれててね」
「なんだか、残念だ」
「うん…でも、沢山の人に聴いて貰えた方が、ピアノも嬉しいと思
うよ。それに、ここは湿気が多い。ホールの方が良い環境なんだ」
「吉永君は、どうするんだ?」
「あれが無いと、ここは広すぎる。今、他の店舗を探している所だ」
「…よく決心したね」
大した事じゃないと笑った吉永に、島は連絡先のメモを渡した。
「次の店が決まったら、教えてくれ。じゃ、また」
「ああ。わかった」
日はすっかり沈んでいた。軽く手を上げ、二人は別れた。
*
吉永の店へ行った、ひと月後、島に手紙が届いた。
封筒には、開店を知らせる葉書と、吉永の手書きの便箋が一枚入
っていた。
時候の挨拶に続いて、あのピアノの事が書いてあった。
店にあったピアノ。あれ、実はぼくのだった。
楽器に執着していた事で、君に軽蔑されるのではないかと思って
話せなかった。
でも、君はあの時、気付いていたようだ。帰った後に、わかったよ。
そう言えば、君が操縦士になった理由をききそびれてしまった。
よかったら、今度店に来た時に聞かせてくれ。
操縦士になったキッカケをきいたら、吉永はどんな顔をするだろうか。
島は封筒を机の引き出しにしまって微笑んだ。
部屋の窓から、気持ちの良い夜風が入ってきた。あおられたカーテンを押さえて、島は外の灯りを見た。
光の洪水のような都市が、遥かに輝いている。
あの都市のどこかで、今夜、吉永のピアノは演奏される。
誰もが、この地上で、あふれる宇宙の音楽に触れているのだ。
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